第56話 聖地

 




 エルサリオン王との会談を終えホテルへと戻り一夜が明け、俺たちは迎えにきたフラーラに乗り再びエルサリオン王の旗艦『アグラリエル』へとやってきた。


 そして南極へと向かう間にあてがわれた部屋で、ソファに座りながらトワとフィロテスへ俺とカレンが王の言葉になぜ動揺していたのかを説明した。


 昨夜は色々と混乱していたこともあり、フィロテスとトワに説明する余裕がなかったからな。それは朝になっても変わらず、俺とカレンは頭の中で色々なことを考えていた。でもそんな俺たちを心配そうに見守ってくれていたフィロテスたちにはちゃんと説明しないといけないと思ったんだ。


 フィロテスたちに話した内容は、俺とカレンが心の整理がついていなくて今まで話すのを避けていたものだった。


 アルガルータのエルフとダークエルフの国の名。7年に及ぶ戦いの末に力及ばず、魔物によりアルガルータ最後の大陸が呑み込まれそうになったこと。各種族の長と話し合い起死回生の作戦を実行する決断をしたこと。


 その作戦は俺とカレンを中心に、獣人とドワーフに巨人族のパーティで魔王のいる巨大な宇宙船に向かい魔王を倒すというものだったこと。その際にもしもの時のために、住民を聖地に避難させるように指示をしたこと。


 そして魔王のいる宇宙船に乗り込み魔王を倒したが、新たな魔王の乗る宇宙船が三隻も現れたこと。その宇宙船の攻撃により命を落としたはずなのに元の世界に戻ってきたこと。最後にアガルタにある聖地が、アルガルータの聖地そっくりだったことを話した。


 俺とカレンの戦いは、以前フィロテスから聞いた神話やおとぎ話の展開と似ている。アガルタに残るそういった物語では、ダグルが突如アガルタの世界に現れ滅びかけた時。精霊神により遣わされた勇者が、不思議な魔法と魔道具を駆使してエルフのパートナーとともにダグルたちを次々と倒していった。そしてダグルとの決戦の際、聖女のもとでダークエルフは民たちを守る盾となり、勇者はエルフの伴侶と獣人とドワーフと巨人族の仲間と共に魔王級のダグルを倒し世界を救ったというものだった。


 こういった話は神話やおとぎ話に限らず、演劇に小説などでも様々なバージョンが作られ根強い人気があるらしい。ただ、出てくる登場人物の名前はどれもバラバラだ。そもそも勇者の種族は精霊神の使いみたいな扱いだし、ワキガーやワーナーとか日本語に訳すと変な名前ばかりだった。もとは古代語というのもあるが、長い時の中でなどで変化したんだろう。


 フィロテスから聞いた時は、勇者が魔王を倒すとかよくあるテンプレ展開だから気にもしていなかった。しかしよく知る王家の名前があり、聖地が同じ形をしていてそれが別の星から転移してきたというのなら話は別だ。それは神話などの創作ではなく本当に起こったことなんじゃないかと考えてしまう。



「ワタルさんが世界を救えなかったと言っていた理由がそのようなことだったなんて……まさかワタルさんが神話の……」


「それだと俺は1万5千年前に存在していたことになる。そうじゃないと辻褄が合わないな」


「そうでした……1万5千年……宇宙で時空間移動を失敗し数十年前に現れたという記録はありますが、さすがにそれほどの時を超えることは考え難いですね」


「いくらなんでもだよな。だから並行世界と思っていたんだけど、アガルタにある聖地がアルガルータの聖地がある島と同じ形をしていた。こことは別の星にあったはずの聖地がだ。だから俺とカレンは王の前で動揺したし、聖地に行ってこの目で確かめようと思ったんだ」


 形が似ているだけかもしれない。結界だって俺でも全力を出さないと破れなかった結界ではなく、エーテル技術による人工結界かもしれない。とにかくこの目で確認しなければ何もわからない。


 王は色々と俺と話したそうだったけど、全ては聖地を確認してからだ。


 あるわけがない。カレンの両親の墓があるわけがないんだ。


 俺はそんなモヤモヤする気持ちのまま、隣でずっと大きな窓の外を見ているカレンとどこまでも続く青い空を眺めていた。




 そして1時間後、アグラリエルは南極へ到着したのか高度を下げていった。


 窓の外には真っ白な氷で覆われる大陸が見え、テレビで見たのとは違う場所にある3000m級はありそうな氷山へとアグラリエルは向かっていった。するとその氷山の一部が氷ごと上下にスライドしていき、そこから白い霧に包まれた亜空間ホールが現れた。


 ずいぶん手の込んだ入口だな。聖地に近い入口だからか?


