第57話 精霊
「みんな生き残っていた。俺たちは守れていたんだな……」
両親のお墓の前で泣き崩れるカレンの肩を抱きながらそう呟いた。
「……うん」
「アリエル王女がリーゼリットに似てたのは、他人のそら似じゃなかったってことか……」
リーゼリットは王女だったもんな。俺が死んだと思って新天地で民をまとめるために仕方なく、好きでもない男と結婚したんだろう。まさに悲恋だな。
「うん……リーゼの子孫……リーゼはきっと幸せな人生だった」
「まあ、いつまでも俺のことを忘れられずに悲しまれるよりはその方がいいかな」
あの時に俺が死んだと思い、きっと長い年月を掛けて忘れようと苦しんだんだろう。それで好きでもない男とエルフのために……チッ、あの白い柔肌を抱いた男が羨ましい! なんか寝取られた気分だ。
でもこういう悲恋は最後は報われるもんなんだ。1万年と5千年前に俺を愛していたリーゼリットは、きっと生まれ変わってまた俺の前に現れるに違いない。あのアニメみたいに。
「う、うん……」
「? まあしかしまさかあの時にアルガルータの聖地に避難した人たちが、この地球の地下世界に聖地と共にやってきたなんてな。でもさ、どうやって来たんだろ? 俺たちと同じように魔王の乗る宇宙船の攻撃を受けたとか? 」
「それは無理がある」
「それもそうか。さすがに島はデカ過ぎるな」
こんなデカイ島をあの膨大なエーテルのエネルギー砲みたいなので覆うには、何百隻というあの宇宙船が必要だ。さすがにそれは無理があるな。
ならいったいどうやって転移してきたんだろうな。
それになぜ地球の地下に転移してきたのかもわからない。この亜空間と擬似太陽とも呼べる物もどうやってできたのかもだ。さすがのエルフの技術でも亜空間を作るのは無理らしいから、これはもともと地球の地下にあったものなんだろう。
もしかしたら何億年前かに地球に知的生命体が存在していて、それらが作ったものなのかもしれない。まあ月もフィロテスが遥か昔に誰かが作った人工物だって言ってたし、宇宙にはほかに知能の高い宇宙人もいるみたいだしな。グレイが本当にいると聞いてマジでビビったよ。なんでも古くからの取引相手らしい。でもインセクトイドが現れてから来なくなったそうだ。そりゃそうだろう、母星に連れて帰りたくないだろうしな。
「まあ考えてもわかんねえか。カレン。何も持ってきてないけど、とりあえず手を合わせようか」
「うん」
俺はわかわないことを考えるのはやめて、カレンと共に墓石に向かってしゃがんだまま手を合わせた。
それから少しして後方から複数のエーテル反応が現れた。
俺はフィロテスと王たちがやってきたと思い、カレンと共に立ち上がり皆がやってくるのを待つことにした。
しばらくするとフィロテスとトワが現れ、俺たちの元へと駆け寄ってきた。どうやら王たちを置いて走ってきたようだ。
「ワタルさん! 」
「ご主人様」
「悪かったな二人とも。もう目的は達したよ」
「ん……置いていってごめん」
俺とカレンは慌てた様子で駆け寄ってきたフィロテスとトワにそう言って謝った。
「そ、それはいいのです。それよりもまさかこちらのお墓が……」
「ああ、このお墓は俺がいた世界。アルガルータの聖地にあったカレンの両親のお墓だ」
「!? と、ということはワタルさんが……」
「おとぎ話の勇者ってことになるかな」
俺がそう答えるとフィロテスは目を見開き、両手を口に当て驚いていた。隣にいるトワも目を見開いている。
そんなフィロテスの背後から、エルサリオン王とクーサリオン公爵。そして巨人族と獣人とドワーフの男たちが現れた。男たちは俺とカレンの姿を見て一様に驚いた顔になった後、ゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。
「セ、セカイ殿……」
「よう王様。悪いなカレンが船を壊しちゃって。その人たちは各国のお偉いさんか? 」
「は、はい。この者たちは各国の王と代表でして……」
王は昨日とは違って俺に対してやたら丁寧な口調で答えたかと思ったら、続けて各国の代表を紹介していった。
