第4話 帰宅
「はい2140円です」
「え〜と……じゃあこれで」
「はいどうも360円のお釣りとレシートです。ありがとうございました」
「ありがとうございます」
俺たちはタクシーから降りて御殿駅へと向かった。
「やっぱタクシーって高いよなぁ」
「数字が増えていってた……時間で高くなる? 」
「ん〜確か時間と距離だったと思う。最初にほら、この初乗り料金てのがあってそのあと少しずつ増え……あれ? 」
俺はカレンにタクシーの説明をするためにもらったレシートを見た。
するとおかしなことに気がついた。
「2019年10月? あれ? 2016年じゃなくて? 」
「どうしたの? 」
「いや、俺がアルガルータに行く前は2009年だったからさ。アルガルータで7年過ごしたから2016年になってると思ってたんだけど、3年くらい多いんだよな」
「星の移動に時間が掛かった? 」
「ん? ああ……どうなんだろな」
カレンには当初異世界から来たと話をしたんだけど、噛み砕いて鏡の中の世界と言ってもピンとこなかったみたいだから空に浮かぶ遠い星から来たって言ったんだよな。
2つの月から宇宙船がやってきていた世界なだけあって、異星人という方がわかってもらえた。人族の姿をしていたのは俺だけだったし。異世界より宇宙から来たって方が理解されるとはな。ファンタジーのテンプレが……
正直俺も異世界に行ったのか、遠い銀河のどこかの星に転移したのかわからない。
ただ、ファンタジーに出てくるような見た目の人が多かったから、異世界だと思っているだけだ。
それよりも7年いたと思ったら10年だった。
恐らくアルガルータでは時計が壊れていたし、時間の流れが地球とは違っていたからそのズレか何かなんだろう。1日が地球より長かったってことなんだと思う。
なんとなく思い返してみればそうなのかなとは思わなくもない気もする。
いや、地球の時計がないとわかんないって。一日中明るいとかちょこちょこあったし。
てことは俺は24歳じゃなくて27歳てことか? 見た目も20歳くらいってことかね? 20歳の見た目で27……まあ童顔でいける範囲だな。
老化停滞の魔結晶を身に付けているから、いずれ周囲の人にバレることだとはいえなるべくその問題は先延ばしにしたい。とりあえず今後のためにも髭でも生やしておくかね?
「まあいいさ。3年くらいなら問題ない。さあ電車に乗ろう」
「あの長い鉄の箱速かった……楽しみ」
俺が駅へと歩き出しながらカレンに手を差し出すと、カレンは俺の腕に両腕を絡めて抱きつきつつそう言った。
俺の隣を歩くカレンは心なしか目を細めており、初めて俺が魔銃をあげた時のような楽しげな雰囲気を醸し出していた。
でも10年か……爺ちゃんは76歳になるな。心臓の持病もあったし生きてっかなあ……
俺は改めて10年という時の長さを実感し、親父が他界してから5年間育ててくれた爺ちゃんがまだ生きているのか不安になっていた。
そして駅で切符を買い、いつもより目を見開いているカレンを連れて電車へと乗り込んだ。カレンは興奮しているのか、会話は全てアルガルータ語だ。他人から見たら北欧系の外国人にしか見えないから違和感はないので、俺もずっとアルガルータ語でカレンと話していた。
恐らく俺は周囲の人から、よくわからない外国語を話す凄い奴に見えているに違いない。
たとえ話している言葉が、この地球上で俺たちにしかわからない言葉だとしても。
しかし周囲の視線がチラホラと凄い……カレンが俺の腕から離れず、ずっとベタベタしているというのもあるだろうが、きっとなんでこんなフツメンの男に妖精のように白い肌と整った顔立ちの超絶美女が? と思っているに違いない。俺でもそう思うもの。
そして今は大きめの白いセーターを着ているから分かりにくいだろうが、脱いだら凄いんですというカレンの爆乳を見たら血涙を流すことだろう。
思えば俺は13歳の子を預かって育てて恋人にしたんだよな。プチ光源氏か。ロリコンとか言われそうだ。
俺はカレンが楽しそうに外を眺めながら、速いとかあの建物はなに? とかの質問に答えていた。そしてふと電車内の中吊り広告が目に入った。そこには割と真面目な記事をメインに扱う週刊誌の広告が書かれていたが、『インセクトイド被災地復興』や、『新型強化装甲服の性能』など聞きなれない言葉が書かれていた。
インセクトイド? 確か昔の映画にそんな言葉があったな。SFものだった気がするが……それに強化装甲服? 介護用のパワーアシスト服か何かか?
