第46話 後悔

 



 ーー エルサリオン王国 王城 アリエル・エルサリオン ーー




『どんなに強い意志があろうと、どんなに命を賭けようと力がなきゃなんにも守れねえんだよ』


『この命を賭ければできないことなんてないわっ! 』


『そうか……なら守ってみせろ! 』




 守れなかった……


 私は傷ひとつセカイに与えることができないまま墜とされた。


 命を賭けても仲間を守ることが私にはできなかった。


 私は弱かった。



 セカイに敗北したあの日。私は気を失っていたのか、目が覚めるとセカイたちはもういなかった。そして私を取り囲む親衛隊の面々を見て安心した。そう、彼らは四肢を失い傷ついてはいたが命は無事だった。


 失われた四肢は再生治療を受ければ元どおりになる。


 ブランメルとソルティスとマグワイヤ以外は……


 ソルティスは豚の耳を、ブランメルとマグワイヤは獣の四肢を取り付けられていた。


 どうやったのかはわからない。神経が繋がっており、まるで自分の腕や足のように動かせていた。


 恐らくあれも魔結晶の能力なのでしょう。


 私はそのおぞましい姿に震え、助けを求める彼らを助けようと思った。


 しかしそれは情報局により阻止され、私たちを救出に来たと思っていた王都軍の指揮官にも治療は許可できないと跳ね除けられた。


 どうやらセカイがブランメルたちの治療をするなと言って去っていったらしい。


 私は抗議した。しかし情報局のルンミール局長は、不機嫌そうに遠くで土煙を上げている場所を指し示した。そして私のせいで子爵家の宇宙艦隊が壊滅し、多くの死者が出たと言い放った。さらにこれ以上セカイに敵対行為を取ればエルサリオンが滅ぶとも。


 私はルンミール局長の言葉の意味が一瞬理解できなかった。


 ここはアガルタ。月でもあるまいし宇宙艦隊が壊滅するなど考えられなかったから。


 しかし次に同じ情報局のフィロテスが、私をキツイ眼差しで見つめ発した言葉に愕然とした。


 子爵艦隊は私をセカイから助けようとして、セカイとカレンにより墜とされたのだと。それにより1000人のエルフと8000体のオートマタを失ったのだと……


 オートマタは修理をすれば半分以上はまた使えるようになるでしょう。しかしエルフの失われた命はもう戻らない。


 私がお父様の言いつけを破り、セカイに会いに行ったから……彼を怒らせたから王女として守るべき人たちを死なせてしまった。彼らにも家族が、幼い子供がいたはず。私のせいで親を失った子供を作ってしまった。


 私がセカイに会いに行かなければ……あの時真摯に謝罪をしていれば……全てはエーテル保有量の少ない地上人と侮っていた私の責任。


 アガルタ最強と持てはやされ、力を過信し傲慢になっていた私の責任。


 そう膝をつきうなだれる私に、王都軍指揮官は躊躇いつつも私たちを拘束し連行すると告げた。


 私にはもう抵抗する気力など無かった。


 お父様の言いつけをを破り、エルサリオンが招待した客人を侮辱し剣を向け、返り討ちに遭った挙句に宇宙艦隊を壊滅させる原因を作ったのだもの……


 それから私と親衛隊の者たちは全員が拘束され王都へと連行された。


 王都に着くと私たちはすぐに謁見の間に通された。ブランメルたちはこんな姿を見せられないと抵抗したが、衛兵に引きずられ中へと入れられた。


 謁見の間には多くの貴族たちと六元老たちがおり、貴族たちはブランメルの変わり果てた姿を見て騒めき顔をしかめ、六元老は皆が怒りに震えた表情をしていた。


 そしてお父様とお母様が現れ、謁見の間にいた貴族たち全員が胸に手を当てて頭を下げて迎えた。


 王座に腰掛けたお父様は、私に顔を上げるように言った。


 顔を上げた私の目には、これまで見たこともないほど怒っているお父様の顔と、悲しそうな眼差しで私を見るお母様の顔が映し出された。


 そしてお父様は怒りを抑えているかのような声で、今回のことの顛末を私に説明するように言った。


 私はこうべを垂れ、これまでの顛末を正直に話した。


 強い地上人がいると聞いたこと。その地上人が魔結晶と呼ばれるアイテムを使い、その力を発揮していることを兵器省に行った時に知ったこと。そこで見た目より多くの物が入るポーチを目にしたこと。そして魔結晶には空間を拡張する能力を持つ物があると聞き、その情報を立場を利用して集めたこと。その際に兵器省の技師から、セカイがアガルタに来ることを聞いたこと。そして親衛隊の総力をあげてセカイがアガルタに来る日程を調べたこと。


 そしてセカイに会って魔結晶を譲るように交渉している時に、同行していたカレンというハーフエルフをブランメルが侮辱してしまったこと。それによりセカイを怒らせ戦闘になったこと。


