第34話 ダークエルフの恋愛事情

 



 《うおっ!? ぐっ……なんて力だ……》


「わはははは! どうした小長谷一尉! 俺は生身だぞ! 中隊長の剣技がこんなもんか! 」


 サクに乗りダンゴムシ型インセクトイドの甲殻から作った剣を振り下ろす小長谷の攻撃を、俺は予備の武器であるミスリルの剣で軽く受け止めた。


 小長谷は俺が避けるか受け流すと思ったのだろう。3mほどある大剣をサクのパワーで振り下ろしたのに、あっさり受け止められ動揺しているようだ。


 《くっ……まさかこれほどとは……これが身体強化の魔結晶の力か……人間辞め過ぎだぞグレイマスク! 》


「お前ももうすぐ辞めるんだよ! 身体に馴染むのが待ち遠しいよなあ! ほらっ! 足もとがお留守だぞ! 」


 俺は小長谷の剣を跳ね上げ、剣の腹でサクの脚部を叩きバランスを崩させた。


 《がはっ! 》


「チェックメイトだ」


 そして懐に入り操縦室のある胸部を蹴り飛ばし、後ろに倒した後に剣を突きつけた。


 《ま、参った……》


「弱すぎだ。剣技が型どおりで全然ダメダメだ。実戦経験不足だなこりゃ。やっぱ生身でインセクトイドの群に放り込むか……」


 先日小長谷の足の裏に埋め込んだ、2等級の身体強化の魔結晶が身体に馴染めば可能だろう。


 《そ、それだけは勘弁してくれ》


「圧倒的に数の多いインセクトイドど近接戦を行う時は、1対多の場合がほとんどだ。部隊でやっている1対1の訓練なんかやめて、すぐに1対多の訓練にしろ。今のままじゃ蟻とバッタの同時攻撃で全滅するぞ」


 《わかった。EC中隊の訓練計画を見直すことにする》


 まったく……思っていたよりも自衛隊の剣技は全然駄目だった。レールガンメインで遠距離攻撃をしていた弊害だな。


 俺は今すぐインセクトイドが来たら、今度こそ全滅だなと思いため息を吐いた。





 アガルタの使者であるルンミールとフィロテスとの会合から2週間が経ち、4月も半ばになろうとしていた頃。


 俺は小長谷からの頼みで、新設されたEC中隊。エーテルコンバットという意味らしいんだけど、まあエーテルが使えるようになったサク乗りたちを集めた中隊だ。


 その中隊の訓練をしに静岡の自衛隊演習場までやってきていた。


 中隊と言っても定数の90機はいない。まだたったの20機だ。残りはエーテルを剣にまとわせられるようになった者から、順次配属されることになっているらしい。とりあえず国民へのアピールのために新設した感がハンパない。


 まあでもここにいる子たちは小長谷を除けば全員女の子だ。これから配属される子たちも女の子ばかりとなる。しかも俺がエーテルを流して目覚めさせた見た目の良い子ばかりだから、訓練をつけるのはやぶさかでもない。


 なんたって半分近くの子の身体の隅々まで知ってるしな。それを思い出しながらする訓練はまた格別だ。残りの半分をカレンに取られたのがほんと悔やまれる。


 そのカレンはというと、演習場の天幕の下で自衛隊が用意してくれたたこ焼き機でたこ焼きを作ってる。新作をみんなに食べさせるんだと。ああ、俺は当然試食済みだ。唐辛子入りのたこ焼きをな。


 この間なんてタコがはいってなくてもたこ焼き? って俺に聞いてきたからな。このままじゃ何を食わせられるか不安で仕方ない。


 早くカレンにたこ焼き以外の好物を見つけさせねば……


 俺はそんなことを考えながら小長谷へ突きつけていた剣を引き、待機している女の子たちの乗るサクとの訓練を行うことにした。


「よーし、んじゃあ次は森高二尉と若草二尉の班全員でかかってきていーよー。大丈夫、優しく相手してあげるから」


 《はい! お願いします! 》


 《は、はい! みんな行きましょう! 》


「俺は飛ばないから当てるつもりで攻撃してきていいよー」


 俺は陣形を組む20機のサクにそう言い、剣を担いで彼女たちからの攻撃を待つのだった。







 ーー アガルタ エルサリオン王国 魔導研究所 地下実験室 高等情報員 フィロテス ーー






「それでは『火球』を発動します」


 バシュッ!


 ドーーン!


