第43話

(その43)



 朝はどこに居ても変わらぬ。

 若者はそれを降り注ぐ陽の光の中で思った。降り注ぐ陽の煌めきも光が持ち込む始まりの期待も。

 窓向うに山脈が見え、雲が掛かっている。風が吹いているは若者にも分かっている。

 その風に誰かが言った言葉が風に乗って聞こえた。


 ――夕立が来る、

 いや昼前かもしれない。


 若者は静かに目を閉じて風の中に消え去ろうとする言葉の温度を探る。

 

 君か

 君の言葉だ。


 若者は揺れる睫毛の下で浮かぶ人を思う。

 足の傷は幾分か癒えた。ただ、動けば痛みがある。

 その痛みが消えた時、

 自分は去らねばならない。

 若者は瞼を開けた。

 窓外を吹く風がやって来る足音を運んだのだ。

 陽が差し込む。彼女の後に。

「起きてた様ね」

 微笑する瞳が陽に反射して美しい。

 若者は身体を起こした。それを横目で彼女が見つめている。

「流石、武人というところかな。身体は大分良いみたいね。日々身体を鍛えているからでしょうけれど」

 言いながら木皿に小さな塊を乗せて持ってきた。

「さぁ、これ食べて」

 若者が手に取るとそれは小さな葉に包まれたものだった。

「ナブーの残りをパイヤって薬葉で巻いたものよ。この土地ではね、残すものなんてなくてね。食べものは大事に全て食べるのよ」

 言ってから笑う。

「昨日の残り物で申し訳ないけど」

 若者は首を振る。

「いいや、とんでもない。土地のものでもない余所者の私にこのように宿と傷の手当、それからこのような食事と気遣いをしてもらって感謝している。リーズ、ありがとう」

 真面目に頷くと口の中に放り込む。その様子を彼女が見ている。

「ベルドルン、あなたの国に神は居る?」

 その言葉に若者が顔を上げる。

「神?」

 言って僅かに睫毛を揺らす。

「そう、神よ」

 言いながら彼女がベルドルンの側で足を見ている。傷を負った箇所を軽く指で触れている。

「化膿はしてないみたいね」

 それから瞼を上げる。

「それで、どう?神はいるの?」

「神か…」

 ベルドルンは少し見上げるように言った。

「私の国では神などは居ない、信仰として我々が信じているのは唯一古代竜王ルキフェルのみだ」

「古代竜王ルキフェル…」

 リーズの言葉にベルドルンが頷く。

「我らの遥か伝説の存在、そう我ら竜人族の父」

「じゃぁ母なる存在は?」

 ベルドルンの眼差しをリーズが見つめる。

 思わずベルドルンは言葉を失った。

 竜人族の母なる存在、

 それはオーフェリア、竜人族の言葉で『枯れぬ花オーフェリア


 ――『枯れぬ花オーフェリア

 若者はその言葉を思わず口に出そうとした。

 しかし、それを遮るように自分に向かって太く強い言葉が放たれたのだ。

「客人!!」

 その声にリーズが振り返る。そこには大きな木槌を持った父親が立っていたからだ。その姿に驚いて娘が言葉をかける。

「父さん、どうしたの?」

 娘の言葉に装具の足を鳴らして、娘の言葉を無視するように髭面をせり出しながら男は若者に言った。

「さぁ、食事は済んだだろう。客人、悪いが昼には夕立が来る。その夕立、どうも風雨だけでなく風が強いようだ。泊まらせて悪いがこんなおんぼろ家じゃ激しい雷雨に心もとない」

 言うや木槌を若者に放り投げる。それをベルドルンがしっかりと受け取る。

「おう、それだけ上半身が動けば上等。すまないが壊れた壁や窓の補修をしてもらおう」

「父さん…」

 リーズが言いかけようとするのを若者が止める。

「いや、いいんだ、リーズ」

 言い終わると若者は寝具をはねのけ、身体を捻ると静かに床に立った。

「ロー殿」

 それを聞いて満足げに、ローが頷く。

「よし、修繕する箇所は娘に伝えよう。すまないが頼む」

 言うやベルドルンに背を向けた。

「さぁ今日は忙しくなりそうだ」

 そう言うと大きな背を揺らしながらローは風の強くなった世界へと歩き出した。

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