【完結】スクールライフ・ラブコメディ・ウィズ・ヒーロー
東谷尽勇
プロローグ
プロローグ
中学三年生だった勝善は進路を決めないとまずい時期にも関わらず、まったく進路を決めないでいた。
そんな状況に堪忍袋の緒が切れた担任と勝善は二者面談をおこなうことになったのだが、空が夕焼けに染まっても勝善の進路が決まることはなかった。
「…………よし、こうしよう。筒森、明日から連休だ。その間に親御さんとよーく相談して進路を決めろ。もし連休が明けても進路が決まってないのなら今度は三者面談で進路が決まるまで話し合う。どうだ?」
そして、担任の方が先に折れ、勝善に妥協案を出してきた。
「別にそれでいいです」
「なら、今日の二者面談はここまでだ。連休中、真剣に進路を親御さんと話し合うように」
「うぃーす」
気の抜けた返事をして、勝善は進路相談室をあとにした。
「進路、ねぇ……」
下駄箱に向かいながら勝善は自身の進路について考える。
勝善は真剣に進路について考えていないわけではない。
ただ、真剣に考えても具体的な進路がまったく思い浮かばないのだ。
さらに勝善はこの時期、家庭の方がとある事情で少しごたごたしていて進路について親と真剣に話す状況でもなかったのだ。
そんなわけで、この時期までずるずると進路を決められずにいたのだ。
「このままじゃ、いけないんだろうけどな。……まぁ、帰ってからゆっくり考えるか」
「んしょ、んしょ」
「ん?」
と、勝善が自宅に帰ろうとした時だった。
右側に結んだサイドポニーテールの髪を揺らしながら重そうに机を運んでいる女子生徒が勝善の目に入った。
「あれは…………たしか隣のクラスの
机を運んでいたのは勝善の隣のクラスの牧野
なぜ、勝善が隣のクラスの光を知っていたかというと、やる人間がおらず、勝善が押し付けられた卒業アルバム委員の仕事で、同じく卒業アルバム委員の光と会う機会があったからだ。
ただ、勝善と光の関係はその程度だ。同じ小学校出身ではなく、中学でクラスが一緒になったこともなく、卒業アルバム委員としてようやく顔見知りになった、ただそれだけの関係。
とはいえ、顔見知りが重そうに机を運んでいる光景を見て無視するほど薄情者ではない勝善は、光のもとに向かった。
「牧野さん」
「あっ、筒森君」
「何してるの?」
「これ? えっと、演劇部がね、いつも練習に使ってる部屋とは別の部屋で練習することになって、その部屋にあった物を全部倉庫に運ぶことになったんだけど、私がそれをやるのを引き受けたの」
「えっ? そんなの演劇部の連中がやればいいことじゃん」
勝善が言っていることには何の間違いもなかった。演劇部が演劇部の都合で部屋を使うのだから、部屋にあった物を倉庫に運ぶのは演劇部がするべきことだ。
「うん、筒森君の言う通りなんだけど、演劇部の人達ね、何か凄く切羽詰ってて一秒でも早く練習がしたいって様子だったの。それをたまたま見ちゃったからかな。私が一人で運ぶからみんなは練習してって演劇部の人達に言っちゃったの」
勝善は唖然とした。目の前にいる光が堂々と何の得にもならないのに他人のために働いていると言ったからだ。
「牧野さん、何でそんな自分の得にもならないことを引き受けたの?」
「んー、そうだな…………私ね、一個下の妹がいるの。で、妹の面倒を小さい頃からみてたらいつの間にかお節介さんになっちゃって、困ってる人のこと、放っておけなくなっちゃったんだよね。あっ、でも自分の得にならなくはないよ」
「えっ?」
「困った人を助けると、笑顔でお礼を言われるの。その笑顔が、私にとっての得だよ」
光は笑顔でそう言った。
その光の笑顔は、あまりにも純粋で、綺麗で、とても魅力的なものであり、勝善がその笑顔一つで恋に落ちてしまうのに十分過ぎる威力を持っていた。
「…………ま、牧野さん」
少し声が上ずりながら勝善は光に話しかける。
「何?」
「そ、そのー、手伝うよ。机とか、運ぶの」
それは、好きな相手にいいところを見せようとする男の行動だった。
「いいの?」
「うん。だって、顔見知りがこんなことやってて、何もしないなんてできないからさ、俺」
「そっか。ありがとう、筒森君」
光は再び笑顔になり、その笑顔は勝善に止めを刺すのだった。
その後、勝善は自分の進路を決めた。光と同じ高校に進学する、と。
以上が、筒森勝善が恋に落ちた時の話だ。
これだけ見ると男子生徒がちょっとしたことで女子生徒に惚れた、甘酸っぱくも光り輝く青春の一ページと言える。
だからこのあとは、背中がかゆくなるような恋物語に…………なることはない。
その原因は勝善にある。
勝善は、バカ過ぎる男だったのだ。
これは、バカのバカによるバカのための恋物語である。
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