第82話

(その82)


 風の中に驚く人馬の戦慄きが聞こえた。


 ――息子よ


 ベルドルンは翼をはためかせ振り返ることなく僅かに眉間に皺寄せた。

 その後に続く言葉と息子への思いを噛みしめるかのようにギリギリと音を立てる竜歯が泣く様に鼓膜奥に響く。

 それから自分の胸に手を触れる。触れれば身体が熱い。この熱い肉体の内で今二つの心臓が鼓動している。

 人間としての心臓と竜の心臓(ドラゴンハート)。

(若くもなくそれに足も無き老人の肉体なのだ。そんな身体で大量の血液を必要とするこの姿、よもやこの身体でいつまでこの姿を保て、力の全てを出せるかは私にも分からない)


 ――ならばこそ


 翼に力を籠める。

 私は急がなければならない。

 ベルドルンは思った。

(ローよ、君はきっと私がこの姿で現れると思ってるだろう。なぜならばこの姿こそが竜人族(ドラコニアン)にとっての最大の力を発揮でき、最強の敵に向かう時の最高の礼儀ある姿だと知っているからだ)


 …だがな、ローよ。


 空を行く翼が力強く羽ばたく。

 ベルドルンの視界にも鷲の嘴がはっきりと見え、そこにいる翳りが見えた。


(この姿にこそ、隠された本当の意味を私は君に教えなければならない)

 ベルドルンはぐんぐんと鷲の嘴に迫る。翳りは今やはっきりと人間の姿になった。それは背に大きな銃砲を背負っている。


 ――ローよ、この姿にこそ我らにとって大きな意味があるのだ。

 

 それは

 我らの長年の探していた答えでもあるのだよ!!


 ベルドルンは腰に吊り下げた剣の柄に手を遣った。

(我らはこれから互いにそうした全てを互いに分ちあう為に決着をつける。それしか方法がないのだ。蟠りを越えた先に真実を受け入れる為には、これしかないのだ!!)

 血が騒いだ。

 戦いを求める戦士の血が騒ぎ、それが心臓を激しく脈打ちたせ、咆哮をベルドルンに上げさせた。

 瞬間、ベルドルンの口が僅かに動いた。


 …リーズ

 ベルドルンの若い声だったと風は記憶するかもしれない。


 ――うぉおおおおおおおぉ!!!


 叫ぶ終えるとベルドルンは竜歯を激しく噛みしめた。それは先程の息子への言葉無き思いを噛みしめたような音ではなかった。

 死地へと踏み込める戦士としての湧き上がる歓喜で歯が震えるの歯鳴りだった。

 その時だった。

 その歯鳴りを消し飛ばさんばかりの轟音と突風がベルドルンの鼓膜に響いたのは。

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