第5話 それぞれの道①

「ランラン、行こう。」

 セルマはランドルフに声をかけた。ランドルフは先ほどからずっと、うなだれたままだった。


 セルマは、ランドルフの手を引っ張ると、礼拝堂の中に駆け込んだ。扉を閉め、閂を下ろし、それでも不十分だと思ったので、祈祷台を持って来ることにした。

「ランラン、運ぶの手伝って。」

 ランドルフは黙って従った。ランラン、と呼んで、文句の一つも返って来ないところを見ると、よほど意気消沈いきしょうちんしているようだ。


 気休めに足の長い燭台しょくだいで窓もふさいでおいたが、何とも心許こころもとない。これでは完全に袋のネズミだ。立てこもるのは、良い判断ではないのは分かっている。しかし、今は他に考えつかなかった。


「それ、どうした?ランドルフ・ランダル・ランバート・ラングレイブよ。そなたは、もうお仕舞いじゃ。はよう、出てこぬか。」

 礼拝堂の壁の向こうから、王妃の声が聞こえた。

「父上……」

 ランドルフは弱々しくつぶやいた。

「よいことを教えてつかわそう。」

 王妃が言った。

「国王陛下は、昨日お隠れ遊ばした。まだ公表はしておらぬがのう。」

「何と言うことだ……」

 ランドルフはがっくりと肩を落とした。

「ランラン……」

 セルマはかける言葉が見つからなかった。


 ランドルフは、長いこと、うつむいていた。外が、がやがやと騒々しくなってきた。扉の周りに人が集まっている。これから破るつもりなのだろう。


 はははは。ランドルフが不意に笑い出した。妙に乾いた声だった。

 ランラン、とうとうおかしくなっちゃった、とセルマは焦った。

「父上はもう亡くなられたのだな。」


 ランドルフは一息吸うと、力強く顔を上げて叫んだ。

 Nemo me impune lacessit《ネモ メ インプーネ ラケシット》

 礼拝堂地下にあった像の台座に刻まれていた言葉だった。「我に仇なす者に、必ず報いあれ。」確かそんな意味だ。

「ならば、私が次の王ということだ。」


 どん、と音が響き、ガタガタガタと床が揺れた。敷石がガラガラと崩れ、大きな穴が空いた。そこから、セイウチと大工……ではない、海馬に乗ったネプチューンが、ひょっこり顔を出した。

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