第8話 魔法訓練





『プレッシャー《重圧》』


 バキッ!


 バキバキッ!


「500mが限界ぽいな。でもエーテルの消費量からいって100mか200mの範囲が一番良さそうだ」


「黒鉄の胸当てが……すごい……」


重力球グラビティボールは制御が難し過ぎて、とてもじゃないけどまだ実戦で使えないけどプレッシャーは汎用性が高いな。エーテルを込める量で範囲も重力の強さも変えられるしな」


「重力球は危険……あれはなんでも吸い込んで消滅させる」


「確かにあれはコントロールできないと自滅するな。しかしさすが魔王の持っていた特殊能力なだけはある。手に入れた魔結晶の全てが強力な魔法だ。なによりこの吸収の魔結晶はやばい。継戦能力が格段に向上した」


 魔王が使ってた時は絶望的な特殊能力だったが、その魔王の魔結晶を手に入れた今となっては俺の持つどの魔法よりも強力だ。今ならあの時追加で現れた魔王3体を相手にしたって勝つ自信がある。それほどエーテル切れを心配せず戦えるというのは、とんでもないことなんだ。


 守りたい人たちを守れなかった後に、守れる力を手に入れるなんて皮肉なもんだよな。





 日本に戻っきて3週間が経とうとしている頃。

 俺とカレンは神奈川県のとある海水浴場にやってきていた。

 時刻は深夜。終電で海までやってきて、11月ということもあり人気のない海岸で新しく手に入れた魔結晶の魔法の訓練をしているところだ。


 新しい魔結晶とは、魔王の腕と体内から手に入れた魔結晶のことだ。

 魔王からは触れた物からエーテルを吸収する『吸収』の魔結晶と、重力操作によって相手を押し潰す『重圧』の魔結晶。触れるもの全てを吸い込み押し潰し、そして消滅させる『重力球』の魔結晶。さらには『身体強化』の特級と『再生』の特級に『結界』の特級の魔結晶も手に入れた。


 重力系はやはり俺しか適性がなくて使えなかったため、俺が背中に新たに融合した。

 身体強化の特級は俺とカレンは龍から得た魔結晶を既に身に付けているので、カレンの1等級の再生の魔結晶と結界の魔結晶を特級に交換しようとした。しかしこれはカレンに断られてしまった。


 前線で戦う俺に身に付けて欲しいというカレンに、何があるかわからないからカレンに身に付けて欲しい俺とでかなり揉めた。結局いつも通りベッドの上で3回戦勝負をして決めることになった。まあそれも引き分けだったんだけどさ、かなり頑張ったんだけどな。どうやらカレンもえっちな動画を見てかなり勉強したみたいで、今までで一番苦しい戦いだった。


 引き分けの時は半分こと決めてあるので、俺が再生の魔結晶を、カレンが結界の魔結晶を特級にすることにした。そしてベッドの上でそのまま全裸のカレンの背中にある、俺の名前の頭文字であるWの形をした魔結晶の中から結界の魔結晶の融合を解いて外した。


 次に魔王の結界の魔結晶を変形と圧縮の魔法で形を整え、真っ白な結界の特級魔結晶をカレンの背に融合した。


 そのあと俺の背中にカレンの誘導で重圧と重力球の真っ黒な魔結晶と青い再生の魔結晶を入れ替えた。


 俺の背中に融合してある魔結晶は、【身体強化(特級)】・【結界(1等級)】・【再生(特級)】・【飛翔(1等級)】・【老化停滞(特級)】・【重圧】・【重力球】・【豪炎】・【火遁】・【雷弾】・【雷槍】・【雷撃】・【轟雷】・【暴風】・【竜巻刃】・ 【硬化】・【錬金(融合・変形・圧縮)】・【影空間】・【千里眼】の19個だ。多分これ以上は増やせないと思う。保有エーテル量と適性によって複数身に付けられるとはいえ、我ながらさすがに多過ぎだと思う。アルガルータのエーテル保有量の多いエルフたちでさえ5つか6つが限界だったのにな。


 さらに魔鉄の両手剣には、【吸収】・【硬化】・【雷身】の3種類の魔結晶をはめ込んである。これで剣でエーテル体を切ればエーテルを吸収できる。やべえわチート剣だわこれ。


 ちなみにカレンは【身体強化(特級)】・【結界(特級)】・【再生(1等級)】・【飛翔(1等級)】・【氷壁】・【氷槍】・【炎槍】・【火遁】・【千里眼】の9個を背中に融合している。

 女の子だからな。なるべく目立たないようにはしてある。


 このほか魔銃には様々なタイプの魔結晶を一丁につき3つ装着できる。凍結弾や氷結世界に、炎弾や豪炎をカレンは好んで使っている。魔銃を通してなら適性がなくても発動できるうえに、魔銃の持ち手の中にはエーテル結晶石のカートリッジが入っているから、自分のエーテルを使わなくても魔銃によって魔法弾を撃てる。このシステムは俺の剣にもある。


