雷神と呼ばれた男

 ダルム老と別れた3人はそれぞれに案内役の村の若者たちとともに配置についていた。

 手前からカーク――ゴアズ――そして、ドルスの順だ。

 必然的に負うべき役目は、その配置によって違いがあった。

 

 カークが目の当たりにしたのは林立する針葉樹の木々だった。真っ直ぐに天を向いた素性の良い木々が並んでいた。

 

「これをへし折らないといけねえってのはちと辛いな」


 丁寧に手入れをされて育て上げられた木々を前にしてカークはつぶやく。その言葉に村の若者達も悔しげな表情をしている。そんな彼らにカークは言った。

 

「すまんな」


 突然の詫びの言葉に驚きつつも若者たちも答えた。

 

「いえ、あなたのせいではありません」


 カークが村の人々が精魂込めて育て上げた木々をへし折らねばならないことに罪悪感を抱いていた。しかし、今もなお彼らの眼前では炎が燃え上がり、なおも接近しつつあったのだ。

 

「さっさとやっちまおう。残った木を守るためにもな」


 気持ちを切り替えたカークがそう言えば、若者たちも応える。

 

「はい、お願いします」


 その言葉に頷きながらカークは上着の野戦用革ジャケットを脱ぐと、両手にはめていた籠手型の精術武具を構え始めた。

 

「行くぞ」


 その言葉と同時に自らの精術武具【雷精系 ―雷神の聖拳―】を稼働させる。まずは必要な雷撃を内部生成させる。


「精術駆動 ――雷火生成――」


 製術発動のその聖句が告げられるのと同時に、カークが両手にはめている大型の籠手状の武具が電磁火花を漏らし始める。


――ブウゥゥゥン――

 

 籠手のその内部に仕込まれた発電機構と蓄放電部位が急速に電圧を高めようとしていた。

 その言葉と同時に案内役の若者が告げた。

 

「まずは左側の幹から――向こう側へと倒してください」

「よし」


 その言葉に頷きつつカークが宣言する。

 

「精術駆動 ――穿孔雷撃――!」


 籠手の打撃部となるナックルプレートに4つの鋲がはめ込まれている。そこで目標物を殴打するのだろう。

 ボクシングスタイルでステップを踏みながら一本の大木へと接近すると右手を素早く引いてストレートを叩きつける。

 

「ハッ!!」


 気合一閃、拳を叩き込めば籠手のナックルプレートの鋲から細く細く引き絞られた雷撃が、雷の針のように目標物をえぐり込んでいく。そしてそれが4つ同時に並列して放たれることで刃物で切りつけたような効果を発揮する。

 右の拳でえぐられた大木は、そのえぐられた方へとバランスを崩しかける。見守る若者たちも蒼白な表情で見守っている。

 だが――

 

「フッ!!」


 残る左の拳で不安定な幹を殴打してバランスを崩させる。そして見事に向こう側へと倒れさせたのだ。

 

――メキッ――ズズズ――ズウゥン――


 豪快な音をたてて大木が倒れていく。マサカリで切り倒すよりも圧倒的な早さだった。

 

「すごい」


 元来、軍人気質であるカークは無駄口を嫌う。思わず漏れる言葉にカークがたしなめるように言う。

 

「次はどれだ」

「順番に一本づつ」

「当然、向こう側だな?」

「はい」


 カークは他の若者たちに対しても言う。

 

「ここからは連続してやるぞ。周りの警戒を怠るな。何かあったら知らせろ」

 

 その言葉を若者たちが理解したのを察して倒木作業へと集中する。

 右の拳で幹をえぐり取り、左の拳で反対側へと倒していく。

 一本、また一本と、樹木は倒されていき、類焼を防ぐための空間が確保されていった。

 そして、連続して十数本をへし折ったときだった。

 

「カークさん!」

 

 若者の一人が叫んだ。彼が視線を向ける先をカークも眺めれば飛んできたのは――

 

「火矢か!」


 それも何本も――

 明らかに消火を妨害するためだ。


「そうはさせるか!!」


――ガキン!――


 両の籠手を打ち付け合う。凄まじい火花がほとばしる。

 

「精術駆動! ――雷光弾!――」


 空中でジャブを繰り出すとナックルプレートから球電体が投射される。それはカークの思考をトレースするがごとく、放たれた火矢7本を正確に撃ち落としていた。さらに――

 

「見えた!」


 カークの鋭い視線が襲撃者を捉えていた。その数4名。

 

「精術駆動! ――雷光疾駆撃!――」


 両の籠手のナックルプレートを押し付け合い電圧をさらに高める。そして、右膝を突いて右拳を脇の下へと思い切り引く。

 さらに自らの視界の中に攻撃対象を捉えつつ、右の籠手のナックルプレートを地面へと向けて叩きつけた。

 

「覇ァッ!」


――ドオンッ!――


 カークの拳が地面を叩いたその瞬間、その地点からカークが視認していた4人の襲撃者めがけて雷光が地面をひた走った。それはまるで獲物を追うために放たれた餓狼の如く。先の雷光弾のように雷撃は自らの意思を持つかのように攻撃対象を追い詰める。

 

――ゴォン! ゴォン! ゴゴォン!!――


 目標と接触した瞬間、すべての電圧が開放されて敵はふっ飛ばされた。同時に高電圧が全身を貫き、一切の自由を奪う。生死は――

 

「や、やった?」

「死んだんですか?」


 その言葉にカークが言う。

 

「さあな――手加減はしてねぇ。ただ――」


 カークの意識はすでに次の倒木作業へと移っている。籠手を構えてさらなる穿孔雷撃を放とうとする。

 

「――あの位置なら火に巻かれるだろうぜ」


 襲撃者が倒れていたのは火の手が上がっているエリアの外縁のあたりだった。いずれ火に飲まれるだろう。カークにそこまで配慮する義理はなかった。

 

「――自分の放った炎にな」


 その言葉がすべてを物語っていた。

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