第96話

(その96)


 目覚めていたという記憶ではない。呼び覚まされていたという記憶のほうが正しかった。

 ローは自分を呼ぶ声を遠くに聞いてた。その声には懐かしい人も混じっていた。だが何よりも自分を呼び覚ましたのは、自分が望んだ相手の声だった。

 その声は時々、くぐもらせながら自分を光の世界へと浮かび上がらせて来る。


 ――ベルドルンか…


 ローがその声を認識した時、自分は小さな温もりの中にいた。

 細い温もり。

(シリィか…)

 それは自分の頬を撫でている。もしかすればそれは涙の跡をなぞっているかもしれない。

 ローはそう思と、僅かに微笑する。だがその微笑で自然自分の躰に力が湧いてくるのを感じた。

 戦士として恥ずかしいことだ。

 ローは思った。

 だが、と思いながらローは鼓膜に響くベルドルンの声を聞いた。

 ベルドルンが語る真実を。

 ローは鼓膜に響く好敵手の話を聞きながら思った。

 本当の『決着』を自分は見誤っていたのではないかと。

 自分はベルドルンとの戦いの果てに、恨みの一言でも言ってやりたいと感じていた。それだけで望んでいたように思う。だが、そうなのだ、自分のいや互いの本当の決着は『真実』を見定めることだ。そこを見定めることが本当の蟠りの無い世界に到達できるのだ。

 自分はベルドルンを恨んでいた。娘を奪い、謎の死を授けた死神として。

 だからこそ『決着』とはベルドルンを撃ち抜き、それから先にあるべき世界へ進まなければならない未来を作ることだと思った。

 互いに分けた二つを一つに帰すこと。


 ――それは何か。


 互いの理解の先に有る平和だというのが、正しいとローは思っている。だが娘を死に追いやった相手を許せるか、許せないか、それは自分には分からない。そうしたことは全て死力を尽くした戦闘の後に来るのではないか。


 ――家族じゃないか?


 ミライが叫んだ言葉。


 それは分かっていることだ。

 だが、それが互いに戦士であればこそ、戦場での『決着』の果てにしか未来はやってこないのではないか。

 だが、ベルドルンは幾分か違っていたようだ。それは自分では分からない『悲劇』の答えを知らしめるために彼の『決着』は在ったようだった。

 不思議だが、

 互いは『決着』をつけたのかもしれない。

 そう思うと瞼が開いた。

 開けば、後は声の方を振り返った。


「…そう言う事か…ベルドルン」

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