 俺がそんなことを考えていると、アグラリエルは亜空間ホールへとゆっくりと突入していき、窓の外は白い光に包まれた。


 それから以前も経験した時間の感覚が狂う独特な感覚を味わったあと、機体は白い大きな光の出口を潜り俺たちは再びアガルタへとやってきたのだった。



 部屋の窓から出てきた亜空間ホールの出入口を見ると、前回来た時とは違い何十隻もの大型の宇宙船が警備をしていた。その陣形は見事なもので、明らかに精鋭部隊であることがうかがい知れた。


「前回は小型の宇宙船ばかりだったのに、今回は戦艦みたいなのと駒型の宇宙船が多いな」


「はい。聖地が近いので、亜空間ホールの警備はエルサリオン王国軍が担当しています。あの駒型の宇宙船はこの艦と同タイプのもので、空宙両用の戦闘機の航宙母艦として運用されています」


「これって空母だったのか……お? 大陸が見えてきたな。形からいって確かに前よりかなり南に出たみたいだな」


 俺がフィロテスに宇宙艦隊のことを聞いていると、雲を抜けた辺りで遠くに陸地が見えてきた。アガルタにある大陸はユーラシア大陸に似た形をしていることもあり、前回来た時よりかなり南にいることだけはわかった。地上でいうところの中国の南にあるベトナムの南端てとこか? 


「はい。前回降りた場所よりもかなり南に位置しております。もうすぐ到着いたしますので、下船の準備をお願いします。王の旗艦といえども聖地の上空は飛行禁止ですので、一旦聖地近くの大陸側に着陸してそのあとは小型艇で聖地へと向かいます。それと、その……私にはワタルさんとカレンさんの辛い記憶を共有することはできません。ですがずっと側にいますから……何があっても私はお二人の側にいますから……ですからその……うまく言えませんが……」


「私はご主人様専用のオートマタ族ですので、側にいてご奉仕するとは当然でやす」


「ん……ありがとうフィロテスにトワ……いい子」


「ははっ、気を使わせちゃったな。大丈夫だよ。聖地に行けばスッキリするから。そのあとはいつも通りだ」


 カレンはフィロテスとトワの言葉に窓の外から視線を外し、二人の頭を撫でていた。


 フィロテスには悪いことをしたな。俺とカレンの問題だとはいえ、昨夜からカレンは一言も話さなかったしな。トワもどうしたらいいかわからなかったのかも。二人とも聖地で俺とカレンが何かショックを受けると思って心配しているのかもな。


 聖地に着けば全てハッキリする。墓が無ければ聖地がどうやってアガルタに来たのとかはもう関係ない。並行世界確定だ。そしたらドワーフの国でも行って旅行しつつ、夜は昨日の分までカレンとフィロテスとエッチしまくるかな。トワはソフトSMとかいって縛っておこう。どんな手を使ってでも俺が主導権を握らないいと、朝勃ちしなくなるほどに搾り取られてしまう。




 それからしばらくしてアグラリエルは高度を徐々に下げていき、やがて窓の外には目的地であろう大陸の南端の陸地が見えてきた。その陸地は次第に大きくなっていき、俺とカレンの前にその全貌を現していった。


 それは森に覆われた三角形の陸地で、王に見せてもらった映像そのままのものだった。


「原始の森……」


「ああ……そっくりだな……」


 部屋の大きな窓から見えるアガルタの聖地は、やはりアルガルータで聖地と呼ばれる原始の森のある島に似ていた。


 もしもこの聖地が俺の知る聖地であるなら、墓地が島の東にあるはずだ。


 聖地は大陸の南端にくっ付いてるから、東はあの辺か。


「!? 『千里眼』! ワタル! あれ! 東に! 」


「東!? せ、『千里眼』……なっ!? 」


 俺は聖地を見ていたカレンが隣で突然千里眼を発動し、興奮した声音で叫んだ声にまさかと思い千里眼を発動した。すると木々の合間から、巨大な白い建造物がチラリと見えた。そしてそれは見覚えのある物だった。


 あの形は……俺が建てさせたカレンの両親の墓のオブジェに似ている。


 墓のオブジェとは、墓石の周囲に高さ10mはある流線型の白い柱を3つ交差させたものだ。そんな神殿なみに目立つ物を、しかも聖地の墓地にエルフが作るなんてあり得ない。まさか本当にあの墓が?


「あっ! カレンさん! どこへ! 」


「お、おいっ! カレン! 」


 俺が木々の合間から見え隠れする建造物に目を奪われていると、突然カレンが走り出し部屋の外へと出て行った。


「ワタルさん、カレンさんは突然どうしたのでしょう? 」


「カレンの両親の墓の周囲に建てた建造物に似た物が見えたんだ。それでいてもたってもいられなくなったんだろう。俺がカレンを連れ戻すからフィロ……」


 ドンっ!


