読まなくてもいい話
あれは小学5年生の夏休みだった。
俺とバカ四天王の5人は
休みが始まって第一週目で早くも小遣いを使い果たして全員がイライラしていた。
同様のストレスに苦しむ他校小学生との不期遭遇戦を辛くも生き残り
昆虫の虐殺と汚物いじりにも飽きて、暇以外の何か大切な思い出を探すための旅路にも疲れ果て
穴のあいたズボンのポケットに手を突っ込んで直にチンコを掻けるほど困窮していた俺たちは
そろってエアコンが壊れて地獄と化していた我が家のリビングで、ほかにどこにも行くところがなく
外に出るよりマシだという理由から
太古の昔に大人気を誇っていたテレビアニメの連続一挙10話再放送を鑑賞していた。
アニメの内容は、とあるアメリカのエレメンタリースクールに所属するフットボールクラブを舞台にした熱血スポ魂モノで
転校生であるウイング君というフットボールの天才少年が
万年一回戦敗退の苦境にあえぐ田舎スクールの弱小チームに籍を置くところから始まる。
ウイング君の在籍以来、彼からの発案でステロイドを多用するという
非常にアメリカ人らしい方法で児童の成長限界を突破し、短時間で力をつけたチームは
近隣スクールの強豪たちを次々と撃破して、ついに地方大会の決勝にまで駒をすすめた。
最終回で明かされる衝撃の結末だが
この物語は1歳の時にボールと共にトラックにはねられたウイング君が
地面と激突して肉塊と化すまでに見た夢だったようだ。
試合の中ではペナルティエリアの外からのシュートを通さないという伝説を持つゴールキーパーこと
帽子のかぶりすぎで頭蓋骨に癒着して取れなくなったヤンググローブ君の守りを貫くべく
うっかり八兵衛的ポジションを背負わされた丸刈り頭のストーンスモールペニンシュラ君が蹴り上げたボールを
尖りまくった髪型のウイング君と、そこらにナンボでもはえてそうなキャラの薄いケープ君がゴールへと向かいながら待ち構えている場面だった。
ボールは打ち上げられて以来、地球の重力に逆らって4話が経過しても、ちっとも落ちてこなかった。
なぜかエレメンタリースクールの地方大会ごときを実況するために出張ってきた
どこからギャラが出てるのかわからないプロ解説者の熱弁が幾度となく挟まれ
過去の試合の思い出やら、それ必要か?と首をかしげたくなる個々の選手たちの生活風景が延々と流され
観客席でマイサンの試合を観戦していた、ストーンスモールペニンシュラ君のママさんが手持ちのホットドッグを食いきって
ハンバーガーに切り替えても、まだ落ちてこなかった。
俺たちはいい加減キレそうだった。
「カツオ、2時間だぞ!俺は2時間も我慢したっ!」
歯を食いしばった成田が隙間から空気を押し出すように言った。
コイツは俺たちの中では一番勉強ができるが、一番キレやすいという欠点も持っている。
それでもバカであることには変わりがない。
バカいわく、俺んちで見てるテレビだからつまらない番組の責任は俺にあるという論法だ。
「そうだな」
俺だって1時間も前から貧乏ゆすりが止まってない。
暑いし、腹も減ってきたし、母ちゃんいないし
水で流し込む方法で腹を膨らませるアイデアの実行をためらっていた
テーブルに置いてあった父ちゃんですらギブアップしたゲロみたいな味のするスナック菓子は
味覚不良の藤木がぜんぶ平らげていたから、空腹で神経すり減らしていた俺は
内心で、やかましい殺すぞ成田と思った。
母ちゃんは冷蔵庫に南京錠をかけて、美紅とリカ姉のおばさんたちと一緒に出かけていた。
リビングの床には食糧庫を封鎖される原因を作った岸田が鼻血を流して
「ギギギ」とか言いながら虚ろな目で横たわっていた。
「いつになったらボールが落ちてくるんだ!」
知らんと俺は思った。そんなことより、さっきから本多がばあちゃんにもらった
5円玉で作られた亀を解体してるからドツかないと。
「ちがうんだカツオ、みんなのためなんだ」
クソ暑い中の肉体労働に嫌気がさしていた俺は
手っ取り早く仕事を片付けるために、父ちゃんの酒瓶を振りかぶっていたら
本多がなにやら弁解を始めた。
「500円あればゴっさんがエロDVD売ってくれるって言ってたから」
なるほど、と俺は思った。大げさに膝を叩いてみたりもした。
その一言で俺はすべてを察したからだ。
ゴっさんは本名を後藤さんといって、リカ姉の家の裏手にあるボロアパートに住む大学生だ。下の名前は知らん。
将来はシンガーソングライターとかいうのを目指しているそうで
