第9話
むかしむかし。俺の手足が短くて、走っても走っても景色が変わらなくて
一人じゃどこにも行けない気がして悲しくて、やたら一日が長くて、くだらないことばかり覚えて
健康に悪そうな気味の悪い色をした菓子を平気で食べて
ウンコばかり踏んで、ついでにリカ姉の後ろに『ちゃん』をつけて呼んでいたころ。
俺はこの人と一緒にメシを食うのが嫌いだった。
俺と美紅とリカ姉とそれぞれの親。
9人も集まれば、大抵の外食先はまとまった席が取れるフードチェーン店だ。
子供は子供だけの席。俺の隣に美紅がいて、俺の向かいにリカ姉がいる。これが4人席での定番配置。
子供三人が同じメニューで統一されるから
デザート付きのセットや、お子様プレートぐらいしか食べられない。好奇心が満たされない。
べつにそれはいい。それはリカ姉のせいじゃない。
三人が一緒のタイミングで食べられるようにという、親たちの配慮に過ぎない。
「カツオ、箸の持ち方が違う。こうだ!違う、こうだ!」
ただ、箸の持ち方から、野菜の好みや、ソースのかけ具合にまで口を出されて、逆らえば叩かれる。
親たちも笑って見てるだけ。母ちゃんにすら仕込まれていない食器の正しい使い方を
暴力を背景にレクチャーされたら不満が募らないわけがない。
「カツオ、ニンジン残ってる。玉ねぎも。」
しかも、俺だけだ。美紅は好きなものを好きな順番で食べていた。
そして悔しいことに、リカ姉の皿はいつもキレイに食べられていて残し物がなく
さらに食べ方まで姿勢よく背筋が通った優等生。
父ちゃんは「リカちゃんを見習え」と、いつも口に何か入れたまま行儀悪く茶化してきた。
パセリだって食わされた。母ちゃんは飾りだって言ってたのに。
「カツオ、食べきれない。半分やる。」
だけど、悪い事ばかりじゃなかった。俺はいつも美紅にデザートを全部渡していた。
甘いものを我慢できない美紅が、メインよりも先に自分のデザートを平らげてしまうからだ。
美紅にねだられたら嫌とは言えない。だから俺は甘いものが嫌いなフリをしていた。
親だってそれを信じていたぐらいだから徹底してた。
でも、そのたびにリカ姉が自分のを半分俺に食べさせてくれた。
「食べきれない」か「これマズいから」が、いつもの理由。
今でも不思議に思う。なんでだろう。なんでわかってたんだろう。
「カツオ、お茶。ここに置くぞ。」
生姜焼きの横に俺の湯呑が置かれた。
箸でつまんだタケノコの煮物をご飯にのせて、かき込んだあとで手に取った。
熱くて飲めない。唇の端を焼いただけで元に戻した。
「ふーふーしてやろうか?昔みたいに」
隠しもしない、からかい口調。いつの話だよ。
チューハイの缶をコンコンと2回鳴らして、楽しそうに笑う声が右から聞こえる。
「ゆっくり食べな」
俺の耳の後ろを撫でるリカ姉。なにかおかしい。気恥ずかしい。
チューハイぐらいで酔う人じゃない。
隣にいる違和感で顔が見れない。アンタはいつも向かいの席だろ。
「リカちゃん、カツオ貰ってくれない?サクッと使いつぶしていいから」
明るい母ちゃんの声。夜中の10時にしては声が大きい。
俺が元気に飯を食ってるのが嬉しいのか
それともリカ姉と仲良くしてるのが嬉しいのか、割と酷いことを平気で言う。
返事が気になって箸が止まる。胃の中で食ってもいないエビがはねている。
「やだよおばさん。コイツ、バカだもん。」
微笑んで拒絶。胸が絞られた。少しだけ。いや、かなり痛いかも。
アゴを掴まれた。無理やり横を向かされた。
「ほんと、バカだし。めんどくさい。」
細められた目。白くてきれいな歯。えくぼ。赤い顔。綺麗な顔。
ふてくされた態度で振り払って生姜焼きを取った。飯をかき込んで茶碗を置いた。
手が伸びてきて、頭に置かれて乱暴にかき混ぜられた。
それを見て、さらに笑う母ちゃんの声。
(既に肉体関係結んでますけどね)
言ってみようか。母ちゃんは喜ぶが、俺は殺される。これは親孝行になるのだろうか。
お茶はちょうどいい熱さになっていた。
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