世界を救えなかった勇者の世界を救う物語

黒江 ロフスキー

プロローグ

第1話 魔王




「ハァハァハァ……勇者! また結界を張りやがった! 魔王のエーテルをなんとかしなきゃキリがねえ! 」


「あんた! 泣き言なんて言ってないで結界を壊すんだよ! 」


「くそっ! 2度も壊したのに! なんでエーテルが減らねえんだよこの悪魔野郎! 」


 獅子人族のレオールと虎人族のニキ夫妻の叫びに、俺はただ愚痴ることしかできなかった。


 この悪魔のように禍々しい二本の角を生やし、裂けた口から鋭い牙を覗かせている魔王と呼ばれている生物。コイツはさっきから魔法を連発し結界を何度も張り直しているのに、エーテル切れになる気配がまったく無い。


 いったいどうなってやがるんだ? コイツらの使役しているトカゲのデカイ奴。俺は龍と呼んでいるが、そいつだって結界や魔法を発動すればエーテルは減っていた。いくら斬っても驚異的な回復をした人型の角の生えた吸血鬼だってそうだった。


 なのになんでこの悪魔だけは減らねえんだよ!


「……ワタル、魔王の左腕が怪しい」


 俺がレオールとニキと共に魔王の闇の刃の魔法を躱し、なんとか懐に飛び込むタイミングを見計らっていると背後から突然聞き慣れた声がした。

 ハーフエルフで俺の1人目の恋人のカレンだ。恋人は1人しかいないが……


 カレンは後方でドワーフのガンゾと一緒に魔銃による支援射撃をしていたが、何かに気付いたようだ。でも毎回エーテルも気配も完全に殺して俺の背後に現れるはやめて欲しい。


「左腕? そういえばアイツさっきも馬頭の悪魔の死体に触れてたな……まさか! エーテルを吸収する能力持ちか!? 」


「恐らくそう……あの馬に触れた時にエーテルが回復していた。あの左腕にエーテルを吸収する魔結晶があるはず」


 カレンはこの部屋に転がっている、馬頭の筋肉ムキムキの13体の悪魔を指差してそう言った。この馬頭の悪魔はこの魔王の部屋に入った時に真っ先に倒した奴らだ。


 やたらタフな上にパワーがあり倒すのに苦労した。おかげで巨人族のギランが重傷を負い、現在再生の魔結晶の能力で絶賛治療中だ。


 カレンの言う通り確かに魔王はこの馬頭にちょこちょこ触れてた。

 マジか……エーテルを吸収できる能力なんかあんのかよ。それはチートだろ。





 今からおよそ50年前。


 この『アルガルータ』という星は、ある日突然エイリアンの侵略にあった。

 このエイリアンは3つある大陸にそれぞれ降り立ち、宇宙船なのか大きく黒い小山のような物体から出てきて侵食を始めた。


 この世界にはエルフ、ダークエルフ、獣人、ドワーフ、巨人族がいるが人族はいない。

 人族と言われる種は過去にも存在せず、7年前にこの世界に迷い込んだ俺だけだ。


 エイリアン。まあ宇宙人のことだ。この世界ではその禍々しい容姿から魔物と呼んでいる。正確にはこの世界の言葉で『闇に潜む悪いもの』なんだが、俺が日本風に魔物と認識している。だってエイリアンの見た目がさ、モロにファンタジーアニメに出てくる魔物そっくりだったからな。


 この魔物がこの星に降り立った時。この世界の住人たちは必死に土地を守るために戦った。このアルガルータには、エーテルという人の魂ともオーラとも呼べる力を利用したエーテル技術があり、その技術を駆使して魔物に立ち向かったんだ。


