to the sun
陸奥椅子夜
地下10階『不死王の宮殿』
「神代の二十六『燃犀之明』」
宮殿内の広間に大きな破裂音が響く。爆風が宮殿の壁面に無造作に積まれた金貨や宝石を吹き飛ばす。
「なんだ。その力は」
それはその光景に苛立ったように大きく吠える。男は素早く距離をとって逃げようとする。
「逃がさん」
それは、背を向ける男に怒りの表情を見せる。そこには人々を恐れさせる不死の王とは思えない端正な少女の顔立ちがあった。
不死の王―――最後の吸血鬼ルージュ・マリアキルケは紅蓮の髪と同じように怒りで顔を赤に染めながら床の大理石の床を枕でも投げるかのように無造作に男に…この地下迷宮の最深奥『不死王の宮殿』に突如あらわれた侵入者に投げつける。
後ろを振り返った男が手をかざすと床が絹を裂くように綺麗に男の手を中心に両側に裂けて床に激突する。
男が石を裂くのを見るとルージュが指をはじく。指から弾き出された音の波が正に今力をもって骸に潜り込んだかのように骸が起き上がると男に襲い掛かる。
男は机の上の埃を払うように雑に手を振るう。ただそれだけで、骸達は塵一つなく消えていく。
「ジョナサアアアアアアアアアアアアアアアアン」
文字どうり消し飛ばされた骸に少女が絶叫する。
「ブフッ」
男は少女の絶叫に思わず吹き出す。
「あぁ」
少女が敵意むき出しの視線を向ける。
「こっちが必死なのにお前が笑わせるような事言うからだろうが」
男が手で投げつけられる土くれを軽く撫でて消滅させながら少女との距離を詰める。
「ジョナサンはあたしの友達だったんだ。ぶっ殺すぞ。神代の二十三『瓦釜雷鳴』」
少女が罵声と共に右手に雷の槍を生み出すが、その前に男の手が少女の右手の雷の槍を握りこむと雷が消え去る。少女は直ぐに左足を後方に蹴りだすと男と距離を取る。
「貴様、ヴィオレ・リンドか?」
ヴィオレ・リンド―――様々な魔術を打ち消す魔術を使うと言われる魔術師で、現在魔術ギルド第一位の座にいる魔術師だ。
この男は今、自分が生み出した雷の槍を握りつぶした。こいつが魔術ギルド第一位の魔術師…つまりこの世界で最強の魔術師という事なら頷ける。
「…んぐ…なぁ。むぐ…いや…あむ…違うけど」
男は、ルージュが力任せに投げつけてくる岩を消しながら答える。
「え?じゃあその力は一体?…っていうか、お前…何か喰ってるのか?」
「フィッシュアンドチップスだけど」
「お前…何でフィッシュアンドチップス食いながら私と…不死の王と戦ってるんだ?」
「いや…もうずぅっと小腹が空いてて」
「いや。聞きたいのはそういう事じゃないんだが」
使う術も奇妙だが、ルージュの長い時間の中でも、自分を相手にフィッシュアンドチップスを食う片手間で戦う魔術師なぞ会った事がなかった。
「お前は…その…なんなのだ?」
「んむ、シウーだけど…」
「食いながら話すな。ばっちぃ…っていうか、名前を聞きたかったわけじゃないんだけど…何しにここまで来たんだ?」
男―――シウーは、ルージュに戦う意思がない事を確認すると周りをきょろきょろと見回す。
「いや。目が覚めたらここで寝てた」
「お前…そんな酔っぱらって路地裏で寝てたみたいな感覚でここまできたのか?」
ルージュに呆れとある種の畏怖の表情が浮かぶ。こいつは普通じゃない。不死の王が住まう大迷宮に挑む者はそれこそ星の数ほどいる。眠っていると噂される秘宝や迷宮に住まう悪名高い魔物を倒すという名誉に熱病のように浮かされて挑んでくるのだ。
その中でも自分の元までくるのは外の世界でも名のしれた実力者だ。魔術師ギルド第三位颶風のギルンガラルドや第五位の氷結のジョナサン、第四位紅蓮のエルザドなど、外では伝説と呼ばれるような連中だ。連中は例外なく自分―――不死の王ルージュ・マリアキルケを倒すという名誉を得ようとここまでくるのだ。
だが、そいつらは一人と残さず今や自分のかわいい下僕だ。
それがこの男はなんだ。自分を前にして右手一本で戦い左手でフィッシュアンドチップスをかじりながら、あたしを倒すという名誉でもなければ、魔の王ですら怖気を震うようなこの世で最も邪悪な者を呼び出すという伝説の魔導書でもなく酔っ払いよろしくここまで迷い込んだというのだ。
「本当にあたしを倒しに来たのではないんだな?」
