第20話 G-11 イーグル
バッバッバッバッバッ
《 ミ、ミスター。到着しました。駐機場に着陸します 》
ヘッドセットから金髪眼鏡の怯えた声が聞こえてくる。
《 ここは? 》
《 アオモリのミサワ基地です 》
《 ああ、北海道に上陸した対インセクトイドの前線基地か。ならあっちの滑走路の向こう側は自衛隊基地か 》
確か民間機は8年前に追い出されて、軍事専用の空港となったんだっけか。
《 はい。奥の滑走路が自衛隊専用。手前が米軍専用となっています 》
《 ふーん……なんかいるようだけど? 》
俺が前の座席に座る金髪眼鏡の、恐らくCIAの諜報員であるリチャードの席を蹴りながら眼下に見える物が何か聞いた。千里眼で見えてるから何かはわかってんだけどな。
《 ヒッ! こ、国防総省の者がおりますので護衛のためです! 》
《 護衛ねえ……その割には確か海兵隊のパワードスーツのG-11イーグルだったか? それにD-1戦車とかいう電磁砲戦車に、あれは対空電磁砲か? 随分な警戒態勢じゃねえか 》
そう、滑走路の手前の戦闘機が駐機されているはずの場所には輸送機しか見当たらず、その代わり300機はいそうな米国のパワードスーツのG-11イーグルと、電磁砲戦車が50両に自走対空電磁砲車が10両ほどが俺たちが着陸する予定の場所を包囲していた。
ここにパワードスーツ部隊がいるってことは、俺が殲滅してからやってきた函館のインセクトイドの残敵掃討部隊か。ずいぶんと集めたよな。というかコイツらが函館に行ってれば犠牲がもっと少なく済んだんだよな。ほんと使えねえ同盟国だな。
《 ミ、ミスターの能力を知れば、これくらいの警戒はやむを得ないかと。決して騙し討ちなどではありません。少々強引な誘い方をいたしましたが、我々は友好関係を築きたいのです 》
《 友好関係に少々ねえ……まあいいや。平沢はいるみたいだしな 》
俺は金髪眼鏡の言葉を鼻で笑いつつ、白衣を着た男の後ろで黒服に囲まれて目隠しをされた状態で立っている茶髪のよく知る男の姿を見て、金髪眼鏡は一応は約束を守ったようだと安心していた。
そんな俺の横でカレンは、ブランドのポーチの中からマジックポーチを取り出しジーンズのベルトに固定していた。
どうやらパワードスーツと戦ってみたいらしい。
まあ見た目が魔物というか、鷲人間みたいだしなあのパワードスーツ。3mほどの体高にグレーの迷彩模様に頭が鷲とか……アメリカっちゃあアメリカらしいか。でもロマンがあるのはサクなんだよな。
って、カレンちょっと待て!
俺は隣で流れるように魔銃を取り出そうとするカレンの手を押さえ、平沢を確保してからだと言っておあずけをした。カレンは一瞬ショックを受けた顔をしたが、コクリと頷いてジーンズの裾を上げて首を傾げた。俺が視線を下げると、カレンの脛の側面にはソケットに装着されているガンソードがあった。
俺は苦笑いをして頷くと、カレンはジーンズの裾を元に戻しておとなしくヘリが着陸を終えるのを待っていた。
どんだけ戦いたいんだよ……でもカレンにガンソードを使わせると、平沢が漏らすかもしれないから魔銃を使わせた方がいいな。カレンの首チョンパが夢に出てくるだろうからな。
しかし旭川からずっと付いてくるUFOは何がしたいのかね? 旭川で魔法を放ったからエーテルに反応して飛んで来たんだろうが、遠くからこのヘリに付いてくるだけで特に何もアクションを起こさないんだよな。函館でインセクトイドを殲滅した時もそうだったけど、後をつけてくるだけでいったい何がしたいんだかわからん。
俺は後方から感じるUFOのエーテル反応にまるでストーカーだなと思いつつも、特に接触してこないなら放っておくかとスルーすることにした。
そしてヘリがG-11イーグルと、その外側に展開するD-1戦車が包囲する中央へ着陸した。
ヘリが着陸すると二つ前の席にいた黒服がドアを開け、金髪眼鏡とブロンド美人が降りた後にカレンを伴って地上へと降りた。
俺たちが降りるとヘリはすぐに離陸した。ヘリの巻き起こす強風に、俺とカレンはお揃いの黒いコートをたなびかせつつも涼しい顔をしていた。