 そこまで話したあと顔を上げ、今回の件の全ては私に責任があると言って説明を終えた。


 そして説明を終えたと同時にお父様が王座から立ち上がり、私の元へやってきた。


 お父様は私の前に立つと『愚か者! 』と怒鳴りつけ、震える手で私の頬を思いっきり殴りつけた。


 覚悟はしていたけど、私はショックだった。お父様に頬を打たれたのは、幼い頃に一度あっただけ。それも私がお父様のエーテル銃で遊んでいた時の一度だけ。


 私は配下の者たちや、多くの貴族の前で殴られたことよりも、お父様をここまで怒らせてしまったことに涙が出てきた。


 なによりも視界の端に映るお母様が、自分が殴られたかのように目を伏せ耐えている姿が悲しかった。


 私は顔を伏せ、頬に流れる涙をそのままに肩を震わせていた。お父様はそんな私など無視して、その場でセカイの情報とルンミール局長から聞いてたであろう詳細を貴族たちに話した。


 今回の件の引き金はハーフエルフへの差別だと。セカイ氏は異世界からの帰還者であり、そこには我々と同じエルフがいたと。セカイ氏の伴侶のカレン氏はその世界のハーフエルフであり、その世界で差別を受けていたらしいと。セカイ氏は彼女の心を守るために、彼女を侮辱したブランメルたちへ反撃をしたに過ぎないと。


 彼は異世界でダグルのようなエーテル体と長年戦っており、その際に魔結晶と呼ばれる特殊な能力を有する物を手に入れたのだと。そして彼らのエーテル保有量及びその能力は、単独でアガルタを滅ぼせるほどのものであると。


 そんな彼らに対しは娘とその親衛隊はまるで盗賊のように魔結晶を渡すよう迫り、あまつさえ力に溺れ戦いを挑み返り討ちに遭ったと。そして親衛隊が救援要請をした近領のコルミス子爵家が、娘を救うために攻撃を仕掛け壊滅したと。


 今回セカイ氏の希望により間接的な王の招待という形になったが、ここにいる者たちは王の客人を殺そうとした。不幸中の幸いで情報局とセカイ氏とのこれまでの友誼により、エルサリオンに敵対する意思はないことを信じてもらうことができ我々は滅ぼされることを免れた。


 これは決して大袈裟なことではなく、宇宙艦隊をたった一撃で壊滅させたセカイ氏とカレン氏であれば、我が国を滅ぼすことは可能であっただろうと。よって第一王女とその親衛隊の行った行為は決して許されることではないと。


 お父様がそういうと謁見の間は騒然となった。


 セカイのエーテル保有量を公開しなかったのは、数字として出してしまうと国中が混乱すると思ったからだと思う。30万超えのエーテル保有量など、形だけ存在する魔王級のダグル以上だもの。民たちが知ればパニックになるでしょう。


 ただ、数字として出さなかったので貴族たちもあり得ないと、いくらなんでも国を滅ぼす力があるとは信じられないという素振りをしている者が多かった。けど、王であるお父様の言葉と六元老が顔面蒼白にしている様子を見て、それが真実だと思えたのか徐々に皆の顔が青ざめていくのがわかった。


 セカイの危険性が貴族たちに伝わったのをお父様は感じたのか、王座に戻り厳しい声音で処罰を言い渡した。


 私には王城での無期限の謹慎。今後二度と戦場に立つことも、部屋を出ることも禁止すると。


 親衛隊の皆は貴族名簿からの除籍のうえ、再生治療の後に一般兵として月で戦うことを命ぜられた。但しブランメル三人の治療は不可とするとも。


 私はその厳し過ぎる沙汰に立ち上がり反抗した。反抗などできる立場ではないのはわかっていたけど、親衛隊の仲間たちが貴族の地位を失うなどあまりにも厳し過ぎると。


 すると今度はお母様が、本来なら死刑になってもおかしくはないほどのことをしたというのがまだわからないのですか! と私を怒鳴りつけた。


 戦い死ぬ名誉の機会を与えられただけでも王の温情だと。それほどのことを貴女の命令でさせたのだと。アガルタにとって重要な人物を傷つけようとしたことの重大さがまだわからないのですかと……


 私はどんな時も優しく包んでくれていたお母様にまで怒鳴られ、悲しい気持ちでいっぱいになった。確かにあれほどの魔結晶とエーテル保有量を持つ人物だから、友好関係を築ければアガルタのためになったとは思う。


 それでもセカイは無傷だった。それなのに私の仲間たちが、跡取りの地位にいる者たちだっているのに貴族の地位を失ったあげくに、一般兵として戦場に送られるのは厳し過ぎるとそう反論した。