どうにも気になった俺は、カレンを連れてほかの中吊り広告を見て回った。
すると二足歩行の蟻の写真をバックに、『いざという時! インセクトイドへの対処法』などと書かれている雑誌の広告が目に入った。
それを見て俺は昔見た映画の内容を完全に思い出した。
そうだ! インセクトイドは昆虫型のエイリアンのことだった!
しかしそれがなんだってんだ? 最近大ヒットしたSF映画があるのか? それにインセクトイドが出ている? でもあの大真面目な週刊誌が、映画に影響されてインセクトイド被災地復興とか記事を書くものなのか? 仮想と現実の区別が付かなくなってるわけじゃあるまいし。
昆虫型エイリアンを思い浮かべた時に、俺の脳裏には一瞬アルガルータでの出来事が浮かんだ。しかしまさかそれはあり得ないと頭を振りつつ思わず笑ってしまった。
「ワタル? 」
「ん? ああ、なんでもない。もうすぐ乗り換えの駅に着くからドアのとこに行こう」
「このでんしゃ速い……飛んだ方が速いけどエーテルを使わないで移動できる……楽ちん」
「そうだな。飛翔の方が圧倒的に速いけど、この国では人前で飛べないからな。普通の人は空を飛べないからカレンも飛ばないようにな? 捕まって俺と引き離されるからな? 」
不法滞在やら密入国で捕まって、身体検査ひとつされただけでアウトだ。カレンの背中にも9個の魔結晶が埋め込んである。見た目的には女の子だから極限まで圧縮して小さくしたうえに、形も整えてある魔結晶だからそれほど目立たない。しかしレントゲンやMRIには、はっきりと体内の魔結晶が映し出されるだろう。
そうなったら医者や科学者のモルモットだ。絶対に捕まってはいけないし、捕まったなら日本と戦うしかない。この科学の世界でどこまで戦えてそして逃げられるのかはわからないが、カレンを守るためならやるさ。魔物と戦うよりは楽なはずだ。
「捕まると離れ離れ……それはイヤ……わかった……人前で飛ばない……ワタルと離れない」
「見つかったら日本にいられなく……いや、世界中で追われるかもな。お互い気を付けないとな」
本当に気を付けないとな。
それにまずは俺の戸籍とカレンをどうするかだよな。やっぱ爺ちゃんとこに長くはいられないな。
カレンは美人だからすぐに噂になるだろう。そしたら警察の目にもつきやすくなる。
日本中を放浪して過ごす方がリスクが少ないかもな。
俺は目的地までカレンと話しながら、爺ちゃんのとこに行ってからの予定を考えていた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「着いた……懐かしい……ここはあんま変わってないな」
「ほつちたに? ワタル読めない……」
「
「ほどがや……覚えた」
2時間ほど電車に揺られ着いた場所は、俺が小学6年の頃から住んでいる爺ちゃんの家のある神奈川県横浜市保土ヶ谷区にある駅だ。
俺は駅を出て、相変わらず俺の腕を抱きしめたまま離れないカレンを連れて爺ちゃんの家へと向かった。
途中お腹が減っていたので、ファーストフードにカレンを連れて入りハンバーガーやポテトを食べた。俺は食べさせてあげるというカレンに外では勘弁してくれと頼み、懐かしの味に感動していた。隣ではカレンが小さな口で啄ばむように食べており、美味しいとボソリと口にしていた。
そして店を出てまた食べたいと言うカレンに、いつでも食べれるしもっと美味しいものがあるよと伝えるとカレンは楽しみと言って嬉しうにしていた。
基本食いしん坊だからなカレンは。だからこそ料理もうまいんだけど。
そんなやり取りをしつつ15分ほど歩いて閑静な住宅街にたどり着くと、古い一戸建ての家が見えた。その家は築40年は超えていて、俺が住んでいた時よりもさらに古くなっているのが外から見てもわかった。
そして家の前まで来て、いきなり家に入ったら爺ちゃんが心臓麻痺を起こすんじゃないかと思い呼び鈴に手を伸ばした。電話はオレオレ詐欺だと思われると思ってしなかったんだよな。
いや、爺ちゃんが出なかったらって怖くて掛けられなかっただけだ。
そして俺は震える手で呼び鈴を鳴らした……が、応答はなかった。
俺は続いて玄関をノックした。
「爺ちゃん! 俺だよ! 航だよ! 爺ちゃん! 」
俺は大きな声で叫んだが、しかし中から反応はなかった。
まあエーテルの反応がないから、中に誰もいないのはわかってはいた。
きっと爺ちゃんは入院しているんだろうと思い、俺は家の鍵を取り出し家の中に入った。
