女性傭兵たち、アルセラと語らい合う

 そこから私たちに声をかけてきたのは、数人の女性たちだった。

 むさくるしく、埃っぽいのが、傭兵稼業というものの宿命というもの。

 だが、その傭兵たちが普段の喧騒と戦いを忘れて集うとき、服装からして見違える人たちが居る。

 それが女性傭兵たちだ。


 戦いを忘れられるひとときだけは、女としての自分を解放する。それが女性傭兵というものの〝性質さが〟のようなものだった。

 主だった男たちが遠巻きに見守る中で、あの戦場の中に立っていた私たちは改めてお互いを名乗りあった。


 最初に私に声をかけてきたのは、ダルムさんと同じくらいの年齢の老齢の女性だった。

 着ていたのは濃紺のロングドレス。緩やかなシルエットのエンパイアドレス。コルセットを使わない締め付けないドレスだった。肩には大きなショールを羽織っており髪は白髪、老いた風貌の中に褐色の瞳が何者にも負けない芯の強さを垣間見せていた。

 いかにも長い年月を戦い続けていたベテランの風格が漂っている。


「お初にお目にかかるよ、旋風の、アルセラ候、あたしの名前は〝石棺のオベリス〟よろしく頼むよ」


 言葉の言い回しにもいかにも女傭兵らしい古風さが滲み出ていた。彼女から差し出された右手を握り返しながら私は言う。


「こちらこそよろしくお願いします」


 私に続いてアルセラも彼女と握手を交わした。

 その次に現れたのは薄い水色のエンパイアドレスに、上半身のシルエットにぴったりとしたスペンサージャケットを重ねた長身の女性だった。

 私と同じ銀髪に目は赤色。腰までくるような長い髪が印象的な美女と呼ぶにふさわしい。


「初めまして。ロレアン・バーグマンと言います。二つ名は〝樹氷のロレアン〟お見知りおきを」

「こちらこそよろしくお願いいたします」


 そう言葉を交わしつつ握手を交わす。初めて見る顔はこの二人だった。

 残りはいずれも見知った顔、まずは赤色のエンパイアドレス姿のテラメノさんだった。ロレアンさんと同じようにスペンサージャケットを重ねていた。


「隊長、お疲れ様」

「テラメノさんもお疲れ様でした」


 頷く彼女と握手をした後に次の人物へと向かう。

 そこに控えていたのはメルト村の二人の若い女性だった。私たちと同じ肩出しのローブ・ア・ラングレーズ。肩にはフィシューを羽織っているところも同じだった。

 私とアルセラに同行し困難な通信任務をこなしてくれたフェアウェル、そしてその隣にはリゾノさんの姿が。さらには通信師の少女達の姿も見える。彼女たちを代表してリゾノさんが挨拶を名乗る。


「ルスト隊長、アルセラ様! お疲れさまでございます」

「ありがとう。リゾノさん、それにみんなもね」

「はい!」


 若い子たち特有の張りのある声での返事は耳に心地よかった。

 集まったのはあの戦場を駆け抜けた女性たち。女だからといって後ろに下がってただ見守っていただけではない。

 自ら武器を取り、それぞれの技能を発揮していた素晴らしい人たちだ。オベリスさんが言う。


「それにしてもよくやったね。女の私が言うのも変だけど、女だてらによくあそこまで武功を建てられたもんだ」


 その隣でロレアンさんが言う。


「そうね、女性傭兵って言うと私たちみたいに一芸に秀でた精術使いや、切磋琢磨する女性剣士とかが多いんだけど、あなたのように堂々と正面に立って指導者の役割をこなす人っていうのは本当に珍しいわ」


 通信師をしていたフェアウェルが問う。


「そうなんですか?」


 オベリスさんが答える。


「ああ、正直言っちまうと指揮官役とかをこなすにはそれなりの教育も受けてないとダメなんだよ。付け焼き刃で戦術学や戦闘理論を学んでも、軍人や傭兵を相手に生の戦いで何度も揉まれて研鑽をして初めてものになるもんなんだ」


 その見識には彼女オベリスが、荒々しい傭兵の世界で男たちを相手に熾烈な戦いを生き抜いてきたと言う事実がはっきりとにじみ出ていた。

 そして、その言葉の端々には男であることと女であることの違いから来る決して乗り越えられない〝壁〟のようなものが垣間見えるのだ。

 彼女は私に問うてくる。


「旋風の、あんたどういう教育受けてきたんだい? あんた何歳なんだい?」


 その鷹の目のような鋭い視線が私の正体を見抜いているかのようだった。


「年齢ですか? 17です」


 その答えに彼女は思わず吹き出していた。


「驚いた。どこどうやったらそんだけの教育を17のみそらで身に付けられるもんなんだか。まあそれ以上は突っ込まないよ。聞くだけ野暮ってもんだ」


 それはまさに老傑女と呼ぶに相応しい、ねぎらいと気っ風に満ち溢れた語り口だったのだ。


 そして彼女、オベリスの言葉はメルト村の通信師の少女たちへとかけられた。


「あんたたちもご苦労だったね」


 ロレアンも労うように言う。


「戦場は未経験だったろうに。よく頑張ったわね」


 その声に答えたのは私とともに象の背に乗ったフェアウェルだった。

 

