第35話
(その35)
若者も男の急激な変化を目のあたりにした。
男は途中まで女の背に隠れるように居たが、女の言葉に突然に豹変して目の前に立っている。
まるでその姿は怒れる竜のようだった。
口からは漏れる息が竜の息吹のように熱い。
若者は男の目を見る。
その相貌の奥に輝く目が自分を見つめているが、それがどこか似ていた。
――誰に?
若者は思い続ける。
――この眼差しは…、似ている…、それは誰に…??
「父さん!!」
身体が小さな力で揺れる。
男は無言のまま若者を見つめている。その眼差しの奥に憤怒の炎が見える。
「一体、何よ…、急にそんなに怖くなって…」
鬼気に呑み込まれないように精一杯の強い意志を込めて声を出す。
僅かだが女の意思に感ずるように、男が目を動かした。
しかし直ぐに若者を捉える。
それから数秒、息を止めた。
若者の視線を受けながら男が息を吐く。それから呟くように言った。
「そうか、なるほどな。北から来た空飛ぶ奴…」
吐き出された男の言葉に女が顔を上げる。
「父さん、何か知っているの?」
若者が男をじっと見る。
「俺も北から来たのさ、空を飛んで」
若者が目を少し見開いた。男の言葉に女が僅かに笑う。
「父さん、止めてよ。その話はおばあさんが眠る時に聞かせていた父さんの寝物語でしょう。父さんが空を飛んできた鳥の籠から落ちた子供だったなんていうのは…」
その言葉に若者が僅かに反応する。
その反応した動きを男の眼差しが捉えた。
「分かるか…?今の話で反応したな?」
若者は思考を巡らせながら、何かを思い出そうとした。反応したのは自分の中に眠る何かに反応したからだ。
それは何か?
若者は先程の女の言葉から何かを感じたのだ。
それは一体何に反応したのか?
――父さんが空を飛んできた鳥の籠から落ち子供だったなんていうのは…
これは、もしや…
若者は何かを復唱するように記憶に囁く。
そうだ…
――空
――鳥の籠から落ちた子供…
これは…
竜人族の…
そこで若者は顔を上げて男を見た。
怒れる竜のような男の姿。
口からは漏れる竜の息吹のように熱い息。
相貌の奥に輝く目。
(そうか)
若者は思った。
――この眼差しは…、そうだ似ている我々と。
(今はっきりと私の感情と記憶を揺さぶる何かが分かった)
若者は男の足を見た。
(そうにちがいない…)
左の足は失ったのではない。つまり生来無かったのだ。不具を持ち合わせて生まれたに違いない。
――ならば…この男は…
若者は唾を呑んだ。
――私は知っている。
竜人族に伝わる不具を持った嬰児は捨てられるのだ。
空の上空から大きな
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます