領地視察と記念の写真

 その視察は、ダルムさんが同行しているということもあり、かつてのバルワラ候の足跡をたどる旅路でもあった。

 色々なことを教えてもらった。

 利益になる木々を植林して林を広げたのがバルワラ候とさらにその先代の2代にわたる事業だということ。

 小麦の収穫に依存していた農業に、芋をはじめとする様々な換金作物を広げたのもバルワラ候。

 メルト村よりさらに山奥にある小規模集落との道を整理し山間の村々にも農業と産業の足がかりを作ったこと。

 貯水池を作り上げたり、河川や水路の整備を広げて農作物の収穫量を大幅に増やしたこと。

 それはまさに偉大なる領主の姿だった。


 村を見下ろす高台でお昼の休憩をとる。持参したパンや燻製肉やチーズで腹を満たし帰路に向かう。

 帰りの道すがらアルセラはダルムさんに告げた。


「私今まで知りませんでした」

「何をだ?」

「お父様がこれほどまでに偉大だったということに」

「なぜそう思う」


 その言葉にアルセラは思いを口にする。


「お父様の苦闘はずっと昔からだったのですね。国の中央よりはるかに離れていて、それでもなお隣国からの侵略の危険に常にさらされている」


 それは一つの現実だった。そしてそれに立ち向かったもバルワラと言う人の現実でもあった。


「その危険に真っ向から立ち向かうために、お父様は日々戦い続けた。そしてその成果が今ここにある」


 その言葉と同時にアルセラは見渡す限りの豊かな実りを得た小麦畑をその目に捉えていた。


「この村は、私のお父様が生きた証。そしてそれを引き継ぐのは私の使命」


 その言葉と同時に一迅の風が吹く。そして見渡す限りの小麦の穂を揺らしてさざ波模様を広げていく。


「おじ様、私やっと分かりました。私がこれから何をすべきかを」


 その言葉を聞いただけでもダルムさんは満足だったに違いない。笑顔をほころばせて彼は言う。


「その言葉を待っていたぜ」


 そしてアルセラの肩を叩きながら彼は言った。


「この村はそしてワルアイユはあんたの村だ。ワルアイユを守り育てていくんだ。これからもな」

「はい」


 そして、私たちは領内視察を終えて帰路に着いた。夕方頃に本邸へとたどり着いた私達を意外な人達が待ってくれていた。


「あれは?!」

「昨日の写真屋さんね」


 写真撮影用の機材や道具を満載したあの写真屋さんの馬車がワルアイユの本邸前へとやってきたのだ。

 この時間で彼らが来るのはひとつの理由しかない。


「写真ができたんだ」

「行きましょう!」

「はい」


 屋敷の中へと向かうとエントランスホールに入る。するとそこで写真家のあの親子が私たちを待っていた。


「やぁ、お待たせしました」


 写真家の親父さんが言う。一緒に来ていた娘さんが大きな紙製の封筒を抱えている。


「お写真出来上がりました」


 その写真は意外なほどの大きさがあった。ちょうど人の顔と同じくらいだろう。

 執事のオルデアさんを交えて、仕上がった写真を確かめていく。エントランスホールの傍らにある飾りテーブルの一つへと歩み寄ると出来上がった写真の数々を広げていく。

 撮影した写真はふたつ。でも出来上がった写真は何枚もあった。


「サービスで焼き増ししておきました」

「こちらが大きく引き伸ばしたやつで額に入れて飾るためのもの。それからこっちが手のひらサイズで簡単に飾れるやつ。そしてもう一つがこれ」


 そう言いながら封筒の中から取り出したのは小さなペンダントだった。 


「これはうちだけの特製です」

「中に写真が入れてあるんですよ」


 取り出したペンダントのうちの一つを娘さんが開いてくれた。手帳のように蓋が開く仕掛けになっていてその中に小さく小さく焼き増しした写真が仕込んであるのだ。そこに映っていたのは当然、私とアルセラだった。