「そっちがいきなり襲ってきたんだろ」
「不死の王…最後の吸血鬼ルージュ・マリアキルケ…聞いたことないか?」
「ルージュちゃんは吸血鬼なんだ。凄いねぇ」
親戚のおじさんのような気さくさだ。演技をしているようには見えない。信じ難いが本当に迷い込んできたのだ。
「もういい。わかった。なら、そこの隅の床をはがすと、抜け穴があるそこを通れば4階に出る。そこから黄昏の森を目指せ。そこの一番大きい樹が迷宮の壁を割って外に出てるから出るだけなら割れ目から出ればいい」
何処に隠れていたのか二匹の蝙蝠がぱたぱたと指の先の床を教えてくれる。
「助かったよ。ありがとう」
「ルージュ様」
シウーがルージュの教えてくれた抜け道を行こうとルージュに背を向けた時に声がする。
シウーが振り向くと、部屋の中央に男がいた。深い青の生地に大きな金色のキマイラが描かれている。魔術師ギルドに属する者はその階位で身につけるローブの色が決まっている。一位は赤、二位が紫、三位は青、四位は緑…というように。金色のキマイラは恐らく家紋なのだろう。高貴な出の者だという事をうかがわせるが、そのローブから浮かぶ顔の肉はグズグズに崩れ、穴の空いた頬肉の奥からは黄ばんだ歯が見える。生前は端正な顔立ちだったのかもしれないが今となっては見る影もない。
「ギルンガラルド」
ルージュが驚きの声をあげる。
「申し訳ありません。大分騒がしかったもので」
そう言いながら、ルージュがシウーにに投げつけて粉々になった石畳の破片を触る。触る指の先が石畳の固さに負けて腐り落ちるが気にする様子もない。
シウーの方を見る。目の片方は周囲の瞼が剥げ落ち眼窩が見えている。
「一応礼儀として名乗っておこう。吾輩はルージュ様にお仕えするギルンガラルド・リンドという者だ。で、貴様は誰だ?」
シウーをにらみつける。残った眼球は白く濁っており焦点があっていない。
「えぇと…シウ…」
名乗ろうとしたのと同時に、何かがシウーの首をかすめる。だが、シウーは一瞬早く後ろへ転げるように後退していた。つんのめった状態から顔面を床にぶつけてギルンガラルドに尻を向けている。
「かわしたのか」
ギランガラルドが呟くように驚きの声をあげる。声をあげながらも絶え間なく指を細かく動かしておりその様子は鍵盤を弾いているようにも見える。ギルンガラルドの指の動きにあわせて微かな風切り音が聞こえる。
「風を操って俺の喉を切ろうとしたんだろ。痛いのは嫌なんだ」
「心配するな優しく殺してやる」
「よせ」
ルージュが叫ぶ。
「ルージュ様。こいつは神与の四十八にもない私の喉切りの魔術を知っておりました。でなければかわせるはずがない。ただ物ではありません」
ギルンガラルドの指の動きが一層激しくなりそれに合わせて周囲の空気が振動をはじめる。
「我が階名颶風の意味を教えてやろう」
「これ絶対家に帰れないやつやん。ルージュちゃん。俺を家に返してくれるって言ったじゃん。嘘つき」
シウーが叫ぶ。
「ちゃんづけはよせ…それよりやめろと言ってるのがわからんのかギルンガラルド」
宮殿中の空気がギルンガラルドの指の動きにあわせるように一箇所に集まっていく。
「いいえ、ルージュ様。こやつは生かしておいてはなりません。私の長きに渡る魔術師としての経験でわかります」
立っているのも困難なほど荒れ狂う風に床の亀裂から石畳の破片がめくり上がり渦に飲み込まれる木の葉のように不規則な動きをしながらいくつも巻き上がる。その一つが偶然シウーにぶつかりそうになり身を守るために片手を出しながら、身体を支えるために、もう片方の手で手近にあった奇妙な杭のような遺物にふれる。それは石で出来ているようだったが、表面には魔術文字が書かれており、杭が刺さった場所を中心に円形の石盤上の魔法陣が描かれていた。
激突しそうになった石欠片はシウーの片手に触れると絵の具が水に溶けるように消えるがそれと同時に支えるために触れていた杭が消失する。
「「え?」」
シウーとルージュが同時に驚きの声をあげる。次の瞬間、シウーが何かを唱えるとギルンガラルドが吹き飛ばされる。
「行くぞ」
ルージュがシウーに手を伸ばす。
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