ルスト、最終戦闘突入
私はその石畳の階段を軽やかに駆け上がっていく。おそらくは使用人向けの脇階段通路だろう。幅は狭く傾斜は急だ。所々に明り取りの窓がある程度で昼だというのに薄暗い。
そこを通ってラインラントの砦の2階から3階へと駆け上がる。
登ってきたのは私一人。他の7人はそれぞれの戦いを繰り広げていた。
登り切ったところが3階の大廊下。駆け上がったところに私の左右に伸びている。そしてその廊下の向こう側の壁には木製の重い両扉が五つ並んでいる。
気配を探りながらそのうちの一つに手を伸ばす。壁の向こうに伏兵がいる気配はない。
「この手の城の構造から言って、最上階にあるのといえば」
壁の向こうに何があるのかを類推する。
「残る可能性は〝大広間の舞踏会場〟」
そう、いわゆる社交パーティーなどを開くための場所だ。パーティーの招待主であるこの砦の領主の虚栄心を満たすために、建物の最上階に見晴らしの良い場所に設けられているものが多いのだ。
薄暗い廊下の中、ならんだ扉の中の1つに手をかける。鍵はかかっておらず、容易に開きそうだ。
「よし」
私はいつでも攻撃できるように身構えると、右手に愛用の戦杖を握りしめて、扉を手前に思い切り引いた。
――ギッ!――
軋む音を立てながら分厚い扉が開く。同時にその向こう側から陽の光がこぼれてくる。廊下とは違い、広間の中は大きく窓が取られているのだ。私はその中へと駆け込みながら叫んだ。
「悪逆の徒! デルカッツ・カフ・アルガルドはどこだ!」
悪逆――私はあえてそう唱えた。デルカッツなる者が到底聞き流せないであろう言葉を叩きつける。するとやはりというか、扉をくぐってすぐの私の右手方向から大きな打撃音が聞こえてきた。
――ドンッ!――
苛立ちの音、威嚇の音、明らかに私に対して敵意を顕にしている音だった。
そちらの方へ視線を向ける。するとその方向の突き当りには舞台があり、その舞台の縁に腰掛けている1人の壮年の男性が居た。
フェンデリオルの侯族としては標準的な装いである、ダブルボタン仕様のルタンゴートコートに、革製のベスト、白いシャツに襟元にはクラバットと呼ばれるネッカチーフが巻かれている。腰から下はズボンに脚には革製ブーツと、華麗に仕立て上げていた。
そしてその手には鞘に収められたままの大振りな刀剣が握られ、その剣先を床へと突き立てている。おそらくはこれがあの威嚇音を立てた大本だろう。
明るく光が降り注ぐこの大広間の中で、その舞台のところだけが薄暗い。そこだけ窓に分厚いカーテンが引かれているのだ。その暗がりの中から鋭い視線をこちらへと向けてくるのは、この砦の城主にして領主、デルカッツその人にほかならないだろう。
フェンデリオル人としてよく見かける白い肌に、この国の物としては珍しい黒髪、鷹のような鋭い視線に、彫りの深い相貌が彼の威圧感を醸し出していた。
彼は無言だった。私は彼と正面から対峙すると、意を決して問いかける。
「そこもとが、本城塞の領主であられるか?」
その問いかけに彼は答える。
「いかにも」
野太い声が響く。私は自ら名乗りつつ更に問うた。
「フェンデリオル正規軍により委託を受けた、特別査察部隊隊長のエルスト・ターナー2級傭兵だ。名を教えていただこう」
私の求めに彼はためらわずに答えた。
「上級侯族、デルカッツ・カフ・アルガルド。爵位は子爵」
その名乗りから彼の素性がすぐに分かる。すなわち〝成り上がり〟
上級侯族にもいつくかあるが、世襲で代々の上級であるものは上位の爵位に収まることが多く、通常は伯爵以上だ。だが、下位の身分から成り上がった上級侯族は子爵止まりのことが多い。個人単独では伯爵の爵位を拝命するのが極めて難しいためである。
これを世に〝成り上がりの上級子爵〟と呼ばれて、侯族社会の中では蔑まれる対象となる。私はあえて彼を煽り立てた。
「今回のワルアイユ国境動乱はあなたの仕掛けたものであることはすでに露見している。成り上がり風情の子爵どのが、このような大罪を引き起こしていかがなさるおつもりか?」
私は語気を強めて更に問いかける。
「あなたの所業で多くの人々が不幸に追いやられた。流されずとも良い涙が流され、荒らされずともよい大地が荒らされた。なにより、多くの人命が失われた! 今ここにおいて潔く縛につけ! そして、断罪を受けるのを待つのがよろしいと思われるが、如何にせん? 答えていただこう!」
その言葉を叫ぶ間、私の脳裏を横切ったのは父を奪われて嘆き悲しむアルセラ、困窮し医療の手も届かずに苦しめられるメルト村の母親たち、そして、荒れていく村を成すすべなく見守るメルト村の人々、そして、本来であればしなくても良い戦いに駆り出された双方の国の軍人たちの姿だった。
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