魔王と呼ばれた男


「やめろ・・・頼む!助けてくれ!頼むから・・・妻と子供だけは!」


「言ったでしょう?初めから協力してくれるなら何もしないと。大人しく【クリフ砦】まで着いてきてください」


「あなたダメ・・・お願いしますこの人を連れていかないでっ」


季節は冬。雪深く例年であれば雪まつりが行われていたその村は炎に包まれていた。


「連れていきなさい」


「はっ!ほらこっちだ!抵抗はするなっ!女子供は下がれっ!」


「ハルト!」


「パパ!」


「・・・いいんだ。この世界に来てクレナと出会ってユウハが産まれて・・・幸せだった。クレナ・・・ユウハ・・・パパは2人のことずっと愛してるよ」


「ハルト・・・っ・・・私も!私もあなたを愛してる・・・うう・・・」


「別れは済みましたね?ではハルトさんこちらへ」


「・・・ああ。この体が必要なんだろ」


「正確には異世界人特有のその特異な魂が、なんですがね。では・・・行きましょうか・・・ゲート」


ーーーーーーーーーー


おれがこの世界に転移して来たのはもう15年も前だ。きっかけはわからないが気づいた時には川岸に倒れていたらしい。そこを助けてくれたのが冒険者のクレナだった。


身元も知れず、言葉も通じず、こちらの人からすると奇怪な服装のおれを親身になって介抱してくれた。


1週間程経ったところでクレナが通りがかりの行商人から指輪を買ってきた。嵌めてと身振りで渡してきたその指輪を嵌めると何故か言葉が理解できるようになっていた。


言葉わかる?これは翻訳の魔法がかけられた指輪なの!高かったんだからね!


と、戸惑うおれにクレナは満面の笑みだったのをよく覚えている。その日はクレナが得意だという唐揚げを死ぬほど食わされた。それからはクレナへの恩返しとして村で畑仕事や前居た世界の知識を使って生活の補助をしたりしていた。


そんなある日、ダンジョンに出かけたクレナが傷だらけで帰ってきた。どうしたんだと焦って尋ねると、足を滑らせて崖から滑り落ちたと言う。てへへと笑う彼女になんだか体の力が抜けていく。呆れつつもひとまず手当をしなければ、と、折れているであろう左手に添え木をする。苦痛に歪む彼女を見て、痛そうだな・・・早く治れと願った瞬間それは起きた。


一瞬自分の手が光ったかと思うと彼女の体をその光が包んでいたのだ。突然のことで呆けていたが、ふと光が収まりハッとなって大丈夫?と声をかけた。


彼女の体の傷は全て消えていた。


どうやらおれには治癒の力があるらしい。それも医療魔術を主とする医者や、国家専属医療魔術師団、宮廷魔術師等よりも遥かに強力な治癒の力が。この日もお祝いだねー!とテンションの上がった彼女は大量の唐揚げを作り始めた。


もちろん死ぬほど食わされた。


クレナは凄い凄いと騒ぎ立てたが自分自身実感が無かった。それからはしょっちゅう傷を作って帰るクレナの傷を癒したり、他の冒険者やお隣さん、果ては近隣の貴族の人達や王族の人達も治した。


そうして治しているうちに不思議と体が強くなっているような気がした。どうやらおれは治癒を施す度に所謂レベルが上がるらしい。ここに来て1年も経つ頃にはB級冒険者であるクレナよりも強くなっていた。


お互いがA級になると同時におれ達は国内のダンジョンや魔物退治等で指名がかかるようになり、旅行気分で色々と旅もした。


もちろん帰宅した時には死ぬほど唐揚げを食わされた。もはやこれは呪いなのかもしれない。


火水風の魔法を操り、一部最上級魔法まで放ち、剣の腕も騎士級のクレナ。魔法は治癒のみだが、レベルのおかげでA級クラスの魔物を素手で殴り殺せるほど強靭な体を手に入れ、いつしか英雄と呼ばれるようになったおれ。


そんな暮らしが3年ほど続き、2人がSS級に昇進した頃クレナの妊娠を期におれ達は結婚した。次の年、母親譲りの赤髪が似合う元気な女の子、ユウハが誕生し、唐揚げで盛大に祝った。


ーーーーーーーーーー


「では、その魔法陣の上に立ってください」


おれ達の村を襲った黒いローブに身を包んだ男。恐らくリーダー的な奴だろう。


ユウハを、クレナを人質に取られなければこんなやつ・・・。おれは言われた通り魔法陣の真ん中に立った。


魔法陣が発光し・・・気味の悪い魔力が体に流れてくる。


「さて・・・自己紹介がまだでしたね?私はケイ。まぁ・・・本名はケイイチと言うのですが」


「ケイイチ?・・・その名前まさかお前も異世界人か!?なぜこんなことを・・・」


「ええ。あなたと同じです。なぜ?ですか。それはこれからわかると思いますよ」


魔法陣から流れてくる魔力が強まり・・・今度は反転、一気に魔法陣に吸い寄せられる。おれの魔力が、肉体が、意識が・・・飛ぶ。


「成功・・・ですかね?ふふふ。ですが試してみないと。おい」


「はっ」


ケイと名乗る黒ローブの男は部下に声をかけた。数分後意識を取り戻したハルトの目の前には剣を突き立てられたクレナとユウハの姿があった。


「な、なんでっ・・・ユウハ!クレナ!い、今治すから!」


「ハルト・・・ユウハを先に」


「あ、ああ!ユウハ!すぐ治してやるからな!剣を抜くから少しだけ我慢してくれ!」


「っ・・・パパ・・・おなか・・・おなかいた・・・いよ」


「大丈夫だ今すぐにっ・・・な・・・んで・・・なんで治らない?なぜだ!」


「ふふふ。その様子だと治癒の力は失われていますね。成功だ」


「な、なにを・・・いやいい!頼むクレナを!ユウハを助けてくれ!頼む!」


「非常に心苦しい限りですが、あなたにもう用事はありません。本来ならば3人まとめて殺して差し上げるところなんですがね・・・ふふふ。そうですね・・・あなた何でもしますか?」