既に身体強化は全開で発動しているからな。
しかし金髪眼鏡と黒服たちは強風に押されてなのかそれとも俺から早く離れたいからか、目の前にいる白衣の男の背後へと走って行った。
それはもう20mほどの距離を猛ダッシュしてたよ。ブロンド美女はパンプスが脱げてたけど、そんなの気にせずただ真っ直ぐ走ってた。そんなに俺と一緒にいるのが怖かったのかよ……まあ別にいいけど。
俺は美女に全力で逃げられるという初体験にちょっと傷付きながらも、20mほど先にいる白衣を着た男に視線を送った。
白衣を着た男は背の高い70歳くらいの老人で、白髪が多分に混じった金髪をオールバックにしており、その顔は喜色に満ちていた。そして老人がおもむろに手をあげると、隣の黒服が小型スピーカーを取り出し手に持った。次に白衣の老人が耳に何かをはめたかと思ったら手に持つ端末に向かって話しだした。
「ようこそミスターセカイと美しいお嬢さん。わしは国防総省 国防高等研究計画局 先進技術研究室長のマルコ・ハンニバンだ。二人を我が合衆国に招待できることを嬉しく思っておる。我が合衆国と力を合わせ、共に人類の敵であるインセクトイドから世界を守ろうぞ」
うおっ! スピーカーから日本語が聞こえてきた! 語尾はちょっと変だけど、発音はなかなかだ。あれは音声翻訳機か!? ほとんどタイムラグ無かったぞ? 科学ってすげー。
って、感心してる場合じゃない。コイツ今なんてった? 合衆国に招待だ?
「はあ? なに寝言を言ってんだお前? なんで俺がテメエらなんかと力を合わせなきゃなんねえんだよ。誰がアメリカなんかに行くかボケ! ジジイは引っ込んでろ! いいから平沢を寄越せ! 」
「フォフォフォ……威勢がいいのう。強者の余裕というところかの。わしらはミスターセカイと敵対するつもりはないのでな。基地に不法侵入したキヨト・ヒラサワだったか? ミスターに免じて特別に放免するとしようかの」
「や、やっぱり航か!? な、なんでここに!? 」
ハンニバンとかいうどう聞いても怪しい名前の老人が身をずらすと、黒服に連れられた平沢が現れた。そして目隠しを外され、声を聞いてまさかとは思っていたんだろう。俺を見て目を丸くしていた。
「身元引受け人になったんだよ。いいからこっちに来い」
「み、身元引受け人!? うわっ! な、なんでこんなにイーグルに囲まれてるんだ!? なんだこれ!? 」
「訳は後で話すから、とりあえずこっちに来いって」
俺はパワードスーツに囲まれて腰が引けている平沢に、早くこっちに来るように手招きをした。
「あ、ああ……だ、大丈夫だよな? 後ろから撃たれたりしないよな? 」
平沢は震えながらも後ろを何度も振り返りつつ、俺のところへと小走りでやってきた。
普段は能天気な平沢も、さすがにこの包囲網にはビビってるようだ。
「ヒラキヨ悪かったな巻き込んで。頬の怪我は大丈夫か? 」
「え? 巻き込んだ? なんのこと? というかなんでここに航とカレンちゃんが? しかも大量のイーグルに囲まれてるし……」
「ヒラキヨには隠してたけど、俺とカレンはこの間の第三次侵攻の時の救世主なんだよ」
俺は平沢に俺とカレンがグレイマスクをした、日本で救世主と呼ばれている存在であることをサラッと告げた。
「ええ!? あのグレイマスクが航とカレンちゃんだって!? う、嘘だろ……」
「本当だよ。俺が行方不明になってた10年間で身に付けた力なんだ。それで米国に狙われてさ、友達のお前を巻き込んじまったって訳だ」
「信じられねえ……インセクトイドを瞬殺した2人が航たちで、それで米国に目を付けられたって……俺はてっきりブロンド美女の美人局に引っかかったのかと思ってたよ」
「ん? ブロンド美女? どういうことだ? 」
「い、いや……その……出張先の新潟のバーでさ。逆ナン? てのされてホテルで朝まで楽しんでさ、起きたら米軍基地にいて……ほ、ほら! 俺って六菱グループの社員じゃん? ヒラだからそういうの警戒してなかったんだけど、てっきり会社と米国企業との取引のネタにされるのかとばかり……アハハ……ハハ…… 」
今コイツなんて言った? ブロンド美女とホテルで楽しんだだって?
