第36話



(その36)




翼竜ワイバーン…?」

 ミライは呟いた。

 その呟きに応じるように、老人が縦に首を振る。

 若者も老人を見ている。薄く閉じられたその視線は老人の左足を見つめている。表情に僅かに驚きが見えた。

 ミライは思い返す様に耳の奥にこだました言葉を呼び戻す。

 そう、確かに自分は聞いたのだ。

 ――竜人族に伝わる不具を持った嬰児は捨てられる、と。

 それが一体何を意味するのか。

 言葉の意味を推し量ろうとする。

 不思議だ、

 何故かその言葉が心に染み渡る。

 無意識に指が顔に振れた。

 触れた指がゆっくりと言葉の意味を探る様に頬を伝いミライの瞼をなぞった。

 老人の記憶する言葉が何故か傷のように瞼に響く。

「おじい様…」

 シリィが困惑した表情で祖父を見つめる。彼女もその意味を推し量ろうとしているのだろう。

 いやそこにいるミライも若者も皆そうだった。

「いま儂が話した言葉の意味…、分からぬわけではあるまい?なぁ、ベルドル殿よ」

 軽く顎髭を撫でた老人の言葉に、若者は鷲の白い羽飾りのある黒い鍔帽子の縁を軽く握ると、僅かに軽く引いた。

「そうでしたか…、いえ、父は申しませんでした。まさか、ロー殿、あなたが…」

 そこで帽子を目深く被り直すと、短く強い口調で言った。

「竜人族の『忌み児いみご』であったとは」

 その言葉に老人が目を逸らす。しかし、それはどこか薄く笑っていた。

「竜人族の『忌み児いみご』だって…?」

 呟くミライの言葉に若者が頷く。

「そうです。竜人族では不具を持った稚児は慣習により使い竜の翼竜(ワイバーン)によって、竜族の王国の届かぬところへ空から捨てられるのです」

 シリィが恐れるように祖父を見る。祖父は唯黙って何も言わなかった。


 ――不具があるものは捨てられる。


 その言葉がミライの頭の中に響く。

 思わずミライは強い口調で言った。

「空から…捨てられるだって…??それは何故??まだ何も知らぬ赤子だろう!!」

 ミライが鬼気迫る表情で若者へ言葉を放つ。

 それはまるで捨てられた稚児が吐き出す呪いの言葉のように。

 ミライは心が痛んだ。

 自然と瞼を指で押さえる。

 老人の長年背負っていた感情が自分の心を通じて湧き上がり、瞼を熱くする。

 しかし、何故こんなに自分は心熱くなるのだろう。

 ミライは若者を見た。

 若者は落ち着いた口調で話し出す。

「何故、不具のある稚児を捨てるのか…、それには理由があるのです」

「理由だって…」

 ミライが顔を上げて問いかける。

 理由を求めるミライの眼差しをシリィが静かに見つめている。

「その理由は…?」

 若者の顔が僅かに動いた。

 老人の方を向く。

 老人は鼻を小さく鳴らして、顎を引いた。

 若者に答えよ、と合図したのだ。

 それに応じるように鷲の白い羽飾りのある黒い鍔帽子の縁から手をゆっくりと離すと、息を吐いてミライを見た。

 その眼差しがミライと対峙する。

「不具を有する者は竜になることができぬからです」

 若者の言葉にミライは大きく見開いた。

 

 そうか…

 

 老人の回想の中で話した誰かの言葉。

 そう、リーズと言った女性が言った言葉の意味が今ミライにははっきりと分かった。


 ――『


 ――姿


「……そうか…、つまり、ベルドル殿…、あなたは…」

 シリィもミライが発した言葉の奥に潜む驚きを感じて、驚きと恐れを抱きながら祖父の顔を見上げた。

 祖父は唯黙って若者が言葉を発するのを待っていた。

「そう、竜人族は古代竜エンシェントドラゴンの血を受け継いでおり、その姿を自在に人間から竜に変えることができるのです」

 若者が放った言葉はミライとシリィにとって初めて聞く想像もつかない驚きだった。

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