第3話 世界を救えなかった勇者



 魔王を倒すことに成功した俺は、安心したからか一気に全身の力が抜けてそのまま大の字に倒れ込んだ。


 ふと天井近くの壁を見ると、この何もない部屋の壁に大きな穴が空いていた。恐らく魔王の制御を失った黒い球体が、この宇宙船の壁を抉ったんだろう。とんでもねえ威力だよ。


 あ〜腹が痛え……見ると余計に力が抜けそうだから傷口は見ない。多分腹の右半分は無くなってると思う。危ねえ……もう少し上だったら再生の魔結晶ごとえぐられてた。そしたら死んでたかもな。龍革の鎧を抉るとか……あの黒い球体はマジでチート魔法過ぎるだろ。


「ワタル! 」


 いつもベッド以外では人形のように無表情なカレンが、泣きそうな顔で倒れる俺を抱きかかえた。


「大丈夫だ。30分もすればまた戦えるようになる……あ〜でもエーテルギリかな……もうちょい掛かるかも」


 体内のエーテルの残量がギリだ……こりゃエーテルの自然回復と再生が同時になりそうだ。

 いくら1等級の再生の魔結晶を身体に埋め込んでいても、それを発動するエーテルが無ければ意味がない。


 魔王から奪った吸収の魔結晶を取り出したいが、それを変形圧縮する魔法を発動するエーテルが無い。あの巨体が持つ魔結晶は間違いなくデカイだろうからな。変形と圧縮をしなきゃ剣に収まるサイズになんねえし、身体にも融合できねえんだよな。

 あの魔法結構エーテル食うし。


 まあでも俺もカレンもエーテル切れになりながらもよく倒せたと思うよ。

 この部屋に来るまでも、そして来てからもかなりエーテルを使ったからな。ここまでギリギリの戦いをしたのは久しぶりだ。


「ごめんなさい……私がもっと早く撃っていれば……」


「カレンはエーテル結晶石からじゃなく……くっ……残り少ない自分のエーテルを使って……撃った……あれ以上早くは……無理だ……お前のせい……じゃない……」


 痛い……盲腸をやった時の比じゃない。この世界に来て痛みには慣れてはいるが、痛いものは痛い。


「ワタル……」


「そんな顔すんな……死にやしねえよ。こんなの今までもあったろ? 」


「……うん……ワタルは無茶ばかりする……」


「俺もレオールやガンゾがやられて……くっ……頭にきてたからな。はあ……また俺たちだけ生き残っちまった」


「……それは仕方ない……私たちと彼らは実力が違い過ぎる。エーテルの保有量も使用できる魔結晶の数も質も……」


 確かにそうだけどさ……昔誰かが言ってたな。生き残り続けた奴が強いって。

 確かに魔物を倒しエーテルを吸収し続けてれば、エーテルの最大保有量が増える。そうなれば継戦能力が高まるからそりゃ強くはなるよな。


 アイツらになら龍から奪った魔結晶をくれてやってもいいと思った。

 けど身体に融合させる身体強化や再生系の魔結晶は、等級が高くなるほど身体に馴染むのに時間が掛かる。同じ効果がある魔結晶は2つ融合させられないから、個人差はあるが馴染むまで1ヶ月くらいは身体強化無しで戦わないといけない。


 それはリスクが高いと断られたんだよな。でも特級の身体強化の魔結晶をアイツらが身に付けてれば、魔王のあの重力魔法から一度なら逃れられたかもしれない。


 今さらだな……俺たちとアイツらは勇敢に戦った。そしてアイツらより強い俺とカレンが生き残った。それだけだ。


「私は……ワタルさえ生きていればいい……」


「……無理すんな。カレンは普段は無口で無表情だけど……誰よりも優しく情に厚い女なのは……知っている。ニキもそれに気付いてた。だからニキは最後にカレンの幸せを願ったんだ」


「……ニキ……私にとても優しかった……」


 カレンは俺を抱きかかえる腕の力を強くし、目を伏せ静かに悲しみに耐えていた。

 俺の手には冷たい雫がポタポタと落ちていた。


 短い期間だったが、ニキはカレンを可愛がっていた。カレンもニキに化粧なんかを教わっていたりもしていた。ニキはあまり話さないカレンを常に気にかけ話題を振っていた。


 カレンはハーフエルフだ。しかもエルフとダークエルフのハーフだ。

 この世界ではエルフとダークエルフは仲が悪い。肌の色が違う以外何も違わないのに、お互いを嫌い合ってきた歴史がある。戦争をしたりとかはないが、どうも同じ種族と思いたくないようだ。ダークエルフは割と大人な対応をしている者が多いが、エルフは露骨に嫌っている。魔物が現れてからはお互い協力し合ってはいたが確執は残ったままだ。


