第4話 薔薇の王妃①

 その朝、ランドルフは、出されたネトルのスープを顔をしかめて飲み干すと、書状をしたためたいので、ペンと紙を所望する、と言った。

 ペンと紙は机の引き出しに入っている、とセルマが伝えると、礼も言わずに、さっさと部屋に戻ってしまった。


 ランドルフが来てから、三日になろうとしていた。

 あの晩以来、彼は夜の見回りについて来ることはなかった。むしろ、夜になると、早々に部屋の中に閉じこもって鍵をかけ朝まで出て来ない始末だ。おかげで、セルマの方が居間の長椅子で休まなければならなくなった。


 ランドルフのもとに迎えが来る気配は、いっこうになかった。死んだと思われて、棺に入れられたのか、はたまた、ふざけて入り込んでしまって、手違いで埋葬されそうになったものかはわからない。セルマは後者の方だと思っていた。

 身なりがいいから、それなりに裕福な家の子なのだろう。今頃、家の者たちは必死で探しているはずだ。このまま長逗留ながとうりゅうさせる訳にもいかないし、今度、定期巡回か誰か来た時に、一緒に連れて行って貰うのも良いかも知れない。


 そう考えていた矢先、折りよくレイが訪ねてきた。

「ねばもー、セルマ。」

 彼女はいつものように一旋すると、鴉から魔女に戻ってセルマの前に舞い降りた。

「頼まれてたもの持ってきたよ。」

 そう言うと、『蒼の系譜』の最新写本をセルマに渡した。

「ありがとう、レイ、わざわざ届けてくれるなんて、本当に感謝。」

「どうってことないよ。これくらいの物なら

運べるから。」

「ところで、レイ一つお願いがあるんだけど。あの子のことなんだけど……」

 ちょうどランドルフが家から出てきたのを見て、セルマは切り出した。

「ねばもー!」

「きっと親子さん探してると思うから、戻ったら監察か管理局の誰かに伝えて欲しいのだけれど。」


 レイは少し考え込むような顔をした。

「うーん、伝えてみるけど、どうかな?王都は今、大騒ぎだよ。王室付きの魔法使いや魔女たちが、待遇回復を訴えて、東の塔に籠もっちゃったんだ。監察も管理もその対応に追われてるよ。」

「何、それ?ひどい。私、何も聞いてない。」

 寝耳に水だった。同じ王室付きだと言うのに、多分忘れ去られているのだろう。

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