「ワタル……置いてく? 」
「この野郎……人がどれだけ心配したと思ってんだ! ハニートラップなんかに引っ掛かりやがって! 」
てっきり家か路上で拉致られたかと思ったら、美女とホテルで楽しんでただ? 俺はこんな奴を助けるために米国に正体を晒したってのかよ……
「ワタルは言う権利ない」
「ぐっ……」
俺はエルフの貴族令嬢に引っ掛かったことを思い出し押し黙った。
「俺もおかしいと思ったんだよ。日本語ペラペラのブロンド美女だったし、やたら積極的だったしさ。でも股間を撫でられて少し休みたいとか言われたら航も付いていくだろ? 」
「まあな……い、いや! 行かねえよ! お、俺にはカレンがいるし……」
「ワタルはきっと付いていく」
「行かないし! 俺はもうあの頃の俺じゃないし! 」
地球の美女なんてエルフ種や獣人に比べれば並だよ並。カレンが隣にいれば、あのCIAらしきブロンド美女に誘われても俺はNOと言えるね!
「航ならわかってくれると思ったんだけどな……でも俺を拉致したのは会社との取引目的じゃなくてワタルを誘い出すためだったなんて……いやでも本当に航とカレンちゃんはグレイマスクの2人なのか? 」
「そうだよ。まあすぐにわかるさ」
「フォフォフォ。話は終わったかね? それでは我が合衆国へ案内しよう。おお、その前に身体検査と予防接種を受けてもらうかの。なに、海外に渡航する前は誰もが受けるものだからの。心配せんでいい。フォフォフォ」
俺と平沢が話し込んでいると、ハンニバンが身体検査を受けろと言い出した。俺はこのジジイの言う身体検査は明らかに普通の身体検査ではないだろうし、予防接種も麻酔としか思えなかった。
そもそもなんで俺たちが米国に行くのが前提で話しているのか、さっぱり理解できなかった。
「おいボケジジイ。何度も言わせんな。なんで俺が米国に行かなきゃなんねーんだよ。こっちは身内に手を出されてブチ切れてんだ。ただで済むと思ってねえよな? 」
「フォフォフォ。ミスターには来てもらわねばならんのよ。その強すぎる力を解明せねばこの地球は滅ぶ。世界のために米国に来てもらわねばならんのだ。望む物はなんでもやろう。金でも女でも土地でも。世界を救う為だ、我が合衆国が全て用意しよう」
「そんなもんいらねえよ。勝手にインセクトイドに滅ぼされろ」
「おお……我が合衆国に滅べと言うか……これほど友好的に誘っておるのに酷い言い草よのう」
「人質を取っておいて友好的だ? 米国らしい戯言だよなぁ? 」
左手で握手をして右手にナイフを隠し持ってるんだったか? コイツらの友好ってのは、あくまで自分たちの言うことを聞くことが前提だ。言うことを聞かない奴には濡れ衣を着せてブスッと刺すのが米国のやり方だ。そんなの歴史を少し勉強すれば誰だってわかる。
「そうか、ならば世界を救うためには仕方あるまい」
ハンニバンはそう言って手を上げた。すると俺たちを包囲していたパワードスーツのG-11 イーグルが、サクの物よりゴツイレールガンの銃口を俺たちへと一斉に向けた。
「話が早くて助かるわ。最初から俺の身内に手を出したテメエらを見せしめにするつもりだったからな」
「フォフォフォ。恐ろしいことを言う。しかし友人を助けにここまで来たのに、その友人を危険に晒すのか? いくら強いといえどもこの数のイーグルとD-1戦車を相手に守りきれるとでも思っておるのか? おおそうか、空に逃げるつもりだったか。それは難しいと思うぞ? 対空レールガンにほれ? ここの基地にあった戦闘機も既に飛ばしてある」
ハンニバンがそう言うと、東西から3機4編隊の合計12機の戦闘機が上空に現れ俺たちの頭上で交差した。
夜間飛行なのにたいした練度だこと。
なるほどな。つまりこのジジイのさっきからの余裕はこれだったのか。平沢をあっさり返したのも、人質を助けようと暴れられたり、また見捨てて暴れられたりされたら困るから俺の手もとに返したわけだ。
友人を助けたあとなら見捨てる可能性は低いと。あとは守るために言うことを聞くだろうとそういうことか。そして平沢と一緒に米国に連れて行き、平沢を常に俺の側に置いておけば俺は反抗しないだろうと。
「ジジイ、ちょっと考えが甘いんじゃねえか? 年か? 」
「なに、ミスターセカイのことは調べてあるでの。情に厚く友人を見捨てるようなことはしない良い男じゃとな。それに大叔母だったかの? ニホンの公安の警護が厳しいがすぐに我が国で再会できるようにしてやろう。何も心配する必要はない。おとなしく付いてくるといい」
公安が警護? 婆ちゃんを? だから平沢を狙ったのか。まあ日本はこういうことはしねえよな。しかし婆ちゃんに手を出そうとしていたとはな。
「カレン。女以外は皆殺しだ」
「ワタルは甘い……」
「生き証人が必要なだけだ。あの女は人質とか取るのは嫌そうだったしな」
旭川で金髪眼鏡が人質を取ったと言った時に嫌そうな顔をしてたしな。本意じゃなかったんだろう。ていうか米国って信仰心の厚い奴が多いんじゃなかったか? それなのになんでこんな卑劣なことばかり平気でできるんだ?