 そんなエルフとダークエルフのハーフであるカレンは、エルフからもダークエルフからも白い目で見られた。カレンの両親も周りから色々言われたそうだ。そして人里離れた場所に移り住むことにしたらしい。カレンは両親がいたから、周りから何を言われようが幸せだったと言っていた。


 だけどその両親も中鬼のオークのような魔物に殺された。あの時俺がもっと早く助けることができていたらと、今でも悔やんでいる。


 そんな過去もありカレンは人が苦手だ。いや、拒絶されることが怖いんだろう。

 これまでにパーティを組んだエルフやダークエルフたちも、カレンには好意的な目を向けていなかった。仲間というよりは仕事上の付き合いってレベルだ。


 ただ、獣人やドワーフや巨人はそういったことは関係ない。

 特にニキは口は悪いが人の心の機微に敏感で、カレンを気に掛けてくれていた。

 カレンもニキに段々と心を開いていっていたようにも思えた。

 でもそのニキもまたカレンを置いて死んじまった。


「なんだかな……俺もレオールにガンゾやギランが死んじまって悲しいんだけど、人が死ぬのに慣れすぎて麻痺しちまったみたいだ。腹は相変わらず痛いんだけどな」


 まあでもさっきよりは痛みが引いたな。エーテルがあればもっと回復早いんだけどな。


「……ワタルは私がいるから……カッコつけて無理してる……」


「そんなことねえよ……」


「それは嘘……だって泣いてる……」


「……腹が痛えからだよ」


 俺は腹が痛くて出た涙を拭いながら勘違いしているカレンにそう返した。


「……そう」


「……なあカレン。腹が痛えからいつものやつで気を紛らせてくれよ」


 俺はこの湿った空気をどうにかするべくカレンにいつものを頼んだ。


「……わかった」


 カレンは口もとを緩ませつつそう返事をし、龍革で作った黒のスーツのジッパーを首からお腹辺りまで下ろした。


 これはカレンのために俺がデザインして作らせた物だ。

 龍の鱗を首や胸や腹部など所々に散りばめて防御力はバツグンな上に、カレンのボンキュッボンの身体のラインがクッキリと浮き出る傑作だ。


 そう、ジッパーを下ろして現れたモノは、真っ白でやや上向きのGカップの乳だ。

 カレンはやや上向きで柔らかくて張りのあるおっぱいを、いつものように俺の顔へと押しつけた。


「あ〜コレコレ! 痛みが引いていく……不思議だなぁ〜魔法だなぁ〜これがホントのパイマジックだわぁ。あ〜ん……ンマッンマッ! 」


 俺は目の前に現れた真っ白な乳に頬ずりしたいあと、中心にあるピンク色の突起部分に迷わずムシャぶりついた。


「んっ……そんなに吸ってもなにも出ない……あっ……んっ……舌で転がさない……ワタルは私のお乳が好き……私のことはもっと好き」


「あ〜好き好き……ンマッ……はぁ〜幸せ……乳に挟まれるのもサイコー。これが3人から同時だとどれだけの幸福感なんだろう……ハーレムを作らなきゃ……せっかく異世界に来て重婚が許されてるんだ。聖地ならまだしばらく戦えるだろう」


 エルフとうさ耳とカレンの胸に三方向から……いや、エルフはちと小さいか。まあそれでもCはあるから楽しめるはず。あ〜早く傷治んねーかなー聖地に行かなきゃ。魔王を倒したんだ。こりゃ女の子たちはこぞって俺のハーレムに入りたがるんじゃね?


