第38話


(その38)



 星が見える。

 若者は陽が遠くの山に消えると、空を見上げた。

 夜が来る。

 今まで身体を寄せていた木から身体を少し動かす。辺りには誰もいない。

 ――男と女、

 いやあの二人は親子だ、と若者は認識している。

 その二人は自分を川沿いの側から少し離れたこの木の下へ移動させると、陽が暮れる前に姿を消した。

 ちらりと木の幹へ視線を送れば、そこに自分が帯剣していた長剣と短剣が置かれている。

 この意味を理解すれば、自分達に危害は無い、もしくはあるとしても十分、打ち倒せるという判断なのかもしれない。

 思うと若者は微笑した。微笑はしたが直ぐに黙った。黙ると女の顔が思い出される。

 額で綺麗に分けられた栗毛の髪に同じ色をした瞳、肌は陽に焼けてはいたが、綺麗に伸びた鼻筋と強い意志を秘めた眼差しは月夜の明かりに照らされればそれは星の輝きの中で消え、きっと代わりに人間の若い乙女としての輝きを放つに違いない。

 その輝きの前に自分が立てば、恐らく自分自身が彼女とは異なる種族であると言うことを強く認識させられるだろう。

 その違いを生む摩擦が今自分の胸底に宿っている。

 しかしその摩擦は戦いで剣と剣を戟するようなそんな激しいものではない。

 何故か不思議と自分の中で乾きが何かを求めている、そんな感じなのだ。

 それを例えることなどできようか。

 若者は空を見上げた。星がより一層輝きを増している。

 その輝きは自分だけに降り注いではいまい。

 彼女にも降り注いでいる。

 摩擦はまるで火花のように、火花を散らすが、それはしかしながら優しい。

 若者は胸に手を当てた。

 摩擦を探る様に掌でその存在を知ろうとする。

 それは風を起こした。

 その風は心の中の風だ。

 その風は森を駆け抜ける。やがてその風が森の木々を揺らす。

 すると森の中にある無数の木々の中から無作為に選ばれた二枚に異なる葉が空へと舞い上がった。


 ――選ばれた二枚の対葉


 その葉の行方を若者の眼差しが見つめている。

 二枚の葉が風で交わり、やがて重なる様に大地へ落ちてゆく。

 それは重なり合うように。

 季節はいくつもその葉の上をめぐる。

 季節の移ろいで互いは腐りながらもやがていつか混じり合いながら同じ種となろうとしている。

 自然の摂理に従うように。


 若者は感じた。

 これを『恋』というのか。

 選ばれた二枚に対葉として移ろいゆく季節の中で重なり合うように、種を残す。

 それは自然の摂理に従う何者以外でもない。

 竜人族の遥かな祖である古代竜王ルキフェルは人間の娘オーフェリアと『恋』に落ちた。

 伝説上の竜王ルキフェルでさえ『恋』におちたのだ、その伝承は謂わばその子孫である自分にも訪れるだろう「予告」でもあり「その時」はルキフェルの遺伝の覚醒に他ならないのだ。

 自分も『恋』に落ちるのだ、

 竜王ルキフェル同様、

 人間の娘と

 


 若者は思うとそれから顔を上げた。

 星の輝きが道を照らしだしている。

 道の低い草を踏む優しい音がする。その照らし出す道を誰かがやって来ている。

 若者は静かにその道先を見つめた。


 誰が来ようと言うのか?


 星に照らし出された道を歩いてくる月影の人を。

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