父バルワラが残してくれたもの

 それからは村民たちの行動は圧倒的に素早かった。

 戦闘装備の用意。野戦行動用の糧食の配備、村の離脱に伴う家屋や建物の戸締まりと片付け――それらはまたたく間に進んでいく。

 村民たち各自の市民義勇兵としての戦闘装備や、非戦闘要員の避難準備なども粛々と進む。

 一方で、私とアルセラ、そしてメルゼム村長と、役場の一階へと集まり語らい始めた。

 普段からの準備と鍛錬の成果を脇目に見ながら、メルゼム村長が説明をし始めた。それは村長が知るメルト村の領主たるワルアイユ家についてだった。

 

「そもそもメルト村は昔から国境沿いと言う事もあり敵国の襲撃を受けたり大規模戦闘の戦場となる事が多かったのです」

「はい、それは存じています」

「それ故、ワルアイユ家の代々の領主は正規軍人相当の鍛錬と戦闘行動の指揮知識を身につけるのが習わしでした。そして、歴代の領主の中でも最も優秀だったのが亡くなられたバルワラ候でした」


 父バルワラの名が出たがアルセラは落ち着いていた。もう感傷に浸る段階ではないことを彼女もわかっているのだ。

 村長は続ける。

 

「バルワラ候はご自身の戦闘鍛錬だけにとどまりませんでした。

 非常戦闘時の組織体制の構築――

 非戦闘員の待避所としての廃鉱山の再活用――

 山頂付近の見晴らしを利用した物見台の設置――

 緊急連絡手段としての3級通信師の技能育成――

 など――様々な試みを着実に行ってきたのです」


 そのいずれもが緊急時において国土防衛の要として重要なものばかりだった。

 私は告げる。


「バルワラ候の先見の明あってのことです。おかげで西方平原への脱出も順調に進めることができます」

「えぇ、ありがたいことです」

「今こそ、バルワラ候の苦心が実る時が来ていると言えるでしょう」


 その言葉は村長にしても嬉しい言葉だったに違いない。うなずきながらこう答えた。

 

「そう言っていただけて、バルワラ候も報われるでしょう」


 村長がさらに言った。


「ルスト隊長――あなたに会えて本当に良かった」


 アルセラも言った。

 

「ワルアイユが再び立ち上がれたのは隊長のおかげです。この出会いをもたらしてくれた運命の神に心から感謝したいと思います」


 だが私は答え返す。

 

「いいえ、私の功績ではありません」


 そしてアルセラと村長と、村のすべての人々を眺めながら私は答えた。

 

「皆が力を集結させた成果です」

 

 そうだ。これは誰か一人の功績ではない。力を合わせたからこそ成し得たことなのだ。

 

「参りましょう! 西方平原へ」


 さぁ、行こう。決戦の地へと!

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