家の中は懐かしい匂いがした。そしてカレンに日本の家は靴を脱ぐんだと説明してブーツを脱がせ、俺たちは居間の方に向かった。
居間に入るとそこには爺ちゃんがいた。
いや、正しくは爺ちゃんの写真だ。写真は仏壇の上の親父の写真の隣に飾られていた。
そして仏壇の位牌の前には、『航おかえり』と爺ちゃんの字で書かれている色あせた紙が置かれていた。
「やっぱり……爺ちゃん……うっ……ごめん……爺ちゃん……ごめん……」
俺は爺ちゃんの位牌を手に取り、その場に崩れ落ち畳に額を付け泣きながら謝った。
もしかしたらとは思っていた。身体の悪い爺ちゃんが10年生きている確率は五分五分かなとも思っていた。覚悟はしていたさ。でも……
きっとずっと俺を探していたに違いない。
心臓が悪いのに何度もあの栃木のスキー場まで足を運んだはずだ。
爺ちゃんの寿命を縮めたのは俺だ。あの時突然この世界からいなくなった俺のせいだ。
位牌には享年74歳と書かれていた。2年前に爺ちゃんはこの世を去った。
自分が死んだあとに俺が必ず帰ってくると信じて。おかえりという言葉を紙に残して。
俺が泣いている間、カレンはただ黙ってずっと俺の背中を撫でてくれていた。
俺はひとしきり爺ちゃんに詫びたあと、カレンが差し出すハンカチで涙を拭った。
そしてカレンを見ると、彼女は黙ってセーターと下着を捲り上げて乳を出していた。
俺はそのカレンの乳に飛び込んだ。
「可哀想なワタル……私のお乳を吸って元気出す……私にはお乳を出すことしかできない」
「んぐっんぐっ……いいんだ。覚悟はしていた……ありがとうカレン」
俺はカレンの乳に挟まれ、そして吸い付き安らぎを覚えていた。
カレンの乳は安らぎと快楽を与えてくれる魔法の乳だ。俺はこの乳があれば生きていける。この乳さえあればどんなことでも乗り越えていける。
そう思った時だった。
玄関から声が聞こえてきた。
「鍵が……誰かいるのですか? 」
それは聞き覚えのある声で……爺ちゃんの面倒や家の家事を手伝ってくれていた爺ちゃんの妹の婆ちゃんの声で……
「婆ちゃん! 」
俺はカレンの乳から口を離し、急いで玄関へと向かった。
そしてそこには不安そうな表情の、白髪だけど身なりのしっかりした婆ちゃんが佇んでいた。
「え!? ……あ……ああ……わ……たる……? 」
「婆ちゃん……そうだよ航だよ。急にいなくなってごめん。やっと……やっと帰ってこれたんだ……」
俺が姿を見せると婆ちゃんは目を見開き、まるで幽霊を見るかのように驚いていた。
「わ……たる……ああ……航……間違いないわ。航……よく無事で……よく生きていて……」
そして俺が近づくと婆ちゃんは俺の顔や腕をさすり、俺であることを確認していた。
「心配掛けてごめん。スキー場で遭難してから遠い所に連れて行かれてさ。帰るに帰れなかったんだ。連絡すら入れることの出来ない場所にいてさ。本当にごめん……」
「まさか……誘拐されてたなんて……お友達も地元の人も警察も、そして兄さんも……どれだけ探しても何も手掛かりが見つからなかったの……兄さんはずっと航を探して……きっと生きてるって……だから死亡届も出さないでずっと待ってたの……亡くなる時もこの家を壊さないでくれと……航が戻ってくる家だから……この家が無くなったら航は帰るところがなくなるからって……電気もずっと止めないでくれって……夜に帰ってくるかもしれないからと……ああ……航……よかった……兄さん……航は生きてたわ……兄さん……うっ……うっ……」
「ごめん……婆ちゃん……爺ちゃんごめん……俺も二度と帰ってこれないんじゃないかって……ごめん……ありがとう婆ちゃん……家を残してくれて……ありがとう婆ちゃん」
俺は俺の身体のあちこちをさすりながら、静かに泣く婆ちゃんに謝ることしかできなかった。そして家を残してくれた婆ちゃんに感謝することしかできなかった。
爺ちゃん……俺は帰ってきたよ。
爺ちゃんの家に帰ってきた。
会いたかったよ爺ちゃん……ごめんな爺ちゃん。
でも、いってらっしゃいと笑顔で送り出されてから10年……やっと言えるよ。
ただいま。爺ちゃん。
※※※※※※※※※※
作者より。
カレンのイラストがプロローグの最後にあります。
クオリティの高いイラストとなっておりますので、是非ご覧ください。
イラスト:ふじたりあん様
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