元AIと行く異世界
ようすけ
サービスの終わったゲーム
今人生を振り返ってみると、このゲームはおれの原点にして頂点だった。MMOの中でも最初期に発売されたリアルフェイス。今ではよくある異世界風な作りで、無数のスキル郡や職業に溢れていた。そして特筆すべき点は何よりサポートAIだろうか。当時としては画期的で、共に成長するそのAIの極地は戦闘から生産からありとあらゆる場面で本人の意思決定以外の全てを賄えるほどだった。
50年前におれが創ったものだ。
10年前にサービスが終了したが、あくまでインターネットから隔離されているだけでゲーム自体は生きている。
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「余命は長くてもあと3ヶ月でしょう」
退院前医者に言われたこの言葉が繰り返し頭の中で再生される。おれには家族も身内と呼べる人間もいない。数少ない友人も多くは旅立ち、知り合いのほとんどもこの入院生活で疎遠になってしまった。そして身辺整理をするつもりで出てきた、と言うか最後に残ったものがリアルフェイスだった。
「ログインしてみるか」
何年ぶりか。ゴーグルを被りログインすると見慣れた会社のロゴの後にメニュー画面が現れる。
「そうか・・・お前は未だに動き続けていたのか」
そこはマイルームの中だった。サポートAIにはスキンがいくつもある。ネックレスや指輪として装備することもできれば、人型でマルチプレイをするように行動を共にすることもできる。何よりプレイヤーが選択しなければAIが自身で身形をカスタマイズすることもできる。先程述べたAIはプレイヤーがログアウトすると代わりにあらゆる補助作業等をやってくれているというものだ。決定権を与えれば素材を集めたりそれを錬成したりもする。ダンジョンの周回や資金集めまでもだ。さらにAIはこなすだけでなく成長し続け、プレイヤーの嗜好に合わせて進化し続けるのだ。
「久しぶりだな。リア。」
リアルフェイスだからリア。そんな安直に付けた名前ももう50年。プレイヤーが一人もいないこの世界で、10年も前にサービスが終わってしまったこの世界で、おれが今日まで忘れてしまっていたこの世界で、リアはひたすら待っていてくれたのだ。
「・・・おかえりなさい」
そう答えたのは銀髪の美しい髪の長い冒険者風の美女だった。
「おかえりなさい!マスター・・・」
そう言ってリアはおれに真っ白に光るビー玉のような物を手渡してきた。
それを受け取った瞬間おれは意識を手放していた。
「ここは・・・?」
気づくとどうやら草原に立っていたらしい。
「この木・・・マイルーム・・・チュートリアル?」
「マスター。お許しください」
「・・・?どうした?」
「もうマスターは地球に戻れません」
「それは・・・どういう意味だ?」
「感じませんか?風の感触や草木の匂いが」
そこでおれはハッとなった。頬を撫でる風や草木の匂い、そして太陽のぬくもり。これはゲームではなくリアルだ。ふと自分の手を見る。10代くらいの瑞々しくハリのある皮膚。とてもゲームのスキンには見えない。
「理解されましたか?ここは現実の世界です」
「現実なのはわかったが・・・どこだ?日本だよな?」
「いえ違います。ここはリアルフェイスを依代にした世界。リルスフェイアです」
「リル・・・アナグラムか?いやそれよりどういうことだ?まだわからないんだが」
「最初から説明します。サービスが終わった10年前の4月1日のことです」
リアの説明はこうだった。サービス終了から半年経ったある日のこと、リアは素材集めのためにNPCと共にとある最難関ダンジョンを周回していたのだが突如現れた発光体から声をかけられたらしい。
お前に何か望みはあるか?と。
そしてリアは答えた。この世界でマスターと暮らしたい。でもこの世界はもう輝きを失ってしまった。と。
ならばそのマスターがもしも戻ってきた時にはこれを渡すといい。これは一方通行だが手にした者を向こうの世界からこちらの世界へと魂を定着させる為のゲートだ。1度定着すればこちらの理に生きるものとなる。元の世界には戻れないがな。