最初に紹介されたのはハンザリオン共和国大統領のアッサムという、真っ白な髭をモッサモッサ生やしている年老いたドワーフだ。その姿はやたら小綺麗だけど、まるで海賊のヴァイキングのような格好だ。頭に金の王冠を被り青い分厚い布の服の上から太いベルトをクロスさせて巻いているその姿は、俺がアルガルータで見慣れた物だった。
次に紹介されたのは巨人族連合国の議長のバラムという壮年の男で、厚い白い布の道着のようなものに赤や青などの飾りがたくさん付いている服を着ている。これは昔格闘好きな巨人族に、俺が教えた柔道着に似ている。
そして最後に紹介されたのは、ガユウ獣王国の国王であるラルフという獅子獣人だ。まだ40歳くらいでこの中で一番若い男で、その姿は紋付き袴姿だ。そう、大名みたいな格好をしている。これも俺が教えた服だ。アルガルータの獣王に日本の侍の話をしたら大流行したんだよな。あっという間にみんな着物を作って着るようになった。女性は良かったけど、男は浪人にしか見えなかったのが懐かしい。
やっぱこの人たちはあいつらの子孫だわ。
俺がそんなことを考えながら紹介を受けていると、獣人のラルフが我慢できないといった表情で話しかけてきた。
「セ、セカイさんよう! あんたもしかして勇者様なのか? だ、だとしたら大英雄レオニール様とニキ様のことを知ってるか? 」
「知ってるも何も一緒に魔王に挑んだ仲間だ。レオニールやニキだけではなく、ガンゾやギランもな。だが魔王との戦いで、あと一歩というところで皆命を落とした。みんな勇敢に戦い、家族や仲間のことを俺に頼むと言い残して逝ったよ」
「お……おお……レオニール様……ニキ様……」
「なんと! ガンゾ様まで知っておるとは……」
「地上の人族がギラン様の名を……もう疑う余地はあるまい」
俺の言葉に獣王ラルフは涙を流し、ドワーフのアッサムと巨人族のバラムは驚いた顔をしていた。どうやらガンゾとギランの名もそれぞれの国に残っているようだ。
しかしレオニールとニキが大英雄として語り継がれているとはな。
よかったなレオニール。お前英雄になりたがってたもんな。
「セ、セカイ殿。や、やはりあなたは勇者ワタールなのですか? 」
「ワタールって……そう呼ぶのはダークエルフの根暗なストーカー王子だけだったんだけどな。まあ王様たちの先祖がこの聖地から現れたというのなら、俺はその勇者で間違いないと思う。このお墓はアルガルータにあったカレンの両親の墓だ。これがここにあることがその証明だな」
マゴル王子の野郎は最後まで発音が変だったよな。よりにもよってマゴルの呼び方が伝わっているとは……アイツも生き残ったってことか。まあリーゼリットのストーカーだったからな。離れるわけがないか。
「やはりこのお墓はカレン殿の……なんということだ……」
なんだ? この墓のことを何か知ってるのか?
「まあいま言ったように俺のいた世界の名はアルガルータ。そこにはエルフのアグラリエル王国とダークエルフのクーサリオン王国。そして獣人の獣王国があった。巨人族は小さな集落を各地に作って生活していて、ドワーフも各地の鉱脈がある山に集落を築いて生活していた。そしてそんな世界で宇宙から侵略してきた人型やトカゲ型の魔物と、種の存続を懸けて戦っていたんだ。しかし長い戦いの末、味方は数を減らしていきとうとう魔物に追い込まれてな。俺とカレンは住民を聖地に逃す時間を稼ぐために、レオニールたちと少数で魔王のいる宇宙船へ乗り込んだ。彼らの犠牲のおかげでなんとか魔王を倒すことに成功したが、新たに魔王が現れたんだ。俺たちは3隻の魔王の乗る宇宙船からのとんでもない威力のエーテル砲を喰らって死んだはずなんだけど、なぜかこの地球に戻ってきていた。あとは王様も知っての通り、日本がインセクトイドに襲われているのを見てられなくて戦ったというわけだ」
俺は何かに動揺している王をよそに、自分がいた世界のことを説明した。
「お、おお……エルフ王家の旧姓にクーサリオン家が元王家だったということまで……そのうえ人型とトカゲ型のマモノに、勇者様を包み込んだ巨大な光……全て古文書に記されていた通りです」
「勇者様に間違いねえ。獣王国に伝わる言い伝え通りだ」
「古文書を見たこともないのにここまでの知識。それに魔鉄を扱える技術に膨大なエーテル保有量。そして魔結晶による強力な魔法。やはりセカイ殿は勇者様なのじゃろう」
