お酒って怖い、続き ―迷惑爺さん吊るし上げられる―

 その後アルス先生の診察を受けたのだが酒精アルコールによる急性中毒と言う判断だった。

 もちろんまともな診察よ。恥ずかしい診察ではないので。

 その時もプロアはつきっきりで介抱してくれていた。そんな彼にアルス先生は言う。

 

「プロアさんとおっしゃったわね」

「はい」

「あなたエライア様の命の恩人ね。あなたのおかげよ」

「えっ? どういうことですか?」


 プロアの疑問の声にアルス先生は同席していたお母様やメイラさんにも聞こえるようにこう告げた。


「あと一歩でお嬢様は死ぬところでした。プロアさんが隙を見て強引に連れ出したおかげで酒量が危険領域に達しなかったんです」


 メイラさんが問う。


「そんなに危険な状態だったんですか?」

「はい。先ほどからのお話をまとめると、記憶を失っていたというのは飲酒による急性中毒の症状です。眠ったというより昏睡になっていたという方が正しいでしょう。お酒そのものも度数の高い種類のものをがぶ飲みに近い形で無理やり飲まされていたようですし、酒を強要されたというより酒で殺されかけたと言うべきです」


 こんなに冷静で怒り心頭な表情のアルス先生は初めてだった。


「毎年、大学や軍隊で、若い人たちの間で飲酒を強要された事による急性中毒で少なくない人数が重体になったり死亡したりしているんです」


 お母様が驚きの声を上げていた。


「なんてこと――」

「ええ、お話をお聞きするに、権力的地位にある人物が、若い人たちが暴走しないようにきちんと面倒を見るのではなく、むしろ酒を注いで回り、酒を飲まなければ失礼になると思わせるような状況を作るというのは決して許されることではありません」


 私はプロアに肩を抱かれながらなんとか体を起こしていた。私は言う。


「本当に断ることができませんでした。もう飲めませんって言うと『俺の酒が飲めないのか』と他に聞こえないように耳元で恫喝するんです」


 アルス先生がプロアに問う。


「その時あなたは?」

「その問題の准将様の取り巻きに囲まれてエライア様と引き離されていた。大佐や少佐と言った上士官ばかりだったので殴ってでも止めさせると言うことができなかった――、俺も酔い潰れる一歩手前だったんだ」


 それでも適切に対処して私を連れ出せたと言う事は驚くべき対処能力だった。


「まったく。一番たちが悪い連中だ。あれは絶対、若い新兵とか酒で2-3人死なせてる」


 後で分かったかプロアの推察通りだった。これには呆れるより他はなかった。

 アルス先生は言う。


「プロアさんが、衣類を重ねて体を温めていたり、適切に介抱していたのも助かった要因です。お嬢様、このお方に感謝なさいますように」


 私は頷いた。


「はい」


 そして、先生たちが帰ると、私は寝室でプロアと二人きりになった。たまたま他の人たちがそれぞれの用事で出払ったためなのだが。


「プロア、今回は本当にありがとう」

「礼を言われる資格はないさ。エスコート役としちゃあ失格もいいところだからな」

「そんなことないよ。命の恩人なのは事実だから」

「そういうことにしてやるよ」


 そう言うと彼は私をベッドの上でそっと横たえさせる。そして私の体に布団をかけながらこう言った。


「今ゆっくり休め。今、体がふらふらなのは体の内臓とかがやられている証拠だからな」

「うん」


 死にかけるほど体がやられていた。その事実は何よりも心細かった。そんな私の心情を彼も察してくれたのだろう。


「また来る」

「うん」


 その言葉を残して彼は帰って行った。彼のその存在がこれほどまでに頼もしいと思ったことはなかった。


 もっとも、私の知らないところで後始末が行われていたのは事実だった。


 まず軍部。

 騒動の元凶だったスケルト准将は、正規軍の幕僚本部長であるソルシオン将軍の同席のもとでモーデンハイム家本家の本邸に直接呼び出された。フェンデリオル中央政府正規軍・人事院上級事務管理官であるメイハラ少佐も同席の上だった。