 カレンはエーテル結晶石製のカートリッジの予備を10個。俺は2つ持っていて、全て使い切ったら自分のエーテルを使って撃つこともできる。こうして改めて考えると、魔王のいる宇宙船に侵入してからは激戦につぐ激戦だったんだなと思うよ。だってカートリッジすべて使い切ったうえにエーテル切れだったしな。


 ちなみにマジックテントに使っている空間拡張の魔結晶は、使い勝手が悪いので融合していない。あれは魔結晶が対象に触れてないと空間がすぐに元に戻ってしまうからだ。しかも無生物にしか魔法は発動しない。そんな物を俺が融合して身につけても、俺が触れている間だけしか対象物の空間は拡張されないので正直使えない。あれはマジックテント用の魔結晶だな。




「私もエーテル切れになったらその剣で回復できる」


「そうだな。融合しちまうと俺だけしか使えないし、手で対象に触れないと吸収できないからな。この方が使い勝手がいいよな」


 あんな気持ち悪いインセクトイドに触れるとか冗談じゃない。俺は台所の黒い悪魔だって泡の出るスプレーで捕獲して、手で触れないようにして処理してたくらいだ。まあその悪魔も除湿機を24時間かけ続けてからは見なくなったけど。ネットって凄い知恵袋だよな。


「ワタルの再生はまだ? 」


「う〜ん……昨日腕を切ってみたけど再生が遅かった。馴染むまであと1週間は掛かるかな」


 身体強化や再生は自分の身体と同調するまで時間が掛かる。1等級をずっと付けていたから初めて付ける時よりは馴染む速度は速いが、それでも2週間は掛かる。現時点での再生速度は2等級レベルってとこだった。


「それまでは私が守る……女の尻に釣られて離れたら駄目」


「ぐっ……ひ、久々の人族だったからさ」


 カレンと中華街に行った時にすげーいい尻してる子がいてさ、ついついフラフラと付いて行ったんだけど顔は普通だったな。いや、女性の顔をどうこう言える顔を俺はしてないし、その子も多分可愛かったんだと思う。他の男たちもみんな見てたし。


 でもさ、アルガルータのレベルが高すぎてみんな普通の顔に見えるんだよ。

 すっぴんで地球の人気女優レベルだぜ? なんというか地球じゃ集めるハードル高過ぎて、アフリカに移住してまでハーレム作る気なんか失せたよ。こんなこと口に出したら世の女性たちに殺されそうだから言えないけどさ。ほんと何様だよな俺……全てはアルガルータにいた女の子が可愛すぎるのがいけないんだ。俺は悪くない。


「ワタルが顔が普通ということがよくわかった……顔が悪いと言ったの謝る」


「ぐっ……そ、そうか……わかってくれてなによりだよ」


 カレンに悪気はない。この子はこういう子なんだ。決して日本人に喧嘩を売っているわけじゃないんだ。でもそれでも『顔が悪い』から『普通』にランクアップしただけかよ……


「私はワタルの全てが好きだから問題ない……でもワタルは顔よりも尻や胸に釣られる」


「顔と身体は別ものだからな。さて、続き続き! 次は足止めレベルの強さでどこまで範囲を広げられるかだ。カレンは黒鉄の胸当てを回収してきてくれ」


「わかった……」


 俺は聞き方によっては最低なことを言ってから、この話題から離れるためにプレッシャーの魔法の練習の続きを始めた。


 魔結晶の名前は漢字に統一しているから重圧て名前にしたけど、発動する時は言い難いしイメージし難いからプレッシャーって言っている。イメージをするのは、体内に融合した魔結晶はある程度だがイメージした通りに発動してくれるからだ。これにより操作ができたり効果範囲を変えることができる。


 これが武器に装着したものだと、操作は手動で放つ位置を変えることくらいしかできない。効果範囲はエーテルを多く込めれば広げることはできるが、体内に融合した物よりは自由度は低い。そして魔法の発動速度が体内に融合した魔結晶の方が早いし、好きな場所から放つことができる。なによりも武器や装備を身に付けていなくても魔法が放てる。この差は大きい。


 魔法は体内のエーテルを背中の魔結晶へと流し、魔結晶内で魔力に変換されその魔結晶が持つ特殊能力、つまり魔法が発動される。魔法と言っても、下っ端の魔物だと火とか風とか雷とかの属性の付いてないただの魔力の塊を放つだけのものもいる。そういうのは魔法というよりも魔力弾や魔力砲と呼んでる。威力も属性付きの魔法に比べれば格段に低いしな。


