第94話

(その94)



 荒い息に血が混じる臭いがする。ベルドルンは僅かに息を整えて吐き出した。血は消えぬ。

 それでいい。もし血の匂いが消えれば自分はこの世界を去るだろう。自分の心臓がそう決めていることに従うつもりだ。

 だが、伝えねばならぬことは伝えねばならぬ。

 未来を作り返れる可能性を持つ者達の為に。

「…言おう、我らを襲った謎とその宿命を」

 ベルドルンは顔を上げた。その異形の相貌に炎が灯る。

「ミライ殿、我ら竜人族(ドラコニアン)は異なる心臓を持つ」

「異なる心臓?」

「そうだ、それは竜の血脈に受け継がれ、人間としての心臓と竜として化身した竜戦士(ドラゴンウォーリア)としての心臓だ…それらは互いに共鳴し合いながら肉体に内にある」

 ミライは押し黙る。

「これらは互いに大量の血液を必要としてるが、もしそのどちらかの心臓が破壊されれば、それを補完し、生命の維持に努めることができる…」

 ベルドルンがレイピアを掴んだままローを見る。

「…つまり私が貫いた心臓は、そのうちの一つ…これは竜の血を受け継ぐもの竜人族(ドラコニアン)にとっての特性で、それが為に短命になるものもいるが、長じて強靭な躰と竜になれる変性持ち得る特性になる。そして『忌み児』とは…」

 ベルドルンが息を吐いた。

「…その心臓の一つ、竜の心臓(ドラゴンハート)の変異によって、体の一部が奪われた者なのだ…」


 ――忌み児とは…


 ベルドルンの言葉がミライの心をえぐる。それは短剣で心臓をえぐられたような深い様な錯覚だった。

 ミライはローを振り返る。視線は装具がはめられた左足に注がれる。

 ローの失われている左足。自分の腕によってはめられた装具が何事か語りかけて来る。

 自らのえぐられた心臓に。

「…忌み児は竜人族(ドラコニアン)としての特性を有すが、竜への化身は出来ぬ。それは竜の心臓(ドラゴンハート)の変異しているためなのだ…だが、心臓としての機能は失われていない。それは、分かるだろう…シリィよ」

 自分の名を呼ばれてはっとする。シリィは急ぎ抱える祖父の顔を見る。老人は息をしている、だがその息はか細い。

「ミライ殿…ルキフェルとオーフェリアの悲劇は御存じか…」

 ミライは頭を振る。ベルドルンの眼差しがシリィを捉える。


 ――君は知り給うか?


 シリィも頭を振る。


「…ならば、言わねばならぬな。竜と人間の血が混じる悲劇を…」

 ベルドルンが呻く。

「ベルドルン殿!」

 ミライが背を抱く。翼の下にある肌から温もりを感じる。この温もりは自分と同じなのだ。ミライは思った。

 人間も竜もあるもんか。

 ミライの心の空を空鷹(ホーク)が飛んだ。

 祖父の言葉と共に。


 ――ミライ、何故風鷹(ホーク)が微笑してはいかんのだ?風鷹(ホーク)もこの世界に生きる一部であし、我らの同朋ではないか?

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