次なる戦いへ

「ルスト隊長」


 そう問いかけてきたのはワイゼム大佐だ。


「大佐」

「戦闘指揮ご苦労様です。同時に戦闘行動の集結と指揮官任務の完了を確認致しました」


 私はそれに答えた。


「了解です。私からも口頭ですが、戦闘行動終結をここに宣言いたします」


 そして私は、二つの物を大佐へと返却する。


「こちらはフェンデリオル正規軍本部から預託していただいた指揮官徽章と前線指揮権の承認証です。任務完了とともにご返却させていただきます」


 この二つの物を返す事で、私のこの戦いにおいての指揮官としての役目は終わり、元の査察部隊の隊長に戻ることになる。

 大佐がそれらを受け取りながら答える。


「確かにご返却いただきました。指揮官任務完遂ご苦労であります」


 大佐はそれを受け取りながら敬礼を示した。

 私も軽く敬礼で応えながら必要な事を伝えていく。


「それで今後の事なのですが」

「了解しております。負傷者の回収と捕虜たちの監視と管理、象たちの保護については対応の準備をすでに始めています」

「重ね重ね適切な対処、ありがとうございます」


 さすがワイゼム大佐だ。私が言うよりも先に理解してくれていた。だが、さらに引き継がればならないことがある。


「もう一つお伝えしたいことが」

「何でしょう?」


 私は一呼吸おいてから努めて穏やかに告げた。


「私たち査察部隊を率いていたゲオルグ少尉の身柄についてです」

「彼が? どういうことですか?」


 皆の視線が集まる中で私は告げる。


「彼は偽軍人です。すでに証拠と確証は得ています。本人からも自白済みです」


 偽軍人と聞かされて大佐や少佐の顔が強張るのがわかる。だが私は言った。


「彼の処遇についてですが、取り扱いは丁重にお願いいたします。彼は私個人の判断と、とあるところとの連携により司法取引が成立しています。詳細は改めて、西方司令部経由にて正規軍本部へと上申させていただきます。本人からもおとなしく司法の判断を仰ぐとの意思を得てあります」


 そして私は言葉をまとめるように言った


「彼の身柄を西方司令部において保護をお願いしたいのです」

「了解いたしました。ゲオルグ氏の身柄は確かにお引き受けいたします」


 さて、これで伝えるべきことは伝えた。この場においてやるべき事もやった。

 だがその時、ワイゼム大佐が言う。


「これからですが、いよいよ敵黒幕のもとへと向かわれるのでしょう?」

「はい。アルガルドへと突入しようと思います」


 私がそう宣言すれば、査察部隊のみんながしっかりと頷いてくれていた。

 我々がそう答えたことで大佐も確証を得たらしい。予め示し合わせていたかのように大佐は大声で背後に告げた。


「おい! あれの回収はまだか!」


 その声に反応するかのように正規軍人の人々が連れてきたのは彼らが使用していた〝馬〟だった。正規軍にて、長距離移動用に調教と教育が施された軍用馬だ。しかもそれは7頭揃えられていた。


「来たな? 隊長殿、そちらの部隊移動にこの馬を使っていただきたい」

「えっ? よろしいのですか?」

「はい。どのみち我々は後は事後処理をしながら帰還するのみです。ならば次の実戦へと向かわれる、皆様方が使われるのが望ましい」


 それすなわち、正規軍人の人々からの好意にほかならない。私はこれを素直に受け取った。


「ありがとうございます。的確に使用させていただきます」


 私がそう答えれば部隊の皆が馬を受け取ろうとしていた。一人一人が馬を受け取り、私にも一頭の馬があてがわれる。

 それに速やかに跨りながら私は言う。


「それでは全員騎乗してください」


 私の指示でここに居ないプロアさん以外がすべて馬に跨っていた。もと正規軍人の4人は当然として、ダルムさんもパックさんも苦もなく乗りこなしている。これなら大丈夫だろう。私もスカートジャケットのまま跨り、左足を蔵の上に横に載せた〝横座り〟で騎乗する。


「これより、今回の事件の黒幕であるアルガルドの本領へと向かい事件の首謀者を捕縛いたします」


 私の宣言に皆が答えた。


「了解!」

「了解しました」


 そしていよいよ動こうとした時だ。群衆を分け入って近寄ってくる影が2つあった。


「隊長!」

「ルスト隊長!」


 そう声をかけてくるのはマイストとバトマイの2人。今回の私達の戦いの影の立役者たちだ。彼らが居なかったら、職業傭兵たちの参集も、大規模野外戦闘時の敵の分断も、どうなっていたかわからないのだ。無論、私の隊長職の件もだ。


「次の任務に向われるそうですね」

「ご武運を!」


 二人が私たちへと激励を口にする。その時、ドルスが言った。


「ルスト隊長! そういや、こいつらに二つ名が決まったぜ」


 ダルムさんが声を漏らす。


「ほう? どんな名前だ」


 するとドルスさんは視線でマイストとバトマイの2人に促した。

 それに対して、マイストが言う。


「俺が右双炎のイスト」


 続いて、バトマイが言う。


「俺が左双炎のトマイ」


 その言葉を聞いて私は心を込めて祝福を告げた。


「おめでとうございます!」


 二つ名を得られることは傭兵にとってひとつの節目だ。戦局の重要な局面で二人が戦場にもたらしたあの炎は今でもこの目に焼き付いている。あれは間違いなく、この戦いの勝利への灯火だったのだから。

 そして、アルセラが皆を代表するように私たちへと告げた。


「ルスト隊長、査察部隊の皆様、ここより先のご武運を心よりお祈り申し上げます」


 アルセラの凛とした声がその場に響いた。

 皆の視線が集まってくる。

 職業傭兵たち、

 メルト村の人々、

 通信師の少女たち、

 そして、ともに戦ってくれた正規軍人の方たち。組めども尽きない思い出がよぎる。


 ワイゼム大佐が力強く告げた。


「ルスト隊長と、査察部隊の方々に敬礼!」


――ザッ!――


 大佐の宣言で正規軍人の人々が、職業傭兵たちが、一斉に敬礼で答えてくれた。


「皆様ありがとうございます!」


 我々も馬上から敬礼で応えた。

 さぁ、行こう。次なる戦いの場へと。


「出発!」


 馬に手綱で鞭を入れる。


――パシッ――


 その音を合図として私たちは走り出した。

 向かう場所はアルガルド、そしてこれこそが最後の戦いだ。

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