夢語りⅡ ―出奔―

――そして、また夢を見た――





 長い長い夢、それは走馬灯のようでありそれでいて妙に現実感があった。


 私が15歳の時の光景だった。

 私は夢を見たのだ。


 そこには15歳の私が居た。

 長年学び続けた軍学校、それを飛び級で私は卒業を果たすことになった。

 卒業式を終えてこれからの日々に希望を持って向かおうとしていたその時だった。

 私は実家へと呼び戻された。一方的の呼びつけの後で、あの人直属の執事から私は告げられた。


「あなた様には卒業後すぐにご婚姻なさっていただきます」

「えっ?」

「拒否はできません。これは当主直令で確定した事項です」


 夢の中でその言葉が何度も繰り返される。


「ご婚姻なさっていただきます」

「ご婚姻なさっていただきます」

「ご婚姻なさって…………

「ご婚姻…………

「ご婚姻…………

「ご…………


 私の視界は歪んで消し飛んで行った。




――夢を見ていた――




 私は燃え盛る暖炉の前に佇んでいた。

 私は衣装部屋ドレッサールームに居た。

 そこには、私自身に降り掛かった苦しみがあった。


 すなわち〝婚礼衣装〟だ。


 純白のロングドレス、シュミーズドレススタイルで襟が首筋までを覆うハイネックが特徴的だった。

 さらには頭頂からつまさきまで包み込むようなロングベール、純白のシルク地の上には光り輝くビジューが散りばめられている。それが部屋の中央にこれみよがしに飾られていた。

 本当ならば喜びともに身につけるはずの婚礼衣装を、忌々しげに見つめながらスタンドから外す。そして、それを部屋の隅の暖炉へと運ぶと投げ込んだ。

 さらにオイルランプも一緒に投げ込めば、オイルランプの油と炎で婚礼衣装は真紅に燃え上がった。

 

――ヴォッ――


 シルク地の婚礼衣装はよく燃えた。

 その炎は私の中に潜んでいた静かな怒りを形にしたものだった。

 わたしはその炎とともに、実父への絆の糸を完全に断ち切ったのだ。

 自ら焼き捨てた婚礼衣装の炎を前にこれからは一人で生きていくと決意を秘めていた。自分の力で前に進むのだと。




――夢を見ていた――




 自ら命を絶ってしまったお兄様の部屋で私は別れの言葉を口にする。

 お兄様の部屋の中には、生前を偲ぶ思い出になるようなものはすでに何もなく肖像画だけが遺影のように飾られている。それに向けて私は告げる。


「お兄様、私は、お兄様の分も自分の意志で生きようと思います」


 ただただ薄幸だった愛するお兄様の思い出をじっと記憶の中だけで噛み締めるしかできない。でもその時確かにはっきりと聞こえた。


――行くがいい、お前の望むままに――



 ありがとうございます、お兄様。

 私は今生の別れとして一礼をする。

 そして部屋の扉を静かに締めると、そこから立ち去ったのだ。




――夢を見ていた――


「ごめんなさい、勝手なことをして」


 常に私の味方になってくれていた一人の執事の顔が浮かぶ。私は彼に侘びていた。

 私の〝出奔〟に加担したとなれば当主からどんな叱責を受けるやも知れない。

 だが彼はそれを承知の上で協力してくれた。

 彼の覚悟に満ちた力強い声が聞こえる。


「お嬢様、ご心配は無用です。あとのことは全てこの私めにお任せください」


 それが彼の答えのすべて。何があっても彼は私の味方なのだ。彼は笑顔で別れを告げた。


「いつかまたお会いしましょう。それまで、幾久しくお元気で」

 

 その言葉が終わると同時に馬車は静かに走り出す。

 窓越しに館の方を見つめれば、彼はいつまでも私を見守ってくれていた。

 その眼差しが私に勇気をくれたのだ。

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