歌声で火をつける能力の開発をしているキチガイだ。
いつもオリジナルソングを大声で歌って、近所の人に怒られていた。
ヤツは金さえだせば、俺たちになんでも売ってくれる。
だが、俺は以前エロ本を買おうとしたことがあるが
何回チェンジしても母ちゃんと同じような年齢の人がウンコしてる本しか出てこなくて
金を返してもらって以来そういう交渉はしなくなっていた。
「でも、ゴッさんスカトロのババ専だぞ」
俺は酒瓶をもう一度振りかぶって本多に言った。
「ちゃんとパッケージ見た。女子高生モノだ!」
「はよくずせ」
誰かが言った。成田はテレビに向かって喚いていて、藤木は便所で、岸田は死んだから
本多に急かしているなら言ったのは俺だ。
腹がへったが、エロのためとあらば肝臓に蓄えた最後の栄養を回してでも命を繋ぐのが健全な男子小学生のあるべき姿だ。
10分かけて亀を全部解体したら590円になった。
まだボールが落ちてこなかったのでキャプテンウイングはそのままにして
俺たちは15秒かけてゴッさんのところに向かった。
「5円玉ばっかじゃねえか!」
ゴッさんはいた。
去年の夏休み中、ゴッさんの部屋の新聞受けに虫の死体を放り込む遊びをしていたが
いつ行っても玄関に仁王立ちして待ち構えていたから
今日もいるだろうとは思っていたら本当にいた。
「うるせえ、殺すぞジジイ」
成田がそんな事を言いそうな顔をしてゴッさんをにらんでいた。
ゴッさんは20歳ぐらいだが、こっちは5人そろえば50歳を超える。
イケルと思った。400円まで値切れるかもしれない。
「これDVDな、3枚やるわ。ところでオマエラもう精子出るんか?」
俺は出るぞと思った。4人が出るかどうかは汚くて聞きたくもないので答えないで欲しかった。
どうせバカどもは子孫を残せないのに出てどうすんだろう。
「俺は…」「俺は…」「俺は…」「俺は…」
こいつらが言いかけた瞬間、俺は耳をふさいでアーッ!ってやった。トラウマになるからだ。
結局ゴッさんはまけてくれなかったが、5円玉は藤木が袋に入れて渡した。
器用な藤木に任せておけば問題ない。キッチリ抜きとってくれたので、300円近く戻ってきた。
「まただ!コイツまた出たぞ!!」
俺たちは家に戻った。ボールはまだ落ちていなかったので、諦めてDVDを再生したが
1枚目を半分まで見たところで成田の叫びが止まらなくなった。
「ひどいもんだな」
俺は言った。ひどいもんだった。
たしかに内容は女子高生もので、セーラー服を着ていたし、そこそこ綺麗な女優さんだったが
男優さんの反応ばかりしつこすぎた。
ちょっとチンポさわられると「オフッ!」とかアップになって
本番したら男優さんのケツしか見えなくて、女優さんが映ったかと思ったら
すぐに男優さんのドアップで「気持ちイイ~」と汚い顔のアピールばかりだ。
モザイクきついし、なにやってるのか全然わからなかった。
「もうだめだ、カツオ!次だ次!」
鍋奉行という言葉がある。みんなで食ってる鍋のアレコレを取り仕切ろうとする公私混同のアホのことだ。
親戚の伯父さんがこれで、イチイチねぶった箸を鍋に突っ込んだり
オタマで直接味見をするので、死ねばいいと思った事がある。
成田もあとでおぼえとけよ。
「毛ぶか過ぎるだろ!!」
成田の声が絶叫に近くなってきた。2枚目も3枚目も似たようなもんで
DVDを取り換えるたびに男優さんがブサイクで毛深くなっていった。腹も出ていた。
以前、ゴッさんからアナルのモザイクが解禁されたと聞いたことがあるが
男優さんのアナルまで解禁させた日本国政府に、俺は将来税金を払うのが嫌になった。
「アイツやっちまおう!!」
成田が外に駆けだした。俺たちも外に飛び出した。
15秒かかるところを5秒で突撃できた。殺してやると俺は思った。
「オマエらこれ、300円もねーぞ」
ゴッさんはいた。
今のメシさえない飢えた俺たち善良な男子小学生から
500円も巻き上げておいて、アナルを解禁させて汚いオッサンのケツの穴まで見させて
まったく罪の意識がなくて、金額についての文句まで言っていて、ちっともボールを落とさない。
汚れた大人の代表みたいなヤツだ。
そんな資本主義の豚の横柄な態度は、俺たちの殺意を煽るのに充分だった。
俺たちはこの日、初めて大人を素手で倒した。
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