「うむ。状況証拠は揃っておる。許可をしていないはずの結界にも入ることができた。時の流れは説明できぬが、勇者様以外考えられぬ」
「俺にとっては1年前の出来事なんだけどな。でも王様たちとっては1万5千年前の出来事みたいだから、別に俺が勇者だと信じようが信じまいがどっちでもいいさ。それよりもその古文書てのには何が書かれてるんだ? この聖地が魔王軍から逃れ、どうやってこの地球の地下にやってきたとか書かれているのか? 」
勇者だなんだとかはどうでもいい。俺はあの時。俺とカレンがいなくなったあとに何が起こったのかを知りたい。
「は、はい。古文書にある創世記には聖地に避難している最中に、突然マモノの動きが止まり撤退していったとあります。そして魔王城が膨大な光に包まれたあと消滅し勇者様の死を確信したと。しかしその後聖地も膨大な光に包まれ、光が収まるとこの新天地にやってきていたようです。そして聖母様のもとでエルフは一つにまと……」
「ん? どうし……うおっ!? 突然なんだ!? 」
エルサリオン王が説明の途中で、俺の背後を見て驚いたような顔をして言葉を止めた。それを不思議に思っていると、突然背後に膨大なエーテルの塊を感じ、慌てて俺はとっさに結界を張り振り向いた。隣にいたカレンも振り向き様にマジックポーチから魔銃を取り出し構えていた。
俺たちが振り向いた視線の先には、カレンの両親の墓のオブジェの陰から顔を出し、こちらを見ているエルフの女性がいた。
エルフ? いや、おかしい。なんか存在が薄い。幽霊……にしてはこのエーテルの濃さは尋常じゃない。保有量とかそういうんじゃない。密度がシャレんなんないほど濃い。なんだこれは……こんなのを見るのは初めてだ。
「ワ、ワタルさん。何か見えるんですか? 」
「フィロテスにはあそこの柱の陰にいるエルフは見えないのか? 」
「いえ……何も見えませんが、膨大なエーテルの塊は感じます」
「そうか……カレンは? 」
「見える……異常なエーテル密度のエルフ女性がいる」
トワ……はさっぱりわからないという顔をしているな。フィロテスには見えなくて俺とカレンには見えるのはどういうことだ?
俺はエルフの女性を警戒しつつも、エルサリオン王とドワーフと獣人たちをチラリと見た。
するとクーサリオン公爵も王と同じく、驚きながらもエルフの女性をしっかりと見ていた。その他の王たちはエルサリオン王とその視線の先を見比べ、不思議そうな顔をしている。
どうやらエルフの王家と俺とカレンにしか見えないみたいだな。フィロテスだけはエーテルを感知する訓練をさせてたから異常が分かったということか。
「せ、精霊様……」
「あれが精霊だって!? 」
俺はエルサリオン王の呟いた言葉に驚いた。エルフに古くから伝わる精霊の存在は知っていたが、その姿は滅多に見ることができず、そして王家の者しか見ることができない存在だと聞いていたからだ。その姿はエルフに似ているとは聞いていたが……
俺たちが呆然とその精霊と呼ばれるエルフを見ていると、精霊は柱の陰から顔を出したまま俺に向かってニコリと微笑んだ。そして柱から出てきたと思ったら、俺たちに背を向け地上スレスレを左右に滑るように移動し離れていった。
「なっ!? 」
俺は彼女の姿とその後ろ姿を見て絶句した。
柱から現れた彼女は白いスキーウェアを身につけており、まるでスキーをしているかのように左右に移動してくその後ろ姿に俺は見覚えがあった。
あの後ろ姿とお尻は! 俺がスキー場で遭難する原因となった、あの美女の後ろ姿と同じだ。まさかあの時の彼女は精霊だったのか!?
「カレン、フィロテス、トワ! 彼女のあとを追う! 彼女は俺がアルガルータに行く時に現れた女性そっくりなんだ! きっと何かあるはず! 」
俺はカレンたちにそう言ってカレンたちを連れて精霊のあとを追った。
後ろからは王たちが慌てて俺を呼び止める声が聞こえる。
しかし俺たちはそれを無視して精霊の後を追った。
その先に俺がアルガルータに迷い込んだ答えがあるはずだと思いながら。
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