 《おお〜レベル3のムカデ型の甲殻を広範囲で……》


 《エーテル量的にはエーテル銃と同程度というのにこの威力。炎の副次効果か》


 《しかしこれはただの炎ではありませんな》


 《ああ、炎のように見えるがまったく別の物だそうだ。酸素が無くとも燃えるらしい》


 《レベル5のカマキリ型が発するものと似てますね》


 《いずれにしろこれがあれば、レベル5のダグル石を手に入れることも難しくはない》


「局長、凄い威力ですね」


 私は研究員が放った火球がダグルの甲殻を貫通し、周囲を燃やす光景を防護シールドの越しに見ながら局長にそう話しかけた。


「ああ、前回の発動実験で初めてあの炎の玉を見た時も驚いたがな。ダグルの甲殻がこうもあっさりと穴が開くほどの威力があるとは……六元老の方々の驚きも相当なようだ。素の能力でこれほどあるならば、増幅装置を使えばレベル5のダグルも圧倒できるだろう。セカイ氏の言っていた通りだ」


「ワタルさんが嘘をつくはずがありません。彼は私たちよりも敵性異星人に詳しく、多くの戦闘経験があるのですから」


「ワタルさんか……ククク、ずいぶんと仲が良くなったものだな。あのフィロテスがな……変われば変わるものだ」


「わ、私はワタルさんとカレンさんの連絡員として、円滑なコミュニケーションを取ろうとしているだけです。仕事に私情は挟みません」


 嘘だ。私はワタルさんにすごく興味を持っている。まるで幼い頃に何度も読んだ、あの神話に出てくる勇者様のようなワタルさんに。


 エルフの伴侶と獣人とドワーフ。そして巨人族とともに剣と魔法を駆使して鬼とドラゴンを倒し、魔王城へ乗りこみ世界を救ったあの勇者様と同じ能力を持つワタルさん。


 自然現象を操る大魔法に、異空間に繋がるポケットから様々な不思議な道具を取り出す勇者様とワタルさんが私には重なって見える。


 物語の中で勇者様がポケットから取り出す不思議な道具の数々に、私は幼心ながらワクワクしていたのを覚えている。


 あらゆる魔法を撃ち出せる聖剣に、見た目より内部の広いテント。水が無限に湧く水筒にいくら入れてもいっぱいにならない鞄。その中でも魔法の鞄が私は欲しかった。あの鞄があればコレクションのぬいぐるみをすべて持ち歩けて、誰も置いていかないでお散歩に連れて行ってあげれると思っていた。


 しかしそれも大人になるにつれ、この世界最先端の技術を誇るエルサリオンでも作れないと知った。あれは神話のおとぎばなしの中の道具なのだということを。


 しかしその魔法の鞄は実在していた。


 それも勇者様と同じ自然現象を操る魔法を使い、勇者様のように優しく、勇者様のように少しえっちなワタルさんが私にプレゼントしてくれた。


 信じられなかった。魔法の鞄もそうだけど、この世に生を受けて150年。男の人からプレゼントをもらったことは一度も無かったから。


 いえ、私がに魅力がないわけではないと思う。これでも見た目には気をつけているし、ほかの子たちと比べても劣ってはいないはず。ただ、目つきと性格が多少々キツイだけ。


 なのに私に男の人が寄ってこないのは、地上の人族と違いダークエルフの男性は女性に対して奥手過ぎるからだと思う。ダークエルフの男性は一度関係を深めればあっという間に結婚までいくのだけど、最初の関係を深めるというのが難しいのよね。


 エルフの男性は積極的だけど、女性を自らの自尊心を満たすための装飾品扱いしている人が多い。それに比べればマシかもしれないけど……


 それでもダークエルフの男性からのアプローチなど待っていたら、一般的に100年は覚悟しなければいけないと言われている。そんな悠長に待っていたらあっという間に適齢期を過ぎてしまう。


 私は気が長くはない方だ。仕事は真面目に正確にこなせばすぐに結果が出るから好きだ。けど恋愛はそうはいかない。もちろんいいなと思う男性は過去にいたし、デートに誘ったこともある。けれど女の私が誘い、露出の多い恥ずかしい服を着てまで会ったのに、何の反応もしない男の人に私は自信を失った。


 先輩などは30年積極的に迫ってデートを繰り返してやっとだったと言っていたけど、私はそこまで心が強くはなれない。


 でもワタルさんは違う。初めて会った時からずっと私を見ていた。目線が胸と下腹部に集中していたけど、私を女として見てくれていた。そしてこの10日間。毎日私の通信機に連絡をしてきてくれる。そして私のことを知ろうとたくさん質問をしてくれた。


 ワタルさんは私の好きな男性のタイプや、好きな食べ物に趣味。ほかはえっちな内容ばかりだったけど、そんなことを聞いてくるダークエルフの男の人はいなかったから新鮮だった。恥ずかしかったけどスリーサイズやその時着けている下着の形や色に身体で敏感な部分や、男性経験が無いことや一人で夜にしたりすることなど全部答えた。いや、巧みに誘導されて答えさせられてしまった。答えた後に私は赤面して俯いてしまった。


 ワタルさんはそんな恥ずかしがる私を可愛いって、魅力的だってずっと褒めてくれた。そして早くまた会いたいって、私の生まれ故郷を見たいって言ってくれた。こんなに男性から興味を持たれたのは初めてで、その相手が勇者様のような人なのだ。そんなの嬉しくないはずがない。


 私は胸をドキドキさせながら、私も会いたいと返した。するとワタルさんはすごく喜んでくれた。


 それからは、私は毎日ワタルさんのことを考えていた。


 正直最初はワタルさんが怖かった。恐ろしいほどのエーテル保有量にあの魔法。エルサリオンが、私の故郷が滅ぶのではないかと心配もした。


 でも彼と話してからはそんな風には思えなくなった。彼が話す異世界での戦いの日々を聞いて、彼はとても優しくて正義感の強い、本当に勇者様のような男性だということを知ったから。



