バロンの業火

 鬱蒼とした森林の中の道は険しさを増していく。

勾配がきつくなり大きくカーブを描きながら小高い丘を越えると下り道になる。その下り道を下りきったところに少し開けたところに出くわした。


「どうどう!」


 ずっと走り続けだった馬を牽制しながら、その歩みを止めさせる。ゴアズさん以外の全員が無事到着しているのを確認する。


「ゴアズさんとプロアさん以外は揃っていますね?」


 そう告げながら全員を確認する。大きな問題はない。また、ゴアズさんが殿の役目をしっかりと果たしてくれているため後ろから追ってくる姿は見られなかった。


「来たか!」


 私たちにそう問いかけてくるのはプロアさん。頭上から降りてくるように声がする。だが彼も一人居ないことに気づいた。


「おい、ゴアズはどうした?」


 私は言う。


「森林地帯に伏兵がいました。今、殿しんがりとして食い止めてくれています」

「一人でか?」

「はい」


 私がそう答えるとカークさんが言う。


「大丈夫だ。あいつには精術武具の〝天使の骨〟がある。天使の骨は元来、1体多数の斬り合い戦闘を想定した武器だ。むしろ下手に加勢すると天使の骨の機能を十二分に活かしきれない」


 バロンさんが補足するように告げる。


「攻撃効果範囲が広いので同士討ちを起こしかねないんです」


 彼らの言葉を受けて私も告げた。


「今は彼を信じましょう」

「あぁ、そうだな」


 それらの言葉にプロアさんも同意するしかなかった。


「それよりここから先だ。来てくれ」


 プロアさんの道先案内を受けて進めば、下り坂のつづら折れに差し掛かった。そこからは目的地であるラインラント砦の全容が一望できるのだ。


「これがラインラントだ」


 そこには大きく深い谷底が広がり、向かい側の急斜面に撃ち込まれたかのように、幅狭で奥行きの深い城が、崖斜面を深く切り込むかのように築かれている。


「これが旧ラインラント砦」

「そして、デルカッツの野郎の悪の根城ってわけだ」


 私の言葉に続いてドルスさんが言えば、ダルムさんが相槌を打った。


「あぁ、あそこに諸悪の根源が隠れていやがる」


 谷底から双方の崖は強固な石造りの橋で繋がれているが、そこまではつづら折りの坂道を降りていかねばならない。


「ですが――」


 パックさんが不意に言う。


「この坂を降りるのは、向こう側から見て格好の的です。こちらから見える城門館が狙撃手が身を隠す場としては絶好の位置に来るからです」

「たしかに、私が敵の指揮官ならば狙撃手を配置して敵の数を減らそうとするでしょうね」


 その言葉が皆を思案させる。だが、その答えはすぐに導かれた。


「つまり、ここから向こう側を沈黙させればいいのですね?」


 そう告げたのはバロンさんだ。

 崖の向こうにラインラント砦が見える。ここから見て正面の間口は狭く、奥行きが果てなく深いように見える。

 石橋を渡った先に馬車溜まりとなる広場があり、その向こうに正門が構えられた二階櫓の城門館が構えられている。そこには木と鉄枠とで作られた両開きの門があり、門は閂がかかっているのか固く閉じられていた。

 バロンさんが、その冷静さに満ちた鋭い視線で入り口の城門館を見つめている。

 

「城門館に銃眼が見えます」


 〝銃眼〟――城や砦などの壁面に開けられた穴で、そこから銃や弓矢を射るためのものだ。もとが砦なのだ。それくらいの設備はあって当然だった。

 

「銃眼は最低でも10以上、おそらくその全てに銃射手が配置されているでしょう。ここから〝アレ〟を打ち倒すしかありません」


 バロンさんは馬から降りると、キャスケットを脱ぎ、袖なしのシャツ姿になる。そして、馬の鞍にくくっておいた大型の矢入れを取り出し背に背負うと、すっかり使い慣れた精術武具弓のベンヌの双角を左手に握りしめて前へと進み出た。

 

「下がってください」


 そう私たちに告げながらベンヌの双角を構える。バロンさんの視線は谷の向かい側のラインラント砦の城門館へと向いている。

 ここから敵ラインラント砦までは目測でおおよそ200フォスト〔約360m〕ほどの距離がある。

 つづら折れの坂道を石の橋のある位置まで降りれば100フォスト〔約180m〕くらいにはなるだろう。だが、そうなれば敵からの攻撃の格好の的になってしまう。

 それに対して、通常の弓矢ならばどんなに強力な長弓を使ってもせいぜいが130フォストくらいが限度だろう。

 だが、バロンさんは違う。

 

「狙撃、開始します」


 彼にはその優れた遠距離狙撃能力と、古の時代から伝わる2種属性精術武具のベンヌの双角がある。

 背面の矢入れから矢を4本ほど取り出すと、ベンヌの双角を斜めに傾けて構える。矢は弓の左側につがえた。

 両腕に力を込めて弦を引く。その屈強な双腕に満身の力を込めて限界に至るまで引き絞る。

 

――ギリギリッ――

 

 その状態で狙いを定めながら、彼は精術武具の機能を発動させる聖句を詠唱した。

  

「精術駆動 ――神罰・流星雨――」


 次の瞬間、つがえた4本の矢の先端に炎が灯る。そして――

 

――カァンッ!――


 右手から弦は離れ、4本の矢はうち放たれる。4本の矢に灯った炎はまたたく間に膨らんでいく。

 灯火は業火となり、それは神の裁きの粛清となる。

 

――ドオオオンッ!――


 爆音が鳴り響き、業火の塊は爆散する。


――ブォッ! ゴオッ!――

 

 ラインラント砦の城門館で私たちを狙っていた者たちへと、その神罰の炎は裁きを下すためにあまねく降り注ぐ。

 火精の力で矢を炎の塊と変え、それを爆砕させて火弾とする。風精の力で敵のもとへと火弾を誘導する。それら無数の火弾は敵砦入り口の城門館に潜んだ者たちを確実に燻り出したのだ。

 

――ボオオン! ドオン!――


 命中した火弾が炸裂し小爆発を生んだ。それはまるで小型の砲弾を無数に一斉発射したに等しかった。堅牢だった城門館の外観は変わり果て、今や生きている人影の気配はまるで感じられなかった。

 

「手応えあり」


 バロンさんが、自分が放った矢の戦果を確認して静かにつぶやいた。私も思わず称賛する。

 

「お見事です」


 これなら敵もこちらへとおいそれとは攻撃してはこれないはずだ。私たちは一定の安全を確保できたこととなる。進撃するなら今だ。

 

「急ぎましょう。石橋を渡るなら今です!」


 馬にまたがり直すと先頭を切って走らせる。その後に他の人々が続く。

 さぁ、いよいよだ。私たちにラインラント砦への突入が間近に迫っていた。

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