遠く離れた親友の思い

「話を続けるぞ。そのため、モーデンハイムではデライガ候が当主の座から降ろされると言う流れになっている。正式決定はモーデンハイム内部の親族会議の結果を待つことになるが十中八九決まりだろうぜ。当面は、前当主だったユーダイム候が臨時に復帰する事になると言われている。

 そしてだ。それを前提としてモーデンハイムから提案された事があるんだ」

「それはいったい?」


 アルセラの問いかけにプロアは言った。

 

「『ワルアイユ領の後ろ盾にモーデンハイムがつく』と言う案だ。ユーダイム候はすでにその気らしい。内々の準備を始めているとも聞かされた。もちろんワルアイユ側の同意が必要であることも十分に承知している」


 今度は驚きの声を上げるのはアルセラだった。

 

「ええっ?!」


 さすがにこれはオルデアさんにも衝撃だったようだ。

 

「我々、ワルアイユの後ろ支えにですか?」

「えぇ、まだ内々の話ですが、いずれ本決まりになるのでよく考えてほしいとユーダイム候がおっしゃってました」


 プロアはこの場にいる皆にも事情が伝わるように説明をする。

 

「そもそも地方領主には、上位の侯族を後ろ盾に持つ系列領主と、どの侯族とも上位関係を持たない独立領主とがある。ワルアイユは長年にわたって独立領主として運営してきたはずだが、独立領主ならではの利点や不利があることは、アルセラ様も今回の件でおわかりになられたと思います」

「はい、それは父の生前の姿からもよくわかります」


 アルセラは落ちついた声で言う。


「独立領主は好調なときには隣接領主との連携もうまくいきますが、一度躓いて追い詰められると途端に弱くなります。あのとき、父に支援してくれる後ろ盾の方がいらっしゃったら、状況は変わっていたのではないかと思うのです」

「そうね、アルセラの言うとおりだと思うわ」


 私が同意すればプロアは言う。

 

「折を見てモーデンハイムから使者か信書が届くはずだ。そのときにあらためて判断すればいい」

「はい、かしこまりました」


 アルセラの答えにプロアは頷いた。そして彼は私に告げた。

 

「そしてだ。お前にもモーデンハイム本家から使者が来るだろう」

「え? なんでですか?」


 私の答えにプロアは苦笑しながら言った。


「なんで――って、当たり前だろう? 先代当主が動くほどの事態になってるのに騒動の御本尊様が釈明しないで逃げられるわけ無いだろうが」

「うぐぅっ!」


 これはまた痛いところを突かれた。いずれは降りかかってくることだったけどできればこの祝勝会が終わるまでは思い出したくなかった……

 戸惑い落ち込む私にプロアは言った。


「まぁ、向こうがなにか動いたら素直に言うこと聞くんだな」


 かれは私の肩をそっと叩いた。私は今後の事を考えると自らの顔を覆わずには居られなかった。

 

「嘘でしょう……」


 勝手気ままに生きてきたそのツケが来たのだと思う。だけどそれについて思い悩むのはとりあえずやめておこう。

 

「やめた――心配しても切りがない。その時はその時よ」


 ダルムさんが私に諭すように言った。


「それでいい。その方がお前さんらしいぜ」


 カークさんも同意する。


「そうだな。先のことを思い悩んでうつむくのはお前らしくないからな」

「ええ、もちろんです」


 そんな風に会話する私にプロアはさらに問いかける。


「それともう一つあるんだが〝レミチカ・ワン・ミルゼルド〟と言う名前に覚えはあるか?」


 そう問われれば否定するわけにはいかなかった。


「忘れるわけがないわ。レミチカは私の親友。そしてミルゼルド家の令嬢よ?」


 私にはレミチカがなぜ個人の名前で寄付をしてきたのかその真意がわかるような気がした。


「今回のアルガルドの一件で、根も葉もない濡れ衣とはいえミルゼルド家は威厳を大きく失墜させました。ワルアイユに対しても何らかの代償の支払いを余儀なくされるでしょう」


 しかしそれにはまだ早すぎる。


「ですが、現状ではまだその段階に至っていません。事件の最終的な解決が図られていないからです。軍部や司法による最終的な判断を下されていません。そういう不安定な状況下でミルゼルドがあからさまに寄付を行うのは、今回の一件の責任がミルゼルド家に有ると喧伝するようなものだからです」


 そこまで話せばなぜ個人名での寄付なのかが分かろうというものだ。


「レミチカは私を助けるつもりなのよ」


 私が語りはじめたその言葉に誰もが沈黙したまま視線を向けてくる。


「レミチカほどなら、今の私がいかに不安定な立場にあるか分かってくれているんだと思います。そして今回のこの難局を無事切り抜けてくれるようにと願っているはずです」 


 そしてそのレミチカがもたらした支援に心の中で感謝しながらも私は言う。


「今回のワルアイユ動乱においては、アルガルドが計画の実行役だったのは間違いないことですが、アルガルドの上位親族であるミルゼルドにまで疑いの目が向けられています。私の親友レミチカはその疑惑をうち払ってくれることを願っているのだと思うのです」


 その時アラセラが言う。


「レミチカ様のご寄付はそのためのものだったのですね」

「ええ、難局を無事に切り抜けてくれることへの期待と、アルガルドと言う厄介な連中を抑えきれなかったことへの贖罪のためのね」


 そして一区切りおいて私はアルセラに言う。


「アルセラ、アルガルドに対しては思うことも色々あると思うの。でもミルゼルドの人々はアルガルドの連中とは違うということは分かってあげてちょうだい」

「はい、もちろんですお姉さま」


 私とアルセラの会話を皆がうなずいていた。

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