対立の火の手

 ゲオルグ中尉の処遇について結論が出て、プロアさんを見送った私はメルト村へと続く道を歩いていた。だが私は自分の視界の中に見えてきた光景に――〝焦り〟と〝怒り〟を覚えた。


「火事? まさか?! 放火?」


 村を囲む山林の片隅から火の手が上がっているのが見える。

 同時に村が騒然となっている様相がここからでも手に取るようにわかる。もはや一刻の猶予もならなかった。私は一気に駆け出した。


 大急ぎで駆け戻れば、村の目抜き通りのど真ん中で、村の青年たちと思わしき若者たちが、査察部隊の隊員たちと向かい合いやり合う姿が視界に入ってきた。そこには剣呑な空気が流れていた。


「何があったのですか?」


 私が慎重に言葉を選びながら問いかければ、アルセラが反応してくれる。彼女なりに事態を収拾しようと必死になっていたのがよく分かる。


「ルスト隊長!」


 私の元へと急いで駆けより堰を切ったように話し始める。


「お父様の死因を疑う者が現れてしまって」

「それでこのような状況に?」

「はい。何か流言飛語のようなものを聞かされたみたいなんです」


 その言葉に思わず奥歯を噛みしめる。


「愚かな」


 混乱する状況下では流言飛語が飛び交い誤情報が意図的に流されることもある。しかしながらそういうものに安易に飛びつき惑わされるのは愚の骨頂だ。

 私の目の前でドルスたち職業傭兵たちと村の青年たちの一部が対立して一触即発の状態になっている。これでは火事の対応をさせようにも思うようにいかない。


「お前達、落ち着け!」

「お願いです! 静まってください!」


 村長やアルセラが青年たちを説得しようとしているが、興奮状態にあるものも多く耳を貸すものは少なかった。村の長年の困窮生活もあって理性を欠いているのだ。

 駆けつけた私の前でその中の数人が叫んだ。

 

「そのフィッサール人がトルネデアスと内通しているって聞いたんだよ!」

「そのフィッサール人が怪しいんじゃないのか?」

「そもそもお前たちは何のためにここに来たんだ!」

「そうだ!」


 彼らが攻め立てているのはパックのことだった。大集団の中でたった一人の異国人、それが全体にもたらす影響は計り知れないものがある。良い方にも、悪い方にも。

 冷静な状態なら適正に判断できるはずの風聞にも、度重なる嫌がらせのために村が疲弊しきっていることもあり冷静さを欠いてしまっている。さらにはこの火事でパニック状態になりつつある。

 村長をはじめとする年上の人々が落ち着かせようとしているが、どうすることもできないでいる。

 当然、疑惑の対象とされてしまっているドルスたちにはなす術がなくなっていた。弁明すればするほど泥沼にはまりかねないのだ。

 パックさんに至っては無言のまま蒼白の表情だ。彼の人柄を考えるなら耐えられない辛さだろう。


 私は意を決した。

 腰に下げていた戦杖を打頭部を下にして右手から下げる。

 

「精術駆動 ―重打撃―」


 そっと、精術武具の発動のために聖句詠唱を口にする。そして、持っていた戦杖を地面を突き刺すように強く打ち据えた。


――ドオオン!!――


 驚くような地響きが轟き、それに驚いて皆の声が止まる。その気を得て私は一喝した。

 

「静まれ!!」


 突然の一喝する声に、誰もが驚いて一瞬にして沈黙した。それは癇癪やヒスではなく、力あるものが発しうる〝宣言〟の声。

 私の凛とした声に皆が沈黙し一斉に私の方を向いた。その集まった視線全てに向けて私は叫んだ。


「過酷を極める現状で、安易に明示された答えに飛びつきたくなる気持ちは分からないでもありません。ですが、結論を出すには早すぎます!」


 私は手にしていた戦杖の切っ先を騒動を起こしていた若者たちの方へと突き付けた。 


「何が有ったのか説明なさい!」


 私の気迫が場の空気を変えつつあった。

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