「ワタルは駄目な女にばかり引っ掛かる……しかも弱いのばかり……だから私だけでワタルを守る」


「ぷはっ! おいおい、やめてくれよ! 駄目な女なんていねえって! お前を恋人にした俺の見る目を信じろって! 」


 俺はカレンの胸の谷間から顔を出して反論した。

 俺が選んだというよりは、娘か妹みたいに思ってたカレンに夜這いされて既成事実を作られたんだけどな。


 カレンと出会った時はまだカレンは13歳だったし、胸も尻もぺったんこだったからまったく食指が湧かなかった。それよりもエルフの母親に頼まれて養わなきゃって思ってたしな。

 それがたった数年でムチムチボディになって、いつのまにか肉食になっていた。

 俺もまさかドーテーをあんな形で失うとは夢にも思ってなかったよ。


 まあ今となってはそれはいい。

 俺もカレンに惚れてるし、カレンはハーレムを作ってもいいと言ってくれてるしな。

 そう、カレンは俺を公私ともに守る子が増えるのは歓迎するって言ってくれたんだ。

 けどさ、ハーレムの参加基準が厳しすぎるんだよ。もう20人くらいダメ出しされてんだよ。


「……ワタルの目が良いんじゃない……私の目がいい……顔の良くないワタルは私しか本気で相手にしない……これまでワタルに近づいた女は裏がある女や弱い女ばかり……私もワタルを守る子が欲しかったけどみんな弱かった……ワタルはハーレムは諦めた方がいい」


「ぶっ! 顔のことを言うなよ! いいか! 俺の世界じゃこれが普通なんだよ! フツメンなの! この世界の奴らの顔が整い過ぎてんだよ! なんでドワーフなのにナイスガイなんだよ! 巨人もだよ! おかしいだろ! 」


「……私にはわからない……ワタルの顔が特殊? 」


「グハッ! 特殊とか言うなよ……特殊とかよぅ……ううっ……さんざんエルフのクソ男どもにブサイクだと言われ、好みのスタイルのダークエルフの女の子に鼻で笑われたりした俺の気持ちが……傷付いた俺の……ううっ……」


 なんなんだよこの世界の奴ら……みんなして俺をブサイクだって言いやがって。

 エルフに言われるとかまったく反論できねーんだよ!くそっ……男は殴ればよかったけど、女の子に鼻で笑われたのは……あれは辛かった……だから俺は必死に強くなったんだ……それしかこの世界の女の子に認められる方法がなかったから……だから顔なんて……見た目なんて……くっ……この世界が憎い! イケメンしかいないこの世界が! ううっ……


「よしよし……私がワタルの側にいてあげる……私しかワタルにはいない……おけ? 」


「ううっ……カレン……うん……カレンしかこんな俺を相手になんか……ううっ……」


 こんな俺をずっと好きでいてくれるカレンは貴重だ。きっと俺が勇者と呼ばれるようになってから異常にモテてたのは、カレンの言うとおり魔物や魔王と戦わせるためだったからかもしれない。こんな俺が、この世界基準でブサイクな俺がモテていたなんて幻想だったんだ。


「私はワタルの顔が好きなんじゃない……ワタルの全部が好き……だから私だけ見る……ほかの女は魔物で悪魔……ワタルをダメにする……わかったならお乳を吸う……これはワタルだけのもの……ワタルだけしか見ることも吸うこともできない……ワタル専用のお乳」


「カレン……カレンーー! 」


 俺はカレンの乳に吸い付きいた。そしてカレンだけを愛そう、カレンだけを見ようと乳を吸いながら心に誓った。


「んっ……ふふふ……ちょろい」


 ん? 今なんか聞こえたような……


 俺はカレンが何かを言ったと思って乳から口を離し顔を上げたが、カレンは俺を慈しむ目をしていた。聞き間違いかと思い、腹も痛むしカレンの乳が恋しくて再度乳を吸おうとした時。


 魔王の放った黒い球体が開けた穴から、赤と青の二つの月がふと目に映った。

 いや、それだけではない。その月には三つの黒い塊のようなものがあり、遠くからでもそれはとても巨大な物体であることがわかった。そしてその塊が大きくなるにつれ、その形 が朧《おぼろ》げに見えてきた。


 それは見覚えのあるもので……


「マジかよ……」


「……どうしたの」


 カレンは首をコテンと横に倒しつつも、俺の目線を追って宇宙船の外に見える月に視線を移した。


「うそ……」


「これは無理ゲーだろ」


 俺の視線の先には、赤と青の月をバックに黒い山のような形をした宇宙船がここへ向かっているのが見えていた。

 宇宙船はかなり速い速度でこちらに向かってきており、なによりもその宇宙船の形は今俺たちがいる宇宙船とまったく同じ形をしていた。


 そしてその宇宙船は突然停止したかと思うと突然船体に青い稲妻をまとい、膨大なエーテルを船首に集束していっていた。


 まさか……まさかまさかまさか!