「正直、怖くなかったと言えば嘘になります。ですが」


 フェアウェルは歴史と過去を愛おしむように語った。

 

「父と母が、そして、おじいさんとおばあさんが、ずっと昔から守ってきたこの村を、ワルアイユの里を、これからも守って行くのは若い私たちです。ならば戦うということの現実を肌で感じることができるのは絶好の機会ではないかと思うんです」


 さらにフェアウェルの仲間の一人が感謝の念を込めて言う。

 

「それに、傭兵や正規軍の方たちがしっかりと守ってくれたから、通信のお仕事に専念できました」

 

 その言葉にテラメノさんがやや皮肉交じりに言った。

 

「そりゃそうでしょうよ。なにしろ指揮官様の厳命だからね、通信師の彼女たちを絶対に傷つけるなってね。それを破ったりしたら」

「降格どころじゃすまないだろうね。あれだけ分散させた全軍を連携させられたのは間違いなくこの子達の通信技能の賜物だからね」


 そう褒めるのはオベリスさん。


「大人だって通信師の資格取るのには苦労するっていうのにすごいじゃないか。まだまだ、若いもんには負けちゃらんないね」

「あら? まだ引退なされないんですか? 先輩?」


 そう皮肉るのはロレアンさん。苦笑交じりに問いかけている。負けじとばかりにオベリスさんは強気に言い放った。

 

「当たり前だろ? まだ10年はやるよ!」

「10年! 70越しませんか?」

「ちょいと! あたしゃまだ55だよ!」

 

 そのやり取りに皆が思わず笑い声を上げた。それもまた人と人との語らい合いの一幕だ。

 

「それはさておき――」


 オベリスさんの視線がアルセラの方へ向けば、皆もアルセラを見つめていた。

 

「大変だったね、あんたも」


 ロレアンさんがアルセラの肩をそっと触れながら言う。

 

「お父上を亡くされたそうですね」


 オベリスさんもアルセラのもとへと歩み寄っていく。


「あんたくらいの歳なら本当ならもっとお父さんに甘えたいはずだ。それが、こんなかたちで別れの言葉もかわせずに今生の別れになっちまうとはどれだけ辛いか」


 ロレアンさんも続ける。


「でも、あなたは絶望に沈まずに立ち上がった」

「そう。お父さんが残してくれた、この村を、この領地を守るためにね。それがどれだけ勇気が居ることか」


 2人の問いかけに私は言葉を添えた。

 

「その彼女の勇気があってこそ、皆を一つにまとめることができました」


 そして、私もアルセラを背後からそっと手を触れた。

 

「だからこそ、勝てたんです」

「みなさん――」


 アルセラの顔に喜びが浮かぶ。だが一抹の憂いも浮かんでいた。その憂いの意味を一番わかっていたのは長い人生を乗り越えてきた老齢のオベリスさんだった。年上だからこそ察することができたのだ。静かにアルセラに歩み寄ると、両手を開いてアルセラの両肩をそっと抱いたのだ。

 オベリスさんはアルセラの耳元にそっと囁いた。


「偉いよ。よく頑張ったね」


 それはオベリスさんの宿していた母性から発せられた言葉だったに違いない。同時にアルセラにとってすでに遠い過去に諦めてしまったものだった。父は失ったが、母もまた彼女が幼い頃に天に召されたのだから。アルセラは天涯孤独なのだ。

 

「はい――」


 オベリスさんの胸の中、すすり泣く声が聞こえる。

 私が駆けつけたあの日、殺された父親の亡骸にすがって泣いていたあの日、私の言葉に勇気を得て立ち上がったが、それからずっと気持ちを張り詰めさせていたはずだ。

 無理をしていた一人の少女に、その老女は母親のようにこう告げたのだ。


「今まで以上に大変なことが次々に降りかかるだろう。領主となり、土地を治めるということは、並大抵のことじゃない。時には後悔することもあるだろう。泣きたい夜だって何度も来るだろう。でも、だからこそだ」


 オベリスさんの視線はフェアウェルたち、村の少女たちへと向いていた。

 

「あんたたちが、同い年の娘として、腹の底から気持ちを分かち合える友として、ささえてあげておくれ」


 オベリスさんの優しい声が印象的に響いていた。


「あたしらはいずれ、この土地から去って行ってしまうのだから」


 その言葉にロレアンさんも、そして私も頷いていた。そしてそれは絶対に避けられぬ現実だった。

 フェアウェルが言う。

 覚悟を決めた、それでいて優しさに満ちた笑顔で。


「お任せください。もとよりそのつもりですから」


 その言葉が沈みかけていた場の空気を明るい場所へと引き戻した。

 オベリスさんは、その胸の中で泣いていたアルセラをその顔をあげさせて優しく問いかけた。


「いつまで泣いてるんだい?」

「はい……」

「明けない夜はない。この長い夜も、いつかはあんたの胸の中で懐かしい思い出に変わることもあるだろう」

「はい」


 言葉をやり取りし終えると、そこにはもうアルセラの頬には涙はなかった。

 アルセラの覚悟の一言が辺りに響いた。


「皆さま! この度は本当にありがとうございました」


 誰からともなく拍手が響いた。

 これから来るであろう、アルセラからのこれからの人生であるはずの苦難と栄光を見送るように。

 そして私たちは次なる場所へと向かったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る