 昨日の夕食帰りのシュミーズドレス姿。同じものを着ていたのでお揃いだった。そんな写真入りペンダントが二つもある。それはもちろん、


「二つご用意しました。こちらのお姉さんと妹さんにそろそろ一つずつです」

 

 明らかに姉妹扱いの言葉だったが、誰も無理に訂正しようとしなかった。アルセラが笑顔をほころばせながら出来上がった写真とペンダントを大切に両手で抱えていた。


「本当にありがとうございます」


 礼を言って写真の代金を支払うと写真家の親子は去っていった。

 それから館の中のみんなと、査察部隊の仲間たちを交えての写真の鑑賞会。ペンダントは私とアルセラでひとつずつ待つことになった。

 思わぬ巡り合わせで手に入れた写真入りのペンダント。これは本当にこのワルアイユでの出来事を良い思い出として覚えさせてくれるだろう。

 こうして心に残る〝お土産〟もできた。今日できることはもう終わった。

 明日はいよいよ本当に最後の日となるのだ。

 その最後の日をどう過ごすべきか――

 私の心はその日就寝するまでずっと、ずっと揺れていたのだった。


 †     †     †



 そしていよいよ最終日となった。

 さすがにこの日はワルアイユ家の本邸にてアルセラと私、別々のベッドで寝ていた。

 まんじりともせずに夜を過ごしいつのまにか朝を迎えた。ベッドからの起き抜けに鏡を見ればひどい顔という他はなかった。

 私は自嘲気味に呟く。


「何をそんなに怯えているのよ」


 立ち直りつつあるアルセラとは裏腹に、私はアルセラを傷つけてはいけないと自分で自分を縛り付けていた。これではいけない。私がしたかった心づもりはこうじゃない。

 どうしよう? なぜだろう? どうすればいいのだろう? いろんな思いが私の脳裏をぐるぐると回っている。

 落ち着かない気分で思案していれば、いつのまにか私の部屋の中に現れていたのは仲間のプロアだった。


「よう」

「えっ?!」


 ノックもせずにいきなり現れた彼に私は心底驚かされた。


「やだ! 驚かさないでよ!」

「何言ってんだ、そんなやつれた顔して」


 思わぬ図星に私はぐうの音も出ない。プロアは一切も遠慮せずにずけずけと言ってきた。


「それじゃ本末転倒だろ? 何そんなに気にしてるんだ?」

「え? だって」

「だってじゃない!」


 プロアの強い言葉が響く。


「何をどう取り繕ったって、最後の最後にアルセラは泣くに決まってるんだよ! それが人と別れるって事だろう!」


 彼の言葉はさらに続いた。


「お前が自分の兄貴と別れた時はどうだった?」


 私はハッとさせられた。自分の中であれほど大切だったマルフォス兄様。その兄様との永遠の別れをどう乗り越えたのか不意に思い出したのだ。

 私は絞り出すように答える。


「時間が……時間が癒してくれた」


 まさにそれは正解。それしかないのだ。


「分かってるじゃねえか」

「うん」

「だったら覚悟決めろ。毅然として胸を張れ! 迷いを顔に浮かべるな!」


 何よりも強い言葉。そしてプロアが見抜いていたのは――


「アルセラがお前に見ていたものは優しさじゃない、〝強さ〟だ!」


 アルセラが私に対して求めていたたった一つのものだったのだ。


「強さ――」

「そうだ。それなのにお前がそんなんでどうする」

 

 そこまで聞かされて迷うわけにはいかなかった。自分の両手で頬を叩いて目を覚まさせる。そして私は毅然として言った。


「ありがとう。〝目が覚めた〟わ」


 その一言にプロアが満足気にうなずいてくれる。


「それでいい。着替えて下に降りてこい。会食室で皆で朝食をとる。その後、明日の準備を始める」

「分かったわ。すぐに行くわ」


 プロアは立ち去った。私は自分の中の心の迷いを解いて自分が今何をなすべきかをようやくに取り戻した。着衣を着替えると私は、みんなの元へと向かった。

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