 理由は言うべくもない。

 モーデンハイム家のご令嬢に無理矢理に酒を飲ませた挙げ句、正体をなくすまで泥酔させた事が大問題になったからだ。しかも医師の診察で判明した、急性中毒を起こしかけていたと言う事実。それにより死の危険すらあったと言うのが一番問題視された。


 私もプロアと一緒に、会見が持たれた応接室の片隅、ついたての向こう側で会話を聞かせてもらっていた。スケルト准将の発言が事実と相違が無いかどうかの確認のためだ。

 もっともこの段階でも私の体力は回復しておらず、プロアに支えられて立つのがやっとという状態だったのだが。

 私の有様を見てソルシオン将軍が蒼白の表情で謝罪をしていたのが印象的だった。

 プロアの証言と事実調査の上で、ユーダイムお爺様直々の抗議となり、それが軍本部の人事院評価が絡む事態へと移行したのだ。そして事実精査の末、一番の責任はスケルト准将にあると結論が出てそれに対する謝罪要求へとつながった。

 そして、現在、モーデンハイムに呼び出されたスケルト准将は言い訳に終始していた。空回りしっぱなしの虚しい言い訳を。それをしてソルシオン将軍はこれを反省の色なしと結論づけた。スケルト准将にはかねてから酒が絡むトラブルが多発していた事もあり今回のことがトドメとなった。

 ソルシオン将軍は言い放つ。

 

「スケルト、お前を軍警察部門参謀相談役から罷免する」

「えっ?」


 メイハラも言う。


「あなたには今後、軍の重職からはすべて距離をとっていただきます。あえてあなたを〝無配属〟とします。今後一切、軍の職務にはつかないでいただきたい」


 無配属――、すなわち軍籍は残されているが、軍内部での職務の割り当ては一切ないということだ。そうなれば職務成績で名誉挽回する機会も与えられなくなる。つまりは黙って自分から辞めろと言っているのと同義だった。

 戦場における武功と実績によって生きている軍人にとっては死刑宣告より酷い処分だ。軍の中にいても針のむしろ。名誉を挽回しようと思っても刑に服して禊を注ぐこともままならないのだから。

 ユーダイムお爺様が言った。


「スケルト、お前は私の親友だと吹聴していたそうだな?」

「え? あ、いやその――」


 え? どういう事? なんで慌ててるの? この爺さん。


「お前がワシの部下だったのは事実だが、ワシの部下の中では実績はいつでも最低クラス、周囲のお目溢しでなんとかやってきたに過ぎん。そのくせ他人の威厳を自分ごとのように吹聴するのだけは得意ときておる。今度という今度は勘弁ならん! モーデンハイム一族に今後一切近づくな! 顔を見たらこの手で切り捨ててくれる!」


 あー、なるほど、そういう事だったのね。

 私が呆れて声をもらす。


「親友っていうのは嘘だったんだ」

「なんてやつだ」


 プロアも嫌悪するかのように吐き捨てた。

 なんとはた迷惑な爺さんだ。彼はそこから先は平身低頭で消え入るように姿を消したと言う。なお、軍の下士官以下に対しては全軍通達で飲酒に対する綱紀粛正が厳重通達されたとか。まぁ、これはこれでとばっちりなわけだが。


 そしてもう一つ。

 後でわかったのが、高級酒場の店員の一人が私が店に来ていることを、知り合いの軍人にチクっていた事が判明した。なるほど、どうりで勝手にどんどん集まってくるわけだ。そりゃ私やプロアがどんなに気を付けてもどうにもならない。

 もちろん、こっちの方はプロアがあとで徹底的に制裁を加えたのは言うまでもない。プロアの信用とメンツ、ぶっ潰したわけだからね。激怒した彼がどれだけおっかないかはアルガルドとの戦闘で証明済みだった。

 あの店の店長がモーデンハイムの家に来て平身低頭で謝ってたけど謝られてもどうにもならない。二度と行くもんか! 当然ながら、客の動向を密告する店と言う風評が立ち、信用がガタ落ちして二か月ほどで潰れたらしい。


 私は酒に強いつもりだったが、あのときは相当強い酒を無理に飲まされていたようだ。3日ほど寝込んでしまい体調を戻すのにとても苦労した。

 お酒って怖い。

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