「カレン! ぐっ……逃げるぞ! なんかヤバイので狙われてる! 」


 俺は痛む腹を押さえて立ち上がった。


「ワタル! 私の背に! エーテルが足りないから飛び降りる! 」


 カレンは未だに傷口が塞がらない俺を背負おうとするが、宇宙船に集まるエーテルの量が尋常な量じゃない。

 これは俺を背負ってだと逃げきれないかもしれない。


 飛翔の魔法を使うほどのエーテルは2人とも残っていない。

 俺はとてもじゃないがまだ走れそうもない。


 ならばカレンだけでも。


「マズイ! なんかヤバイのを撃ちそうだ! 俺はいい!なんとかする! カレンはあの穴から飛び降りろ! 」


「イヤ! ワタルを置いては行かない! 死ぬなら一緒! 」


 普段は滅多に声を張り上げないカレンが、必死な声で俺にそう叫ぶ。

 嬉しいが……だからこそお前を死なせられない。


「カレン! 言うことを聞け! お前を失いたくないんだ! 」


「それは私も同じ! ワタルを愛してる! だから一緒にいる! 」


「カレン……くっ……ダメだ!もう間に合わない! ぐっ……結界……ダメか……エーテルが……」


 エーテルが空だ。宇宙船の先端にはエーテルが変化したナニかが集まりきっている。もうあのとんでもない攻撃を受けるしかない。


「ワタル……もういい……私はワタルと出会えて幸せだった……ワタルと一緒に死ねるのも幸せ……だから最後に……愛してるって言って……」


「カレン……ああ……愛してる……本当はハーレムなんかどうでもいいんだ。カレンさえいてくれれば……俺はそれだけで幸せだったんだ。愛してる……カレン……世界中の誰よりも」


 カレンにこんなことを言うのは初めてかもな。普段は恥ずかしくてとてもじゃないけど言えなかった。

 ハーレムはただの夢だ。別にカレンに嫌われてでも作りたかったわけじゃない。カレンがいなければハーレムなんて作ったって意味がないんだ。カレンがいるのが大前提だったんだ。


「……嬉しい……ワタル……生まれ変わってもワタルと恋人になりたい」


「俺もだ……生まれ変わったら必ず見つけだして迎えに行く」


 俺はそう言ってカレンと抱き合いキスをした。

 そして俺はカレンの背後に見える3隻の宇宙船に視線を移した。

 宇宙船は既に青白い稲妻とエーテルを纏ったエネルギーの塊を、この宇宙船に放っていた。


 その光がこの宇宙船に届く寸前に俺はカレンを押し倒して覆い被さり、最後にカレンの耳元で愛してると告げた。


 光は轟音とともに俺とカレンを包み込み、俺は全身に激しい痛みと熱、そして激しい痺れを感じているうちに意識が遠のいていった。



 あーあ。


 勇者だなんだと言われても救えなかったなこの世界。


 もともと物量差がハンパないとこで、魔王を倒したらまた魔王が3体現れましたなんてさ。


 無理ゲーだろ。普通魔王倒したんだからパッピーエンドじゃねえのかよ……


 あーあ。


 救いたかったなこの世界。


 プライドが高くていけ好かない奴もいたけど、女の子は優しい子が多いエルフも。

 無愛想なうえに融通が効かないけど、義理堅いダークエルフも。

 脳筋で口は悪い奴ばっかだけどなぜか憎めない獣人も。

 ガサツだけど気の良い奴ばかりのドワーフも。

 温厚な性格なのに勇敢で俺の恩人でもある巨人族も。


 誰一人救えなかった。


 極め付けは俺を好きだと言ってくれた女の子さえ守れなかった。


 なにが勇者だよ。駄目駄目じゃねーか。


 あーあ。


 カレンだけでも守りたかったな……


 カレン……ごめんな。俺は好きな女も守れない駄目な男だったよ。



 俺は薄れる意識の中でカレンを守れなかったことを悔やんだ。


 そしてもしも生まれ変わったなら、もう二度と世界を救う勇者になんかなるものかと。

 カレンを必ず見つけて平和に生きようと固く誓ったのだった。




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