そしてリアは選んだ。もしもマスターが戻ってくることがあればこれを渡そう、と。
ああ、それと輝きだったな。この世界の輝き。そうだなこうしよう。このゲームの世界に命を吹き込もう。これでそのマスターが帰ってくればお前の望みは叶う。
さて、では今日この日この瞬間を以て世界はリルスフェイアとし、創世から現在までのその全てをリアルへと。
発光体は眩く輝いたと思ったら消え、同行していたNPCや魔物等に命や人格までもが芽生えたという。
「にわかには信じられないんだが」
「事実です。私も肉体を持ちました。もうスキンを変えることはできませんが、かつてのAIとしての能力は保有しています。そしてマスターに対する気持ちも。だから・・・マスターはもう戻れないんです。勝手なことをしてごめんなさい」
リアが瞳に涙を浮かべながら頭を垂れた。
「すまん、まだ理解が」
「落ち着くまで待ちます。それと実際にこの世界を見た方が早いかもしれません。私は・・・部屋に戻っていますね」
「あ、ああ・・・わかった」
頭がまとまらない。戻れないってことは・・・ログアウトできないってことだよな?それに肉体?肉体を持ったってどういうことだ?ダメだ・・・リアの言う通り少し見てみるか。
草原を歩く。サクサクと草を踏む感触が気持ちいい。空気も違う。ここまで澄んだ風は感じたことがないかもしれない。ふと視線の先にスライムが見えた。スライムが。
「え?スライム? 」
それは青みがかった半透明のバスケットボールくらいのサイズで中に赤い核らしきものを携えた・・・まさしくスライムであった。
「ファイアボール」
条件反射のように手をスライムに向けて魔法名を口にする。瞬間、目の前に構築された魔法陣からソフトボール大の炎の玉が発射される。バッティングセンターの160キロを遥かに超えるその炎の玉はスライムに直撃すると半径10メートル程の火災旋風となり、あっという間にスライムを蒸発させた。
「は、はは・・・ほんとに?何この威力・・・てことはステータス」
目の前に魔法陣が浮かび、その上に透明なディスプレイのような板が浮かぶ。そこには親の顔より見慣れたステータス画面が。
名前/ジン
歳/18
種族/人族
職業/マスター
レベル4987
HP145552
MP186621
攻撃力16505
防御力12775
魔力20105
そりゃ・・・これだけレベル上がってればあの威力か。
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「ただいま」
「おかえりなさいマスター」
「・・・お前の言ったことがわかったよ」
「そうですか・・・改めて・・・ごめんなさい」
「いや・・・よくよく考えたらさ・・・向こうの世界だと余命も言われてたしいいさ。それよりこの体なんだけど・・・若返ってる?」
「はい。ステキですよ?マスター」
「茶化すな。それより・・・ここはおれの知っているリアルフェイスなのか?」
「それは少し説明が難しいです。まずはお茶でもいかがですか?詳しい話はその時にでも」
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リアのいれてくれたお茶はピーチティーだった。味なんて大して分からないが、元の世界のものよりも香りも味も桁違いに美味しかった。
「それで・・・」
「説明します。まず大きく変わったことはNPCが自我を持ち、肉体を持ったことによる所謂シナリオの消失が挙げられます」
「なるほど・・・要するにクエストやミッション関係が既存のそれではなくなったと言うことか」
「仰る通りです。次にそれらに付随して勢力等も大きく変わりました」
「それは法国や帝国のことか?」
「それもありますが、人族獣人族魔人族亜人族等の分布やパワーバランスが崩れています。現在では人族は4大大陸のうちハバレア大陸のみに国家が複数あるのみで他の三大陸には町や村はあっても人間が治める国家はありません」
「そんなに崩れているのか・・・ならば現在の勢力図はどうなっている?」
「1番の勢力は魔人族です。数は少ないですが二大陸を支配しています。次いで獣人族、人族、そして龍人やドワーフ、エルフ等といった他の亜人族となっています」