 このエーテルとは人の体内や大気、そして宇宙の至るところに存在するものだ。

 恐らく地球にいた頃に聞いた、宇宙の90%を満たしている目に見えないエネルギーとか言われていた、ダークエネルギーとかいうやつなんじゃないかと思う。


 でも最初エーテルと聞いた時はわかりにくかったから、ファンタジーでいうところの魔力的な物だろうと俺は理解することにした。


 しかしファンタジーと違い、そのエーテルを使って魔法を放つみたいな事はできない。

 エルフはいるが精霊はいない。当然精霊魔法なんてアニメに出てくる魔法もない。

 火をイメージしながらエーテルを体外に出しても何も起こらないし、水が出ることもない。

 よくある身体の隅々までエーテルを巡回させて、身体強化をする的なこともできない。


 できるのは剣や弓や槍に自身のエーテルを纏わせて魔物を攻撃することだけだ。

 この魔物はエーテルを纏った攻撃でないと、純粋な物理攻撃じゃ兵士級の小さい鬼のような見た目の雑魚以外にはほとんど攻撃が通らないんだ。ちなみに鬼とは俺が名付けた。

 もともと種族によって呼び方が違うし、口裂けとか小角とか呼んでいてわかりにくかったしな。


 最初は小鬼や中鬼と名付けた太った鬼型の魔物しか上陸しなかったから、土地を奪われながらもこの世界の人たちはよく戦った。


 エーテルを持つ生物を倒すとその魔物が保有しているエーテル量にもよるが、倒した者のエーテルが少し増える。これもこの世界の人が持ち堪えた一因でもあると思う。


 ところが巨大なデブ鬼。ファンタジーでいうところのトロールみたいな見た目の奴が現れてから、戦況が一気に厳しくなった。その後もこの鬼型の魔物たちが使役している、トカゲの頭にどこか別の星の生物らしいものの腕や足や胴を繋ぎ合せたキメラが現れたり、10mはある一つ目巨人のサイクロプスに似た鬼が現れた。


 戦況が厳しくなったのは単純に力が強いというのもあるが、コイツらは特殊能力を持っているんだ。


 斬っても斬っても再生する能力に、瀕死の状態からその辺の死体を融合して復活する能力。雷を発生させてそれを放つ能力。火球を放つ能力。異常な身体能力を発揮させる能力。


 これら魔物が放つ特殊能力を俺は魔法と呼んでいる。


 これら魔法を放つ魔物に、この世界の住人は一気に戦線を後退させていった。

 しかし2つの大陸を奪われながらも、この魔物たちが放つ特殊能力の源を突き止めた。

 それは魔物の体外に露出していたり、体内にある宝石のような美しい色をした魔結晶だった。魔物たちはこの魔結晶に体内のエーテルを流し、その特殊能力を発現させていたんだ。


 そしてキメラとサイクロプスに似た魔物を倒してから、人類による反撃が始まった。

 魔物たちから魔結晶を奪いそれを装着した武器で戦ったり、太い筒に魔結晶を装着して雷や火球を放った。それはただエーテルを纏わせた攻撃よりも、魔物に強力なダメージを与えることができた。


 さらにはキメラの持つ融合と変形、そして圧縮の能力がある魔結晶を用いて人の身体に魔結晶を融合させることにもできた。ただ、これはどうしても相性や保有エーテル量による数量制限があり、全員がいくらでも融合できたわけではなかった。

 しかし身体強化や再生などの能力は、ほとんどの人が問題なく融合できていた。


 この能力を手に入れたことで、一時は最後の大陸の半ばまで押し込まれていた人類は大陸の端へと魔物たちを押し返すことに成功した。


 しかし魔物たちはまだ本気を出していなかった。


 この星の衛星である2つの赤と青の月の一つから、黒く歪な山のような形の巨大な宇宙船が大陸に降り立った。そしてその宇宙船からは、今までとは比べ物にならないほどの強力な魔物が次々と現れた。


 闇に潜み人の血を吸う吸血鬼。20mはある巨大な身体と硬い皮膚に鱗を纏い、戦車のように台地を蹂躙する地竜。空を飛び炎弾と毒の尾を持つ飛竜。そしてその飛竜を馬鹿でかくした氷や雷、火や土などの属性の強力な魔法を放つ龍。


 人類はこの強力な魔物たちになすすべも無く敗れ、大陸の半ばまで再び押し込まれていった。


 そんな時にこの世界に迷い込んだ俺が現れた。

 当時17歳だった俺は、突然異世界とも呼べるこの星に来て途方に暮れていた。

 しかし心優しい巨人族に助けられ、その後辛い思いをしつつもこの世界で戦い生き抜く力を付けていった。


 俺には1つだけこの世界の人たちにはない能力があった。

 それはどのような種類の魔結晶とでも親和性が高く、それらを体内に融合できるという特異体質であるということだ。つまりはファンタジー物で言うところの、全属性に適性があるってやつだ。