「何でもする!何でもするから2人を助けてくれ。お願いだ・・・」


「わかりました。ではあなたの妻と子供には回復魔法をかけてあげましょう。条件をクリアしたら、ですが。今からあなたを帝都の属国であるアルフレイトの王城へ転送します。そこの者達を皆殺しにしてもらいましょうか。ああそうそう。この薬をどうぞ。あとこれは万が一あなたの命が消えかけた時ここに戻ってこれるようにゲートを施したネックレスです。どうぞ。ほら、安心でしょう?」


「あ、あなたダメ・・・やめて」


「・・・わかった。薬をよこせ。・・・んぐっ・・・はぁ・・・すぐ転送しろ」


「素直ですね。ハルトさん。あなたには好感が持てますよ?同じ異世界人としてね」


「何が同じ異世界人だ・・・!待っててくれクレナ、ユウハ。すぐだ。すぐ戻るから少しの間我慢していてくれ」


「ふふふ。水晶を通してあなたの活躍ぶりを拝見するとしましょうか・・・それでは・・・ゲート」







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「タズげるッ!グレナを・・・ユうバ!だずげルンだ!た・・・すケデ・・・ガァあィアああ。」


「や、やめろ!その姿・・・ハルトなのか?英雄と呼ばれたお前がなぜ!だ、だれか!」


「ハルトさん!あなたに命を助けられた第二王女のユフィアです!もうこんなことやめてください!」


「お下がりください!ユフィア様!早くこちらへ」



「オレがマもルんダ!くれナとユ・・・うハでまた・・・グゥウううオーーーーミナゴロしにしなきャ・・・【クリフ砦】二・・・クれナ・・・ユウ・・・ハ」


「ハルトさんっ・・・なんで・・・」



それは殺戮であり惨劇だった。その瘴気に触れられた者は毒を盛られたように口から血を吐き、全身から出血して腐り死んでいく。そして死んだ者達はゾンビやグールと変容していった。数少ない生き残りの証言によると、その惨劇を起こした本人は頭から角を生やし、黒い体表の上を毒々しい赤紫の模様を血管のように走らせていたという。


アルフレイト国は滅んだ。美しかった山や湖ももはやない。ハルトから溢れ出した瘴気は周囲を蝕み、ゾンビやグールだった者達はリッチや死霊騎士へと進化していく。






精神を汚染されたハルトは王城に一人佇む。






何をすべきなのか、すべきだったのか。







その全てを忘れて。





ーーーーーーーーーー



「ハルト・・・ユウハ見ちゃダメ。ママが抱きしめてあげるからこっちにきて・・・そう。いい子・・・ね」


「ほらほらちゃんと見て差し上げてください。ハルトさんはあなた方の為に頑張っているのですよ」


「このっ・・・悪魔!ハルトに何をしたの」


「悪魔・・・ですか。ふふふ。いや失礼。彼の力はどうしても必要でして。ついでに薬の実験台になってもらおうかと思っただけです。どうです?素晴らしいでしょう。治癒の力は魔法陣で吸い付くし、彼はその対価として汚染と破壊の力を得た。この薬は王族殺しという大罪を苦もなくこなせるようにと私からのプレゼントです。まぁ・・・肉体や精神はあのように魔人になってしまいますが・・・これは私なりの慈悲のつもりですよ」


「なんて・・・ことを・・・かはっ・・・」


「おやおや大丈夫ですか?」


「ケイ様。シド様より帰還命令が」


「もうそんな時間ですか?せっかく面白いところなんですが・・・仕方ありませんね。ではこの砦は破棄、直ちに帰還しましょうか。ああ・・・その水晶はプレゼントです。すみませんね。約束は守りたかったのですが・・・あのご様子では彼をここに呼んだところであなた達は彼に殺されてしまうでしょう。ふふふ。そこで命尽きるまで見守っていてあげてください。ではこれで失礼しますね。ゲート」










恐らくもう息を引き取ったであろう娘をその腕に抱くクレナ。








変わり果てたハルトを見つめるその虚ろな瞳からは涙が溢れている。











「ユウハ・・・ハルト・・・愛してる」








ーーーーー

ーーーーーーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

現在





「ここは・・・確か【クリフ砦】?・・・」




覚束無い足取りで





「おれはここに・・・戻ってこなきゃいけなかった?・・・ダメだ・・・思い出せない」




ハルトは





「なんだっけな?・・・ああ・・・なんか腹・・・減ったなぁ」





1歩ずつ





「なんか大切なことを忘れてる気がする」





1歩ずつ







「魔法陣・・・?」










その部屋にたどり着いた

































「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・クレナ。ユウハ。」
















おれは












「うああああああああああああああああああああああああああぁぁぁあああああああ」













守りたかった













































今日も唐揚げかよ!作りすぎなんだよ毎回!


だって得意な料理ってさ、ついつい気合い入っちゃうじゃない?だから・・・いっぱい食べてね?


ユウハ・・・お前も大きくなったんだからいっぱい・・・食べれるよな?


ママの唐揚げ好きーー!パパも好きでしょ?


・・・・・・はい、死ぬほど食べたいと思います


じゃあ、みんなで








「いただきます」



















また

























キミの作った唐揚げが食べたいよ。クレナ。

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