序文:ルストたち西方中央街道を往く

序文:ルストたち西方中央街道を往く

――西方中央街道――


 その道はそう呼ばれていた。

 西方都市ミッターホルムを起点としてヘイゼルトラム~ブレンデッドを経由して更に西へと向かう。終点はアルガルドと言う土地だが、今回はそこまでは行かない。

 

 軍隊における行軍移動と言うのは効率と速度が物を言う。

 物見遊山の遊行ではない。のんびり景色を眺める余裕はない。途中の道ではほとんど無言だった。

 朝、日が昇ると同時に歩き出し、夕方、日没と同時に宿をとる。出発してから安宿に泊まる機会があったのは最初の3日間のみ。残りは街道筋にある〝旅人小屋〟と呼ばれる山小屋のようなものを利用し、食事は携帯保存食と現地調達食材ですませる。

 5日目の夜も旅人小屋だった。

 小屋の内部を見聞し、先客が居ない事を確かめると、役割を分担する。

 

「バロン、ゴアズ、プロア、ドルスの4名は食材調達をお願いします。残りは小屋内での休息の準備と夜食の支度を」


 指示を下すと速やかに動く。傭兵と言えど軍隊組織の一部に変わりはない。効率が重要視される。

 食材調達に出ていった4人を見送ると、残りの6人で小屋内での休息準備をする。荷物の整理、寝る場所の割り振り、そして、夜食の調理の準備――

 旅人小屋には自炊用のかまどがあり、そこで煮炊きが可能だ。私とラメノさんが夜食の準備となり、カークさんとパックさんが水の確保、残る二人が荷物番となる。支度をして待っていれば、調達組は意外な獲物を手に戻ってくる。


「どうだ? でかいの取れたぜ?」


 その手に黒鮭と呼ばれる大型の川魚を手にしていたのはドルスさん。

 黒鮭は川と湖を行ったり来たりして回遊している魚で大振りで脂が乗っている。


「こんなものでどうでしょう?」


 バロンとゴアズの二人はミチバシリと言う飛べない鳥。足が早く捕まえるには弓で射るしかない。その点、バロンさんなら大丈夫だろう。

 

「帰ったぜ」


 あっさりと帰ってきたのはプロアさん。その手には近場で採取してきたらしい自生の馬鈴薯と、いい香りのする香草が袋詰になっていた。


「ありがとうございます。出来るまでゆっくり休んでください」


 私はそう声をかけて調理を始めた。隊長と言う肩書があるからと言って楽をするつもりはない。皆が等しく力を合わせる。それが私のやり方だった。

 そして、程なくして夜食が出来上がる。香草と香辛料を使った黒鮭の切り身の串焼きと、ミチバシリの肉のワイン煮、馬鈴薯は皮を剥き薄めにスライスして塩を利かせて炒める。これにコンソメと乾燥肉でスープを作った。料理が銘々に配られて夜食が始まる。そして、ここで傭兵が夜食のときの決まり文句がかわされた。

 

「隊長、酒は?」


 夜食の席でカークさんが尋ねてくる。私は職業傭兵に定番のあの言葉を口にした。

 

「革グラスに一杯まで」


 これは職業傭兵や正規軍人が野営をするときに、かわされるお約束の言葉だった。

 革グラスとはフェンデリオルで傭兵や兵士が現場で持ち歩く折りたたみ式の革製コップだ。それに一杯までなら飲酒を許可するという指示の意味。 

 実は、その言葉が出るということは、その日の任務内容に問題がなく、この後は就寝まで体を休めることが出来るという事を示していた。だからこそだ、場に安堵の空気が流れ出す。私はゲオルグさんに視線を送る。乾杯の挨拶を求めて。彼は宣言する。

 

「乾杯」


 その言葉とともに食事が始まる。なにげない団らんの後に早めの就寝。ここはまだ作戦危険地域ではないから歩哨の必要はない。そして翌日、日の出と同時に行動が始まる。

 

「正規のワルアイユへの道を避けて、ここから少し行った地点から山道に入ります。極秘潜入を果たすためです。古い道ですのでくれぐれも慎重にお願いします」


 私の言葉に皆が頷いていた。

 山越えをすればその先に待つのが【ワルアイユ領】だ。私たちの作戦任務地だ。

 小屋の内部を片付けて滞在の痕跡を処分する。そして昨夜の料理の残りで作った携帯食を皆に配布するといよいよ出発となる。

 

「出発」


 私のその声で皆が歩き始めた。

 作戦任務地・ワルアイユ領。

 そこで私たちは苛烈な現実を目の当たりにすることになったのだ。

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