永久の誓いと、宴の終わり

 プロアが私へと右手を差し出し、私もその右手を握りしめる。すると、そこに他の仲間の手ものせられていく。最後にそこに居合わせたアルセラが一番上に手を載せてこう問うてきた。

 

「これは誓いですね? 仲間としての絆を確かめるための?」


 ダルムさんが頷きつつしみじみと言う。

 

「あぁ、これで終わりじゃない。これからも俺たちは仲間だ」


 最後にドルスが私にうながした。


「ルスト、言葉をたのむ」

「はい!」


 そう、これは誓い、永久の誓い。我らフェンデリオルの民を見守る四大精霊に仲間の絆があることを誓うのだ。私は胸の中に息を吸い込むと、力強く抑揚を込めて一気に告げた。

 

「我ら、9人――、この地の戦いにて生まれたこの絆をこれからも永久に育み育てていくことを願わん。天上天下三千地平に広がり万物を見守る〝4つの光〟に永久の絆を請い誓う」


 重ねた手は一番下の私から始まり、プロア、ドルス、ゴアズ、バロン、カーク、パック、ダルム、そして、アルセラへと続く。

 そして、一人一人の目を見つめて互いの意思を確認しながらこう告げたのだ。

 

我らにアルニ4つのクヴァーロ光を!アウォーレ


 私の声に続いて皆の声が響いた。

 

4つのクヴァーロ光を!アウォーレ


 重ねた9つの手のぬくもりは互いを温めてくれる。そのぬくもりの一番上にあるのがアルセラの手だった。

 ダルムさんがアルセラに言う。優しく労りを込めて。

 

「これで、アルセラの嬢ちゃんも俺たちの仲間だな」

「はい!」


 アルセラの心からの嬉しそうな声が響く。

 父の死、燃える村、襲われる領地――畳み掛ける不幸に耐え続けてきたアルセラがたどり着いた笑顔だった。

 不意に私たちの周りで拍手がなる。

 万感の祝福の拍手が。

 

 割れんばかりの拍手。

 その拍手を送ってくれたのはほかでもない、祝勝会に居合わせたすべての人々。

 礼拝神殿を前に語らい合い、誓いの言葉を述べた私たちを見守り、祝福してくれたのだ。

 

「皆さん」

 

 重ねた手を解いてその拍手のする方を見つめれば、その拍手はいつまでも続いていた。

 戸惑いよりも嬉しさがこみ上げる。そして私はやっとある事実に気づいたのだ。そう――

  

「本当にありがとうございます!」


 私たちは勝利したのだ。

 私はアルセラの肩を抱き寄せると、一度互いの顔を見合わせて再び皆の方へとこう告げたのだ。

 

「この勝利はみんなの物です! 本当にありがとうございました!」


 万感の満場の拍手が響く。拍手はいつまでも鳴り止まない。

 なによりもそれがこの場に集った人々の嘘偽り無い心からの喜びだったのだから。

 そう、私たちは〝勝利〟したのだ。



 †     †     †



 宴は終わる。

 儀式は終わる。

 祝宴は自然に中開きとなり、人々は三々五々に少しずつその姿を消していく。興奮はさざ波のように引いて行き、興奮の余韻だけが残ったまま、参加者はそれぞれの場所へと向かった。


 村の人たちは宴の後片付けを明日に回すと、それぞれの家や、各々の集まりの場所へ、

 正規軍人の人たちは仮の宿舎とされた村の建物へと一旦戻る。

 職業傭兵の人たちは、ある人はそのまま寢ぐらへ、ある人は村の青年部の人たちの集まりへとなだれ込んだ。

 その際に、一部の職業傭兵の人たちが青年部の人達に飲ませるためにと、祝勝会用に用意してあったワインとシャンパンの酒瓶を何本かくすねて持って行ってしまった。

 そのために、空き瓶の数が合わなくなり、執事のオルデアさんや侍女の人たちが後から苦労したのは隠れたお話だ。

 この他、近隣領地の領主の候族の方々は、仮の宿として用意されていたワルアイユ家の別宅や村の名士の方たちの自宅へと戻ってゆく。

 メルゼム村長さんにも彼なりの役目がある。皆が去っていったのを確かめて私たちに挨拶もそこそこに姿を消す。


 これは査察部隊の仲間たちも同じで、それぞれの繋がりのある人々の所へと足を向けた。

 ゴアズさんは正規軍の兵卒たちの宿舎へ、

 ドルスは村の青年たちの集まりのところへ、

 カークさんはワイゼム大佐のもとへ、

 バロンさんはラジア少年やリゾノさんのところへ、

 ダルムさんは村長さんのところへと向かった。

 変わったところではパックさんが近隣候族のご令嬢たちの集まりへと招かれたらしい。無粋な欲を持たない人なので問題は起きないと思うが大丈夫なのだろうかと心配になってしまう。


 あとに残されたのは、私とアルセラと、エスコート役であるプロア、そして、執事長のオルデアさんと、何人かの侍女の人たちだった。

 宴は終わった。これがどう判断を受けるかは結果を待つしかない。私たちは私たちで出来る限りのことをしたのだから。


 私はアルセラに問う。


「アルセラ、さすがに疲れたでしょ?」

「はい、お姉さま」


 笑顔を浮かべるアルセラだったが、その表情の端々には疲労の色は隠せない。だがその疲れを明日に引きずるわけにはいかない。明日は明日で祝勝会のあとに続く重要な行事があるのだ。


「明日は近隣領地のご領主の方々との懇親会が行われるはずよ。疲労をためたままでは失礼になるわ」


 領主懇親会――、サマイアス家をはじめとする隣接領地、そのご領主夫妻をワルアイユの本邸へとお招きしてねぎらいの夕食会を伴う懇親会を開くのだ。実はこれこそが重要だった。なぜなら隣接領地の方々との今後の協力関係を大きく左右してしまう可能性があるからだ。

 アルセラが気を抜くにはまだまだ早いのだ。

 その時、私の言葉を聞いて執事のオルデアさんが私たちに告げた。


「お嬢様、ルスト様、後の片付けは私が対処いたします。今はお二人とも宿舎である政務館の方へとお戻りなさいませ」


 それは無事に大任を終えたアルセラへの彼なりの配慮だったのかもしれない。

 私もさすがにアルセラはもう限界に近いと思う。


「そうね、今日はもう休んだ方がいいかもしれないわね」


 そしてオルデアさんは言った。


「ご領主としての振る舞いお見事でした。亡き旦那様もさぞやご安心のことと思います。今はごゆっくりとお体をお休めください」


 その言葉にはオルデアさん自身の安堵の気持ちが表れていた。思えば、あのバルワラ候暗殺のときの彼の嘆きのほどは慰めようもないほどだった。だが、今の彼はやる気に満ち溢れている。それもアルセラが次期領主として立派に振る舞っているからに他ならなかった。

 ならば、その領主の努力をねぎらうのは使用人の長たる執事の役目だ。後始末を引き受けるのは当然のことだった。

 アルセラはほっとしたような表情を浮かべて言った。


「ではそうさせていただくわ」


 その言葉と同時に侍女長のノリアさんが言った。


「それでは参りましょうかお嬢様、ルスト様」

「ええ」


 そう答えて私たちは立ち上がった。

 そして、プロアのエスコートで私たちは宿である政務館へと戻って行く。

 今ようやくに長い一日が終わりを告げたのだ。

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