第121話
(121)
離れた森の中で王城を出た葬列を見つめる若者が居た。彼は黒塗りの鍔帽を被り、同色のマントを肩から掛けて、静かに葬列が過行くのを見守っていた。それは丁度葬列を見下ろす大きな木の下であり、彼は黙した人ではなく、まるでそこに存在する大樹の精霊のように漂う幻の様だった。
若者の名はベルドル。
竜王国(ドラコニア)の戦士である。
彼もまた進みゆく葬列の戦士達と暴れ竜と戦った。ただ、戦った問う事ではない。自ら招いた災厄に彼ら戦士は一様に死んでいったのだ。
誇りが彼にも或る。だからこそ自害しようとしたが、それを一人の騎士に止められた。見れば葬列の先頭を進む騎士がそうだった。
騎士は言った。
――長く生きられよ。そして口伝であれ我らの今日の奮闘を伝えられたし、それこそが我ら戦士としての誇りである
その言葉がベルドルの手を止めた。
そして今ここに居て、死者へ別れの挨拶をしている。
不意にベルドルの背後で音がした。その音は装具の地面を踏む音だった。ベルドルは振り返る。
見ればそこにローが居た。ローは銃を手にしている。
ローもまたあの戦場から戻った生者だった。ローはベルドルの顔を見ると微笑した。ベルドルも僅かに口元を緩め、微かに微笑を返した。
「別れを告げに来たのさ」
言うとベルドルの横に並んで葬列へ見つめると黙礼し、銃を空に構えた。そして砲を鳴らした。
ばぁあんん!!
弾は込められていない。唯空砲を放った。それは死者に対する鎮魂であった。
それに気づいたのか騎士達が再び剣を天に翳し、今度はそれをこの森の大樹へ向けた。
それを見て、ローが言う。
「皆、儂がここに居るのを知っているのよ。別れを告げに来たという事をな」
言うとローは銃を下げて、ベルドルに向き合った。
「それでこれからどうする?」
その言葉にはベルドル自身が抱え込んでいる多くの事に対する投げかけだった。この戦いで若者もまた何かを背負ったのかもしれない。若さゆえにそれが仇となることもあるだろう。それを心配してローは一人の戦士として、そして祖父として問うたのだった。
ベルドルもまた一つ年をとったのだ。
ベルドルは首を横に振った。
「私は唯、竜王国(ドラコニア)の護衛兵として自分の務めを果たそうと思います。ただ…」
「唯?」
ベルドルは葬列を見た。
「もし、此処に…アイマールに何か危難が来れば私はこの剣を振るう為にやってくるつもりです。国を思い散った戦士達の魂の為にも」
ローはベルドルの言葉に若さを感じた。それはもう既に自分の中では遥かな過去に押しやられた意思の強さだった。
それを聞いて思わずローは笑った。
(どうしようもなく若いな。このベルドルもまた父親のベルドルンに似るか、もしくは心の内にはそれ以上の頑固さを持ち合わせているのかもしれん)
いや、とローは思った。
(ひょっとするとリーズに似ているのかもれん)
それからローはベルドルの横顔を見た。その眼差しの先に何が映っているのだろうか。
だが、何も言わなかった。
唯、一言ベルドルに言った。
「何とも美しい葬列だな、ベルドル」
そしてローは葬列に背を向けベルドルの肩に手を遣った。
「来るがいい、ベルドル。母に会わそう」
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