 しかしそれは聞きとげられず、この場にいた親衛隊の親たちも誰も反論をしなかった。


 これは覆らないと思った私は、彼らの名誉回復のために私も月へ行かせてくださいと、お父様とお母様に懇願した。


 しかしセカイに王城から出すなと言われている私を、月に行かせることはできないと一蹴されてしまった。


 それでも尚も反論しようとする私を、お父様は衛兵を呼び退場させた。


 私は衛兵に引きずられながらも、お父様にご再考をと何度も言った。しかしお父様はそれを聞き届けてはくれなかった。


 それから1ヶ月あまり。お父様やお母様とは顔を合わせていない。


 政務の合間に義兄が何度か様子を見にきてくれたけど、私は会う気になれなくて毎回帰ってもらっていた。


 この1ヶ月の間。部屋から一歩も出ることは許されず訓練場の使用も拒否され、日がな一日民間の放送局の番組を見ていることしかできないでいた。




「姫様。ムツリナー様から取り次ぎをして欲しいと連絡が来ております」


「体調が悪いと言って断って」


「しかしこれで8度目です。侯爵家の婚約者候補のお方をこれ以上無視するのは……」


「私は結婚なんてしないわ。それにあんな弱い男なんて嫌よ。他の候補者も同じ。暇つぶしにもならない話題ばかりで会うと気分が悪くなるのよ」


 戦争を知らず、後方でのほほんと平和を享受している貴族の男なんてなんの魅力も無いわ。男は強くて優しくて勇敢じゃないと。


 私の婚約者候補に誰一人としてそんなのはいない。やっぱりエルフの男は駄目ね。ダークエルフの男の方が寡黙で見栄を張らないから好みだわ。でも寡黙過ぎて話していてつまらないし、王家の娘の結婚相手は純粋なエルフじゃないと駄目だし……それこそ差別なんだけど、エルフとダークエルフの関係は昔から上手くいってないから反対が多いのよね。


 せめて民が味方についてくれれば祝福されるんだけど、民たちの間でも仲が良くないのよね。現実としてハーフエルフは皆国を出ていってしまってる。これでは私がハーフエルフを産んだとしても、祝福されるのは難しいわ。


 はぁ〜……私ばかりこんなところで……今頃親衛隊の皆は月で……ブランメルやソルティスたちはどうしているかしら……あんな姿にされて月に送られるなんて……月の都市で辛い思いをしているに違いないわ。


 同じ思いをさせるってセカイが言ってたのはこういうことだったのね。差別されることの苦しみを教えるためにあそこまでするなんて……いえ、それだけカレンというあのハーフエルフは傷付いてきたということなのでしょう。


 言葉の刃は防ぐことができない……か。それを教えるために差別されるようにあんな姿にしたのでしょう。禁止したエーテルキャノンを使用し殺そうとした彼らを、殺さないでいてくれただけでも感謝しなければならないのでしょうね。


 セカイとカレン。


 剣の技術に銃の扱い。それに目で追えないほどのスピードに、エーテルキャノンでさえビクともしないシールド。


 圧倒的だった。私たちの攻撃が何一つ通用しなかった。


 なによりも38万と21万というとんでもない量のエーテル保有者。


 あれほどのエーテルをたった7年で身につけたと言っていた。そんなのいったいどれほど強力なダグルと戦えば身につくというの?


 勝てるわけがなかった。戦いを挑むべきではなかった。


 驕り……全ては私の驕りが招いた結果。アガルタ最強と言われ思い上がっていた私の責任。


 その結果が戦場で苦楽をともにした、親衛隊の仲間たちを地獄へと叩き落とすことになった。


 セカイの存在を知った時は、まさかこんなことになるなんて想像もしてなかった。


 全ては私の思い上がりが招いた結果。


 彼らを救うためには、セカイに会って謝罪して許しを得るしかない。そのためならばこの身体だって差し出してもいい。セカイは私の身体をずっと見ていたし、興味がないはずがないわ。


 まだ戦った時の恐怖は抜けないしエルフとはかけ離れている容姿だけど、勇者様のような圧倒的な強さと恋人を守るために戦ったことは評価できるわ。私が彼に抱かれれば、それで仲間が救えるなら初めての痛みも彼の容姿も我慢できるわ。


 でもセカイはもうアガルタにはいないと言っていた。ならば地上に行き探さないと行けない。それはさすがに難しいわ。ニホンのどこにいるのかもわからないし、彼はエーテルを完全に隠蔽ができる。それでは見つけるのは不可能。


 彼がもう一度この国に来てくれれば……あれだけ怒っていたのだもの。恐らくもう来ないわよね。それに私にはその情報すら得ることはできない。


 ああ……みんなごめんなさい。


 私のせいで、私だけこんな安全な場所にいて……


 私は毎日のように思い出すあの時の自分の失敗を、ただただ後悔をして過ごすことしかできないでいた。




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