第81話

(その81)


 ――あれがベルドルン


 ミライはシリィと共に地面に伏せながら、周囲を覆う煙硝の匂いと白い煙の中をマントで口と身体を覆っている。


 ――これは煙幕弾。


 ミライにも先程の轟音と今の状況から、ローが煙幕弾を放ったのだと分かった。 視界は霧の世界の様でほぼ見えない。

 鷲の嘴は白い世界となっていた。

 この白い世界を吹き飛ばす風が吹くまでは、誰一人この場を離れることができない。この世界ではどこに誰がどこいるのか分からなかった。

 息を細くしながら、それでもどこかに誰かが居る気配を探る。

 探りながらミライは手にした焔杖(イシュタリ)で銀色の翼を指して叫んだ時、瞬時に脳裏に映った姿をミライは思い出した。それはほんの一瞬だったがはっきりとまざまざとミライの脳裏に焼き付いた。


 ――空から釣り下がる体躯を支える翼


 しかしそれは人間の身体の様に見えた。

(あれは人ではないのか!!?)

 瞬時に湧き上がる疑問と同時だった。


 ――竜とは人間なのか??

 

 風が足元を流れるのを感じた。見れば白煙が流れてゆくのが見える。

(煙幕が消える…)

 そう思った時と自分の手を握る温かさが触れたのが同時だった。

(…シリィ)

 ミライは触れた手を強く握った時、不意にある女の言葉が頭をよぎった。

 

 ――『空を飛ぶ化け物を弓で射落としたと思ったら…何、あんた…、一体あんた何者なの?』


(空…)

 ミライはその言葉にはっとなって顔を上げた。

 上げると白煙が急速に流れてゆくのが分かった。

 それから段々と視界が広がってゆく。そしてその視界が開けた時、ミライはそこで互いに対峙したまま、未だ煙に包まれて動かぬ二つの姿を見つけた。

 そこには人間と化け物が居た。

 それはシリィにもはっきり見えた。見えると思わず悲鳴にも似た声を出した。

 ミライはそんなシリィを抱える様に立ち上がり、対峙する双方を見る。

 互いに銃身と剣を構えているが二人は何も言わない。無言の緊張が鋼のような体躯を造らせて、来るべき時に備えているかのように見えた。

 ミライはローが対峙する相手の相貌を見た。

 広がる翼の下で眼は鷲の様に見えた。また口には無数の牙が見え、どこか昔祖父の書庫で隠れ見た鷲竜(グリフォン)に似ていた。

 だが皮膚は鱗になっており鷲竜(グリフォン)を模した兜を被る戦士のように見えた。

(あれが…竜(ドラゴン)??)

 ミライは首を振り思った。

「…違う!!あれは人間…」

 その時、強い風が吹いた。

 強風が鷲の嘴から全ての煙を追い払う。

 ミライは次第に振り払われた世界の中で眼前に現れた真実に、思わず驚愕した。何故ならば異形の者の足に在ってはならぬものをミライは見たからだった。

 ミライが見たものそれは。

 シリィの手を握る手が汗ばむ。


 ――あれは自分が老貴人の為に成した装具!!


 つまりそれが意味すること。


 ミライは悟った。

 そう、

 この存在の正体は…。


 ミライの動揺が撃鉄に触れるローの指音と交じり、次に老武人の寂びた声がミライの耳奥に響いた。

「やはり…運命を知りたいというのは若者が持つ瑞々しいばかりの愚直な願いかもしれんな…」

 ミライは唾を飲みこみ、まじまじと異形の者の相貌を見つめる。

「そう思わんか、ベルドルン?」

 言ってローが撃鉄を引いた。

 瞬時に轟音が響いて思わずシリィが耳を塞ぐ。

 ミライは微動せず、眼を凝視したまま銃弾が間相手の眉間を貫くのを見た…、

 筈だった。

 異形の者は銃弾に倒れることなく静かにに何事も無く立っている。何かに銃弾が反射した微かな音だけを残して。

 だがミライは異形の者の面前にあるものを見た。

「あれは…?」

 眼前に差し出された細い存在。

 それに弾かれて、弾丸は峡谷の底へと流れ落ちてのだ。

 放たれた銃弾を弾いた物。

 それは剣先が細く、錐のように先が細くなっている長剣。

「…レイピア…」

 ミライは確信した。

 細くて鋭い長剣。

 その外見からは分からぬほどの重さを持つ剣。この剣を使いこなす優れた剣士。もはや疑いの余地が無かった。

 この異形の祖残は自分が良く見知っている老貴人。


 ――ベルドルン


 銃身を下げながら、ローはベルドルンを見つめて言った。

「ミライよ、良く見るがいい。この姿こそ、竜人族(ドラコニアン)としての最高の力を出せる姿。つまり竜へと変身した竜戦士(ドラゴンウォーリア)の姿よ」

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