「うおっ! 何の音だ!? 」


「……セキュリティシステムが作動しやした。ここから一番近いゲートから外気が入ってきていやす。信じられないことでやすが、恐らく破壊されやした」


「ええ!? 王の旗艦のゲートを!? 」


「マジか! 出入口を破壊したのかよアイツ! あ〜カレンが感情が昂ると周りが見えなくなるのを忘れてたわ。フィロテス、カレンを連れ戻すのは無理っぽい。ルンミールに先に聖地の墓地に行ってると連絡を入れてくれ。あと船は弁償するとも伝えておいてくれ」


 俺は王の旗艦をカレンが破壊したことに青ざめるフィロテスに、ルンミールに連絡を入れるように頼んだ。


 フィロテスの立場からしたらとんでもない不祥事だよな。ほんと申し訳ない。情報局をクビになったら俺が養うから。


 しかしカレンがあんなに感情的になるのは、初陣の時に両親を殺したオークみたいな魔物と戦った時以来だ。あの時は魔銃を撃ち尽くしたあと、泣きながらナイフで狩り尽くしてた。後にも先にもあんな感情的なカレンを見たのはあの時だけだったな。


 だからすっかり忘れてたわ。まあこうなったカレンは止められない。あとは好きにさせてやるしかない。俺もあのオブジェを確認したいしな。


「は、はいっ! 」


「悪いな。んじゃ行ってくる」


 俺は泣きそうな顔でルンミールに通信を送るフィロテスとトワをその場に残し、飛翔の魔結晶を発動した。そして部屋を出て隔壁により通路が閉鎖される前に、カレンが破壊したゲートのある場所へと向かった。





「またこれは力加減もしないで派手にやったな……」


 ゲートに着くとそこには大穴が空いており、扉だけではなくその周囲の壁も見事に吹き飛ばされていた。


 恐らく雷槍の魔結晶を撃ち込んだんだろう。それも複数……


 俺は大穴の前でこめかみを押さえつつ、穴を開けるなら雷弾でも十分だったろうにと思いながらもその大穴から外へと飛び出した。


 そしてカレンの後ろ姿を追い全力で飛行していると、島から高濃度のエーテル反応が確認できた。それは島を覆うように展開されているのが俺には感じ取れた。


 結界だ。


 これは……人工結界なんかじゃない。この結界はアガルタのどの兵器でも破ることはできない。それこそ大騎士級。アガルタの基準で言うなら、エーテル保有量7万以上はあるレベル7のダグルが複数匹で半日攻撃してやっと破れるような結界だ。そんな結界があるのは俺の知る限りでは聖地以外にはない。


 カレンも結界の存在に気付いたのだろう。一瞬減速したが、そのまま構わず結界の中に飛び込んでいった。


 俺はこの時にもう確信していた。だからカレンを止めなかったし、カレンが結界に弾かれることなく通過したことにも驚かなかった。


 だから俺もカレンの後に続いて結界の中へと向かった。


「カレン。ここからは墓地だ。飛んだら駄目だぞ」


「……うん」


 カレンに追いついた俺は彼女の手を握り、ゆっくりと地上に降りた。そして整備された道を二人で歩き、一緒に墓地の中へと入っていった。


 俺とカレンは無言でよく手入れをされている墓地の中を歩いていき、目的の場所へとたどり着いた。


 そこには弧を描くように交差している巨大な三つの白い柱と、その下にある二つの墓石が立ち並んでいた。


 その墓石にはそれぞれに最愛の父ダイロスと、最愛の母ラエルノアという文字が刻まれていた。


 そう、これはカレンの両親の墓だ。


「おとう……さん……おかあ……さん……うっ……もう会え……ないと……うっ……」


「もう二度と墓参りできないと思ってた。まさか地球の地下でまた墓参りができるようになるとはな」


 俺は墓石の前で泣き崩れるカレンの肩を抱きしめながら、墓石を見つめそう呟いた。


 もう疑いようがない。この聖地はアルガルータの聖地だ。どういうわけか1万5千年も過去に転移してきたみたいだ。


 そんな長き時を積み重ねても墓石もオブジェも劣化していないのは、この聖地が不思議な力により時が止まっているせいだろう。


 あの後。俺とカレンがいなくなったアルガルータは魔物により滅ぼされたと思っていた。この聖地の結界を破り、大量の魔物が押し寄せたと思っていた。それが綺麗なまま残されている。


 ならリーゼリットたちは……


 聖地は無事だった。そしてアガルタではアルガルータの言語が古代語と呼ばれている。そのうえアガルタに伝わる神話やおとぎ話に王家に伝わる伝統衣装。


 間違いない。あの時この聖地に避難したリーゼリットやアルガルータの住民たちは無事だった。このアガルタの住民は、アルガルータの住民たちの子孫だったんだ。


 守れなかったと思っていた。けど俺は守れていた。あの星は守れなかったけど、人は守ることができていた。


 無駄じゃなかった。俺とカレンの戦いも、多くの兵士たちとレオニールもニキ、そしてギランにガンゾたちの死も……俺たちは守ることができていたんだ。


 気が付くと俺の頬には冷たいものが伝っていった。


 それが頬を伝う度に、俺の心にずっと刺さっていた無力さと後悔という棘が消えていくのを感じていた。



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