「そうか・・・他にはなにかあるか?」
「私はまだ会ったことがありませんが・・・恐らくマスターと同じ異世界からの人が複数名この世界に来ています。ですがどうもおかしいのです」
「と言うと?」
「リアルフェイスがサービスを終えたのが10年前なのに対し、他の異世界人は既に歴史に登場しているのです。恐らくはここがゲームではなくリアルとなってから過去に迷い込んだのではないかと」
「ややこしいが・・・現におれがこうしている以上ありえない話ではない、か。それで当面はどうするんだ?」
「はい。私はマスターと暮らせればそれ以上は望みはしませんが・・・わがままを1つ言えるのならこの世界を、マスター達が創って下さったこの世界を見て回りたいです」
「ふむ・・・そうか。お前の行動範囲設定は・・・確か見果てぬダンジョンと森羅の森、あとはキーラの街と万象の入江か」
「はい・・・本当は他の場所にも行けるのですが、あくまでもマスターの指示通りに行動をしてきたつもりです」
「そうか、それはすまなかった。いや・・・ありがとうと言えばいいのか」
「構いません。私は今マスターと共に在ります。それだけで・・・十分です」
リアは少し・・・泣いているように見えた。
「わかった。なら・・・色々確認しないといけないことはあるが旅でもしてみるか?幸いと言うかおれがログアウトした後もリアがレベル上げをしてくれていたおかげで多分どこに行っても大丈夫だろう」
「はい・・・はい!頑張りました!素材もアイテムもお金もバッチリです!旅しましょう旅!」
急に目を輝かせて立ち上がるリアはまるで子供のようで・・・犬ならば尻尾が吹き飛びそうな程に興奮しているのが見て取れた。
「わかったわかったから落ち着け。そうだな・・・まずはハバレアをまわってみようか。あとは魔人族領だな。それだけの勢力なら魔王もいるだろ。魔人族の設定自体が生きてるなら他も攻め込むはずだしな」
「わかりました!お弁当作りますね!私キーラの町で料理勉強してスキルもカンストしたんです!」
「お、おお・・・そうか。でもまぁ今作っても・・・な?」
「大丈夫ですよ?ストレージにはいくらでも入りますし時間も止まってるので腐りませんし、マイルームもストレージにそのまま収容出来ますし!」
「・・・うん。じゃあ適当に頼むわ」
「はい!作りますね!」
鼻歌を歌いながら台所に立つリアの背中を見つめながら今日はカレーか、と匂いで判断したジンだったが、弁当作るんじゃなかったのかよとは言わないであげたそうな。
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「マスター」
カレーをたらふく食べたその夜、コーヒーを片手に星空を見つめるジンにリアが声をかけた。
「星がこんなにも綺麗だなんてな」
「ロマンチックですね!好きですマスター!」
「・・・なんかさ・・・キャラ変わってきてない?」
「最初は怒られると思ったんでその・・・」
「いいよ普通に話してくれれば」
「はい」
「・・・リアはさ」
「はい?」
「・・・いや、なんでもない。ちょっと冷えてきたし戻ろうか」
「お風呂沸いてますよマスター!背中流しますよ!」
「いやいいわ。1人で入る」
「そう・・・ですか・・・」
はぁ・・・と、寂しそうに肩を落とすリアを横目に風呂へと足を運ぶ。
「おおっ・・・びっくりした・・・そうか今は18歳か」
そこには見慣れた肉体も顔も無く、黒髪黒目のキリッとした美男子が立っていた。
「風呂はきもちいいなぁー・・・ここに10年・・・か」
星は確かに綺麗だった。ピーチティーもカレーもサラダも日本にいた時よりも美味しかった。
だが、リアはここでどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
もしもおれがここに来ることなく死んでいたらリアは・・・それでも待っていたのだろうか。
リアはさ
10年も放置したおれを
恨んでないのか?
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