 その代わりエーテル保有量はこの世界のどの人たちよりも少なかった。

 だがこの特異体質により、他の者たちが適性が無く武器などに装着して発動しなければならない魔法を俺は直ぐに発動できた。俺の体質はコンマ1秒を争う戦闘向きだった。


 俺は誰よりも多くの魔物と戦い、誰よりも倒した魔物から流れるエーテルをこの身に受け入れた。


 そしてハーフエルフのカレンと出会い、カレンを育て公私ともにパートナーとなったことで、俺たちはこの世界で最強の存在となった。


 いつしか俺は勇者と呼ばれるようになっていた。


 戦った。エルフやダークエルフ、ドワーフに獣人や巨人族の最強の戦士たちと共に戦い続けた。


 しかし魔物は次々とこの黒く巨大な宇宙船から現れ、やがて大陸の端まで俺たちは追い詰められた。そして一緒に戦ってきた仲間たちが次々と倒れる中、俺とカレンは何度も負傷しながらもなんとか生き延びてきた。


 物量が全く違う。さらに長い戦いにより各種族の戦士もほとんど残っていない。いわゆる詰みって状態だ。ならばせめて種の存続をと、魔物たちがなぜか近付かない原始の森と呼ばれる聖地へと残った人々を逃すことにした。


 そのために各種族の代表と計画を練り、新たに各種族から選出されたレオール獣人夫妻にドワーフのガンゾ、巨人族のギランとパーティを組んだ。

 エルフとダークエルフはもともと数が少ないのに、魔物との戦いで数が減り過ぎたので住民の護衛に回ってもらった。


 そして俺たちは2ヶ月近く掛けてこの黒く巨大な宇宙船に海から回り込み乗り込んだ。魔物たちを統制している魔王を倒し、魔物を作っていると思われるこの宇宙船を破壊するために。この世界の住人を聖地へと逃がす時間を作るために。





「ワタル……仕掛けるべき」


「そうだな。このままじゃジリ貧だしな。ギラン! 動けるか! 」


 俺はカレンの言葉にそう答え、後方で再生中のぎらんに声を掛けた。


「オウ! 走れる! 」


 巨人族のギランはそう言って5mはあるその巨体を起き上がらせた。

 戦えるじゃなくて走れるか……まだ再生しきれてないようだ。2等級の再生の魔結晶を身に付けているはずだが、重傷のうえにあの巨体だ。再生に時間が掛かっているようだ。


 もう少し休ませてやりたいが、俺たちの体力も残りエーテル量も余裕がない。

 この最上階の部屋に来るまでにだいぶ消費したからな。


「ガンゾ! デカイの頼む! 」


「ガハハハ! 儂の最高傑作のこの連装魔砲で結界を破ってやるわい! 」


 後方で魔斧を背負い、2mはある巨大な三つの筒を繋げた魔砲を構えるガサツなドワーフが頼もしいことを言ってくれる。


「カレン! 牽制を頼む! 」


「……任せて。ワタルは私が守る」


 カレンはそう言って両手に持つ青白い光を放つ魔銃を持つ手で、ほとんど白に近いグレー系のショートボブの髪をサッとかきあげた。


 カレンの持つ二つの魔銃は希少金属の魔鉄製だ。魔鉄は軽い上に硬く、エーテルをよく通す。俺の剣も同じ材質だ。


「とっとと倒してリーゼリットとシリルをハーレムに入れないといけないからな。生きて帰るぞ! 」


「……ワタルはまだ懲りてない……あの子たちは弱いからダメ……あの子たちに手を出さないようにもっと搾り取らないと」


 ぐっ……また俺を賢者タイム地獄に陥らせて邪魔する気か!

 と、とりあえず生きて帰ってからだ。なんとかカレンに見つからないように、聖地でエルフのリーゼリットと兎人族のシリルと既成事実を作る! そして聖地を俺のハーレムの性地にするんだ!


「おいっ! ワタル! 毎度毎度イチャついてんじゃねえ! どうすんだよ! 」


「アホ! イチャついてねえよ! 俺がカレンと人前でイチャつくとかありえねえから! 」


「……ワタルはベッドでは私のボディにメロメロ」


 カ、カレン! なんちゅうことをここで言うんだ!