きっと神にでも祈って赦されたと思わないと、自分たちの残虐さに耐えられないんだろうな。神が赦してくれたと思い込むのは勝手だが、俺は絶対に許さねえけどな。
俺はカレンに合図をした後に、ハンニバンに向かって口を開いた。
「ハンニバンだったか? お前俺の力を過小評価し過ぎだ。俺は最初からこの基地を潰すつもりだった。平沢を守りながらな。良かったな? 平沢を俺に引き渡すのを渋ってたら米国まで行って滅ぼしてたところだ。お前ツイてるよ」
「なっ!? この数のイーグルと戦闘機を相手に守りながら戦うだと! 不可能だ! 強がらず付いて来るのだ! 大切な友人を傷付けてもよいのか!? エルサリオンには保護できなかったと伝えておこう! 奴らに見つからぬよう合衆国で自由で贅沢な暮らしを保証する! なにより我が国に協力すれば世界の英雄になれるのだぞ! 」
「やっぱエルサリオンが絡んでやがったか……あいにく英雄だとかにはなる気はねえんだよ。俺は俺の大切なものを守るためにだけに戦うと決めたんだ。もう世界なんかのために戦うつもりなんかねえんだよ! 」
チッ……エルサリオンの指示かよ。これで地底人も敵認定だな。いいぜ、全部潰してやる。俺の身内に手を出すなら全部ぶっ潰してやる!
「ま、まさかここにきて人質を見捨てるとは……あの自信といい見誤ったか。大佐! わしが離脱するまであの化物を抑えこむのだ! あの男の親族全てを確保してから仕切り直しをする! 撃て! 撃てー! 」
ハンニバンは想定外の俺の行動に一時撤退を選び、横に立つ隊長らしきパワードスーツに攻撃命令をし、後方で止まっている輸送機へと金髪眼鏡と黒服たちを引き連れて走り出した。
そして300機のイーグルが持つレールガンから、一斉に弾が撃ち出されようとした瞬間。俺とカレンは結界の魔結晶にエーテルを流し瞬時に結界を張り、平沢の襟を掴み上空へ飛び上がった。
「逃すかよハンニバン! テメエだけはヒキガエルにしてやる! 死ね! クソ外道が! 『プレッシャー』 ! 」
俺は下方から斉射されるイーグルと戦車からの砲撃と、そして対空レールガンから撃ち出される弾を全て結界で弾きながら、輸送機へと走っていくハンニバンと金髪眼鏡に向けてエーテル増し増しのプレッシャーを放った。
俺の魔法を受けたハンニバンと金髪眼鏡に黒服たちは、まるで巨石に押し潰されたかのように一人残らずアスファルトのシミと化した。
そしてシミのすぐ側では、遅れて走っていたことで魔法の範囲外にいたブロンド美女が腰を抜かして座り込んでいた。
俺はそのあまりのグロさに、もう潰れるほどの強さのプレッシャーを生身の人間に使うのはやめようと内心で思いつつ、足もとから豆鉄砲を撃ち続けるパワードスーツ部隊を睨みつけた。
次はテメエらだという想いを込めて。
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