 一番強いのは属性付きの魔法だ。攻撃魔法は経験上、水<土<風<氷<火<雷<重力という感じかな。雷が最強だと思ってたけど、重力球はやばいわ。使い勝手がいいのは雷だけどな。プレッシャーもエーテルを大量に使えば広範囲を一気に押し潰せるけど、虫が潰れるのとかマジ見たくない。やっぱり足止め用だな。


 そして俺はカレンから潰れた黒鉄の胸当てを受け取ったあと、1km先に設置した鉄のスクラップに対してプレッシャーの魔法を放とうとした。


 しかしその時、沖の方からもの凄いスピードで迫ってくるエーテル体の存在に気が付いた。


「ん? エーテル体が4つ? それにエーテルの塊? 」


「『千里眼』……ワタル白い光が2つ……エーテル体が各2つずつに……エーテル結晶石? 」


「結構な塊だよな。もしかしてインセクトイドか? ん? オイオイ! UFOじゃねえか! 初めて見た! 」


 カレンに言われ俺も千里眼の魔結晶を発動すると、地平線の向こうからこちらへと不規則な動きをしながら飛んでくる円盤が見えた。その円盤は白い光をまとっていて、ネットで見たUFOそっくりだった。


「UFO……確か未確認飛行物体……地底人? 」


「すげー! あんなに急に真横とかに動いてGとかどうなってんだろうな。しかしそうか、あれに地底人が……ん? 俺たちの方に真っ直ぐ向かってる? なんで……あっ! エーテルか! 」


「???」


「カレン! ここを離れよう! 多分プレッシャーを放った時のエーテルか、魔力を探知されたんだ。インセクトイドだと思われてるかもしれない! いきなり攻撃されるかも! 」


 魔法を放つ時に体内のエーテルを完全には抑えられないから、それを感知されたか魔法自体を感知されたか……いずれにしろ俺たちのエーテル保有量はかなり多い。抑えきれなかった量だけでもインセクトイドと間違われている可能性が高い。


「撃ち落とす? 」


「敵対してどうすんだよ! わざわざ地球より遥かに高い文明を持ってるとこと敵対する意味がわかんねえよ! 行くぞ! 」


 この撃ちたがりが! 強そうな物をみつけると試し撃ちしたくなるその癖をこのタイミングで発動させんな!

 地球国家を手助けしている地底人の乗り物を撃ち落としでもした日には、世界中から追われるはめになるじゃねえか!


「ワタルは丸くなった……」


「カレンが尖りすぎてんだよ! 」


 俺はカレンみたいなバトルジャンキーじゃねえよ!


「仕方ない……逃げる」


「本当に残念そうだなおい……エーテルは抑えたからこの場から離れれば大丈夫だろう。急ぐぞ」


 俺はそう言ってカレンを連れて浜辺から全力で走って離れ、海の家や駐車場にある建物の陰に隠れながら近くのマンションの敷地内に侵入した。

 そしてマンションの陰から浜辺の方を見ると、白い光を放った2機のUFOがまるで何かを探すかのように海の上を不規則に飛び回り、それから俺たちのいるマンションの上空を旋回した後に去っていった。


 マンションの上階からはUFOだとか、インセクトイドが現れたのか? などの人の声が聞こえてきており、俺は見つからなくて良かったと胸を撫で下ろしたのだった。


「やっぱエーテルを探知できるっぽいな。これじゃあ魔法の練習できねえな……」


「あの距離から私たちのエーテルを感知したのならかなりの実力者がいる」


「確かにな。いや、そういう機器を開発したのかもよ? UFOを作れるんだ。可能性はあるだろう」


「それはドラゴンレー……」


「ストップ! それ以上は言わなくていい! ま、まあそんなレーダーみたいなのがあるんだろうな」


 カレンは動画でアニメの見過ぎだな。

 この間なんか右手を突き出して何かを放つようなポーズをしながら、魔力の塊しか出せない魔結晶を融合したいとか言い出した時は頭が痛くなった。まあ多分冗談なんだろうが……表情が変わらないからわかりにくいんだよな。


「それは便利……でも厄介」


「確かにな。まあプレッシャーはだいたいわかったからいいや。重力球はとりあえずは封印だな。練習無しじゃ危なくて使えないからな。さて、ここにいてもなんだし帰るか」


「うん……手……」


「はいはい」


 よく考えてみればインセクトイドと戦ってるんだから、エーテルを感知できる技術くらいあって当然だよな。それがあるから第一次侵攻の時に助けに来れたんだろうしな。


 これは俺が考えが至らなかった。もっと慎重に動かないとな。反省反省。


 俺はカレンの差し出してきた手を取り、始発の電車の時間まで海の見える道をカレンと歩きながら反省したのだった。



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