「レ、レオール! ニキ! ガンゾがぶっ放したらギランと一緒に突っ込むぞ! 狙いは左腕だ! あれがエーテルを死体から吸収している! 」


 俺はカレンが続けて何か言いそうな素振りをみせたので、慌ててレオールたちに指示をした。

 くっ! 俺は悪くない! カレンのGカップのワガママボディが悪いんだ!


「わははは! 尻に敷かれてんの! わかったぜ左腕だな! やってやるぜ! 」


「レオール! 勇者をからかうんじゃないよ! アンタも似たようなもんだろ! 」


「お、俺はそんなこと……ねえよ……」


「ニキ! その話を帰ったら詳しく聞かせてくれよな! 行くぞ! 」


 俺はいつも俺とカレンのやり取りを茶化すレオールの弱みを握るために、ニキにそう言って走り出した。

 まだパーティを組んで2ヶ月くらいだが、気のいいやつばかりだ。


「ああいいさ! 帰ったらレオールのデレっぷりをたっぷり聞かせてやるよ! ほらっ! レオール行くよ! 」


「ちょ、ニキ! しゃべんなよ!? 勇者になにも言うんじゃねえぞ! ま、待てって! 」


 レオールが焦ってる。これは絶対に聞き出さないとな。


「グハハハ! 相変わらず……騒がしい奴らだ。ガンゾ! 」


「オウッ! イックぞーい! 魔王よ! 勇者のあいであで作ったこの連装魔導砲! とくと味わえ! 『ライジングメガ集束砲』! 」


 ガンゾが俺と一緒に考えた技名を叫びながら、3つの雷槍の魔結晶を集束させた巨大な雷槍を放った。雷槍は一直線に魔王へと向かい、その結界を破り10mはあるその巨体の胸の部分に突き刺さった。


 雷槍を受けた魔王は結界を破って尚も伝わるその衝撃に一歩下がりつつも、その鋭い爪の生えた右腕を俺たちの盾になるように突っ込んだギランの胸へと突き出した。


「グハハハ! 肉を切らせて骨を断つ! うぐっ! ぬおおおお! 勇者! 今だ! 」


「ギラン! バッカヤロウがぁぁ! カレン! 顔だ! 」


「ギラン……了解」


 俺はギランがその腕にはめたガントレットで魔王を牽制するのかと思っていた。

 しかしギランは魔王の右腕の攻撃をわざと胸に突き刺させ、そしてその右腕を両腕でガッシリと拘束した。


 俺はギランを怒鳴りつけながら、残った左腕でギランを突き刺そうとする魔王を牽制するようにカレンに指示をした。


 カレンの射撃は正確で、右手に持つ魔銃で炎弾を魔王の顔に当て牽制し、左手に持つ魔銃で氷弾を左肩に撃ち凍らせて魔王の動きを止めた。


 そしてその隙にレオールとニキと俺が魔王の懐に入った。

 レオールは魔王の太ももに剣を刺し、剣にはめ込んでいる魔結晶を発動し炎槍を発生させその傷口を焼いた。ニキも同じく脛の部分に剣を突き刺し、竜巻刃の魔結晶を発動させ魔王の足をズタズタに斬り裂いた。


 魔王はこの攻撃に堪らず膝をつき、俺はそのタイミングで魔王の死角から身体に埋め込んだ飛翔の魔結晶を発動させた。そして天井付近まで飛び上がり、そこから勢いよく降下した。次に俺は降下しつつ剣に嵌めた3つの魔結晶のうち、硬化と風身を発動させ剣にその能力を発現させた。


 さらに特級ランクの身体強化の魔結晶を発動させ、魔王の凍る肩口を一気に斬り落とした。

 そして着地と同時に斬り落とした腕を俺は影空間の魔結晶を発動させてすぐにしまい、魔王と大きく距離を取りカレンとガンゾの前に降り立った。


 魔王は重低音が響くおぞましい叫び声をあげ、ギランに突き刺した腕から黒い球体を発生させた。


 俺はなんだ? と思いながらも、とてつもなく嫌な予感がした。

 その予感は正しく、その球体はギランの首から下を瞬く間に呑み込んでいった。


「ぐあぁぁぁ! ゆう……しゃ……かぞ……くを……たの……む……」


「ギラーーーン! 」






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