アルセラの右手に銀蛍は輝く

「アルセラ様?」

「お嬢様!」


 垣間見れば、アルセラの表情には真剣な表情が浮かんでいる。そしてその右手に握られていたのは――


――ワルアイユ家に伝わる家宝〝三重円環の銀蛍〟――


 亡き父からアルセラへと継承された精術武具。

 それが襲いかかろうとする暗殺者へと向けられた。アルセラの脳裏に父の言葉が再び蘇った。

 

――家宝〝三重円環の銀蛍ぎんけい〟には3つの〝技〟がある――


 アルセラが右手に握りしめた三重円環の銀蛍のペンダントヘッドを暗殺者の一人へと向ける。

 

――1つ、一条の強力な光の柱で敵対者を吹き飛ばす――


 アルセラが叫ぶ。

 

「精術駆動! 銀蛍の矢!」


 3つの円が重なったその中心部に備えられた高純度のミスリルクリスタルが光を放つ。それも極太の光の柱となって。

 その光の柱は強靭な光の矢となり、アルセラと相対してる暗殺者の胸部を真っ向から貫いた。

 そしてほとばしる光の奔流が暗殺者の全身を吹き飛ばしたのだ。

 

――ヴォオオオオオオオン!――


 響くような重振動音を響かせながらほとばしる光に吹き飛ばされて、その者の全身は一気に役場の外へと叩き出されたのだ。

 

 そして、次なるは敵の無力化だ。そうだ、あの時、父バルワラは言っていた。

 

――2つ、まばゆい閃光で視覚を奪う――


 再びペンダントヘッドを突き出して構える。

 

「精術駆動! 銀蛍の閃光!」


 その言葉と同じにその室内をあまねくすべて照らし出すような閃光が迸った。その瞬間、アルセラの周囲に居た者の視覚を奪い去った。

 思わず目を押さえた残り二人の暗殺者がその動きを止めた。そして、それこそがチャンスだった。

 次なる攻撃のためにアルセラは三度、父の記憶を探り出す。

 

――3つ、自在に飛び回る光の飛礫つぶてで複数の敵を同時に討ち倒す――


「精術駆動! 銀蛍の飛礫つぶて!」


 ペンダントヘッドの中心部から小粒の光の弾丸が撃ち放たれる。それも複数同時に――

 連続して打ち出された光の弾丸は曲射を描いて飛んで行き、のこる二人の暗殺者を滅多打ちにしていく。

 

――キュン! キュン! キュン! キュン! キュン!――


 甲高い小気味よい発射音とともにアルセラが認識したターゲットを着実に仕留めていった。撃ち放った光の弾丸の総数〝25発〟

 無論、その弾幕に堪えられるものではない。二人の暗殺者はその場で崩れ落ちる。

 一切の反応はなく事切れているのは確かだった。

 アルセラはその視線で敵の絶命と危機的状況の回避を確認した。新たな襲撃者の侵入はない。ひとまずは乗り切ったようだ。

 安堵したためか一瞬、立ちくらみをしたようによろめきかける。それを傍らに立っていたリゾノが慌てて肩を抱いて支えた。


「お嬢様!」

「だ、大丈夫です。初めて使ったので力を出しすぎたようです」


 精術武具は術者の生命力や精神力を糧とする。それゆえ、慣れていないと失神することも多々ある。アルセラはしっかりと立ち上がるとリゾノに問いかけた。 


「――それより、死亡者や重症者はいますか?」

「いいえ、致命傷まで至ったものはおりません。ですが執事長様が」


 オルデアが気絶させられ昏倒している。

 アルセラは静かに駆け寄ると女性義勇兵を指揮するリゾノと、侍女長のザエノリアに指示を出した。


「まずは相互に怪我の治療を。そして怪我の比較的浅い者は、オルデアさんの介抱をお願いします」

「はい」

「ただちに」


 そう返答しながらリゾノがオルデアの呼吸と脈拍を確認する。幸いにして呼吸停止や心停止までには至っていないようだ。


「大丈夫です。昏倒させられたのみです」

「そう――よかった」


 アルセラはぽつりと漏らすと右手に握り締めた家宝のペンダントの重みと温もりを感じずにはいられない。

 他の者たちも怪我の応急処置を手早く進めている。

 これなら大丈夫だ。アルセラの意識は外へと向かった。


「ルスト隊長!」


 建物の外で行われている戦闘をその目で確かめずにはいられない。アルセラは建物の外へと向けて歩き出していた。未だ戦いの続いているその場所へと――

 そして――

 アルセラは感じていた。自らの背中に畏敬と、感謝の念が込められた強い視線を。そしてそれこそが――


――領主の責任の重さ――


 そうなのだ。自分の背中の後ろにはこの〝ワルアイユ〟の領民たちの命が控えているのだ。


――ワルアイユを守るとはその土地に住む領民たちを守るということだ――


 アルセラの胸の中に在りし日の父の言葉が蘇っていた。

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