「ククク……フィロテス。顔が恋する乙女になっているぞ」


「え!? か、からかわないでください! 」


 私は局長の意地の悪い言葉に顔が赤くなるのを感じた。


「ハハハハハ! いや、そのままセカイ氏と一緒になってくれれば私も安心なのだがな。少なくとも敵にはならないだろうしな」


「わ、私はそんなつもりでワタルさんに近づいているわけではありません! し、仕事です! 」


 嘘だ。この仕事を変えられたら私は落ち込む。


 私はこんな風にダークエルフの男性好みの素直なかわいい女じゃないのに、ワタルさんはそんな私をかわいいって言ってれる。ワタルさん……私の勇者様。


「ククク……そうか。ならそういうことにしておこう。それより今日あのバッグを返してもらえるそうだ。遅くなってすまなかったな。王女に存在を知られてしまったらしくてな。欲しがる王女のおかげで解析がなかなか進まなかったらしい」


「アリエル様ですか……」


 姫騎士アリエル。エルフ、いえアガルタ最強の騎士であり王女でもある彼女は、普段は庶民である私たちにも優しくとても人徳のあるお方だ。孤児院や福祉にも力を入れており、子供たちからの人気が高い。


 しかし、こと兵器のことになると非常に貪欲になる。そのおかけで魔導研究所や兵器局の者たちは、常に新兵器の開発を急かされいつも頭を悩ませている。


 とは言ってもそれはダグルから民を守るための行動なので、皆も国のためにだと期待に応えようと努力していた。でも今まではそれで良かったけど、これからはそうはいかない。ワタルさんが持つ道具に興味を持たれても困るのだ。彼はアガルタの住人ではないのだから。


「ああ、ダグルとの戦闘時にエーテルコンデンサの保管庫として使えるとな。セカイ氏のことをしつこく聞いてきたそうだ。王が叱らなければ危なく地上に行くところだったそうだ」


「やはりそうなりましたか……王女なら興味を持たれると思っていました」


 確かに機体がエーテル切れを起こした際の、エーテル補充用のコンデンサを大量に持ち運ぶことができれば継戦能力が圧倒的に向上する。エーテルは圧縮できないから、保管庫であるコンデンサは大型な上に補充する量が少ない。それを大量に持ち運べるのであれば、王女が欲しがるのも無理はないと思う。


 これまでワタルさんのことは危険だからと、王も王女には詳細を話していなかった。けど今回接触が成功し魔結晶と魔法の鞄を手に入れることができたことで、王女に知られるのは時間の問題だと思っていた。


 いくら王女でも勝手に地上に行くのは禁止されているけど、それでも行きそうな予感がしたので念のため局長に王へ制止をお願いするよう伝えてもらったのが幸いしたようね。


「まさかとは思ったのだがな。確かにこれまでの兵器とは違うとんでもないものだ。フィロテスの言う通りに王へお願いしておいてよかったな」


「アリエル様は少々周りが見えなくなる時がありますので……」


「うむ。今回の公開実験を見て、六元老の方々はあの魔結晶を欲しがるだろう。あのバッグの解析も済んだ。といってもエーテル回路は単純なもので、やはり魔結晶が特殊だったのだがな。いずれにしろセカイ氏の求める物は提供できるであろう。そのためには一度アガルタへ招待することになる。その際は王女に気付かれないようにせねばならんな」


「はい。日程などの情報が漏れないよう細心の注意を払います」


 王女に知られてもワタルさんなら軽くあしらう事は可能だとは思う。王女のエーテル保有量は35000だ。一般の戦士で15000~20000なのに対し突出している。それは常に前線で戦っていたということの証左にほかならない。しかしそれでもワタルさんの10分1にも満たない。


 問題は王女ではなくその騎士たちだ。彼ら彼女らの中にはエルフ至上主義者が多くいる。


 カレンさんはハーフエルフだ。ダークエルフでさえ差別する彼らが、カレンさんにどういう行動を取るか想像するまでもない。


 カレンさんには念のため帽子を深く被ってもらうしかないかもしれない。けれどワタルさんがなんと言うか……


 ワタルさんはエルサリオンを信用していない。恐らくエルサリオンに来た時に試そうとする可能性がある。


 その気持ちはわかる。ワタルさんはカレンさんを大切にしている。初めて会った時にカレンさんの素性を話す時に、彼女のために私たちに殺気を放っていた。異世界でカレンさんが差別を受けていたから、彼女の心を守るためにそうしたのだと思う。


 そんな優しい彼のことだ。本当にこの国が味方なのか、カレンさんを傷つけることのない国なのか試す可能性がある。


 いつかは知られる。けど今は駄目。


 もう少しまともなエルフもいると言うことを知ってもらえてからでないと、関係の修復ができなくなる。


 絶対に情報を漏らさないよう職員たちにも徹底しなければ……






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