第100話

(その100)


 父と娘。

 その間を繋ぐものは何だろう。

 血脈だろうか。

 それとも同じ時を過ごした重なり合う羅針盤の影の重さだろうか。それはもっと遠くに在って複雑なものかもしれない。

 だが互いに寄り添うことも無かった温もりが遠くにあっても去り行こうとする温もりを追う手があればそれだけで、互いに初めてその存在を知り得ることができるのではないだろうか。

 シリィは自分に向けて差し出された手を掴もうと手を伸ばす。

 もしかすると離れ離れになった時を繋ぐものは、僅かに手に残り消えさろうとする温もりかもしれない。

 祖父を抱きかかえるように歩み出す自分は、やがて大きく分かれた二つを繋ぎとめる大きな源になろうとしていることに気づかない。


 ――互いを分つものを一つに帰そうではないか


 祖父の声だったかもしれない。もはやそれはシリィの中で過去になりつつある。掴んだ温もりが自分のこれからなのだ。

 いや、自分じゃない。


 ――自分達の、だ


 シリィの手がベルドルンに触れた。触れてシリィは長き時を繋ぐものがここにあったと感じた。

「父さん…」

 ベルドルンの中でシリィの声が響いたのか、それは肩を震わす様な大きな波となって躰を巡り、やがて優しく触れた娘の温もりに反応する。

 それは扉が押し開かれたのかもしれない。その震えが自分の中で波打っている。

 ローは何も言わず、押し黙る。

 自分の決着とは本当はこうであった欲しかったのだと素直に言えない自分よ。今は黙れ、それしかない。

 だが決着はまだついていない。

 ベルドルンは眼を上げて、自分へ問いかけた若者を見る。

「ミライ殿…私がこの秘密を知り得たのは、リーズと共にアイマールを抜けた旅先でのこと…それはある聖なる場所でのことだ」

 息は苦しい。

 ベルドルンは肩を揺らす。

「…そこで私達は知ったのだ、つまり私とリーズも…」

 ローの視線が僅かに険しくなる。

「…私もリーズをその運命を受け入れる選択をしたのだ…ただ、小さな可能性を信じて…」

「…小さな可能性だと?」

 ローはベルドルンへ向き直る。

「何だ、それは?」

 ローは首を起こす。それから孫娘の手を払いながらよろめく様に動き出す。それは緩慢ではあったが『死』が近い物の動きではなかった。

「言え、ベルドルン」

 ローがベルドルンの肩を揺らす様にして彼を掴んだ時、恐怖交じりに声が聞こえた。恐怖とはなんと恐ろしいものか。その声は離れたどの場所にでも届くと言うのだろうか。

 その声がシルファへ向かう峡谷を行く隊列の叫び声だとミライが気付いた時、その光景は自分達が引き寄せて招いたことだと、ベルドルンもローも激しく悔やんだ。

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