第3話:決戦前夜

野営準備と作戦会議:前編

 戦闘部隊の隊列は夜の山道をひたすら移動し続ける。途中、休憩と仮眠を取りながら朝を迎えると、西方平原へと山越えを果たし平原の入り口にあたる丘陵部へとたどり着く。その頃にはすでに太陽が傾いて地平線へと沈みつつあった。

 実際に決戦の地となるのは、ここからわずかに西へと行ったところのはずだ。

 私はこの地点を野営陣を張る場所と決めると、査察部隊の仲間と村長たちへと告げた。

 

「ここで一旦、野営の陣を張ります。明日の早朝には接敵する事になると思います」


 否定の声は出なかった。

 西からトルネデアス、東から信託統治委任部隊――それぞれが迫ってきているのだ。休める時に休むのも重要だった。

 伝令が走り、休憩と野営が伝えられる。事前に決められたとおり10人から20人前後でグループとなり野営が始まる。薪が集められ火が焚かれる。それが草原地帯のあちこちに聖火のように並び始めた。

 それらを見下ろす位置に、私たち中央の指揮部隊の野営陣が設置されようとしていた。

 集めてあった薪を組んで火を灯す。かがり火が立ち上り天へと吹き上げようとしている。

 夏場とは言え砂漠地帯に近いこの西方平原の夜は肌寒い。必然的に人々はかがり火の周りへと集まることになる。

 まずは休憩――夜を徹して行われた脱出行の疲れを癒やすことにする。


 かがり火の周りには、私とエライアを中心として査察部隊の面々と、村長を中心とした村の義勇兵部隊の要人たちが集まっている。自然に単なる休息ではなく〝これから〟のことについての話し合いへと移行していく。

 その話し合いのいとぐちを切ったのは領主たるアルセラだった。


「皆さん、集まりましたね?」

「はい、主だった顔ぶれはすでに」


 メルト村の方から来ていたのは村長以下、青年団のリーダー格と女性義勇兵の頭であるリゾノさん。通信師の少女たちと言った面々だった。

 そして査察部隊のメンバーを加えて火の回りで腰を下ろす。焚き火の灯りに照らされながら私たちは明日の戦いの話し合いを始めた。

 アルセラが言う。


「それでは明日の野戦行動の打ち合わせを始めます。ルスト隊長、お願いします」


 アルセラは私へと会話の流れを渡してきた。彼女もかなり慣れてきたのか自分にできないことはそれをできる人に適度に委ねればいい――という事を肌で理解してきたようだ。私も彼女から渡されたバトンを素直に受け取った。


「かしこまりました。それでは――」


 私は皆の顔を一瞥しながら語り始めた。


「まずはながの脱出行軍、ご苦労さまでした。途中、進行ルートの寸断や事故なども起きなかったのは僥倖ぎょうこうでした。みなさんも集団の誘導などご尽力お疲れさまです」


 そこで一旦言葉を区切ると私は話を続ける。


「まず明日の早朝、日の出前からの行動になります。おそらく敵であるトルネデアスの侵略部隊も、背後から追って来ている強制執行部隊も、明日の朝の接敵を想定して動いているはずです。一度休憩を取り、その後に行動を始めるはずでしょうから」


 その言葉にアルセラも村長も、他の皆も頷いていた。

 私は言葉を続けた。


「私たちもそれを前提として行動準備を整えようと思います」


 敵がいつ動くのか? そしてそれをどう迎え撃つのか? 事前にその方向性を定めるのは指揮官たるものとしてとても重要な事。無論、皆がそれを求めているのは明らかだった。


「まず、日の出前の早朝をもって防戦体制を整えます。これは全員に対して厳命してください。それとそれに際しての私の予想を皆さんにお話しておきます」


 そしてここからが重要だった。私は要点を抑えながら語り続ける。


「まず、東の背後からはアルガルド家の息のかかった者が率いる統治信託委任の強制執行部隊が西進して来ているのは間違いありません。そして、あの暗殺者部隊による放火行為などから我々が最終的にこの西方平原にまで撤退する可能性も織り込み済みのはず」


 私は語気を強めてこう告げる。

 

「なんとしてもワルアイユ領を落としたい首謀者は徹底的に我々を追い込むはずです」

 

 その言葉にアルセラはもとより皆が一様に頷いてくれていた。

 この状況ならばアルガルドの手勢のものなら、一気に追い込みを図るだろうことは明白だからだ。

 

「そしてです――、そのための手段としてこちらの守備体制を崩壊させ散開させる事を計画の第1義としているはずです」


 散開――すなわち〝散り散りちりぢり〟にしようというのだ。追い詰めて統率を失わせ逃げ出させて、個別に捉えようとするはずなのだ。

 

「なんらかの圧力と威圧を行い、戦いへの士気を削ぎ、私達の市民義勇兵部隊を動揺させて、逃げ出さざるを得ないように追い込もうとするはずです。そうやって散り散りになったワルアイユの領民たちを保護名目で捕らえ、そのままメルト村全体を強制執行名目で占拠しようとするはずです」


 そう語ったときだ、アルセラが言葉を漏らす。

 

「名目は領民の保護でも、その後、メルト村やワルアイユ領が以前の営みに戻るとは限らないと思います」

「えぇ――」


 わたしはアルセラの言葉に頷いて肯定する。

 

「そのとおりです。そうなったら終わりです」


 つまりはアルガルドの思惑に乗らないようにしなければならないのだ。

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