司法取引

 驚きの表情に変わるオブリスにプロアは遠慮せずに続けた。真剣な表情が事態の深刻さを物語っている。

 

「俺は闇社会に居たことがあるから分かるんだが、その大金の話は嘘だ。仕事を終えればあんたはどこかで密殺される。口封じされるのがオチだ」


 そして私達へも視線を投げかけながら言う。

 

「そもそもあんたを生かしておけば裏事情がバレる、生かしておく理由がないんだ。闇の世界ではよくある話だ」

 残酷な現実にオブリスは悲鳴を上げた。


「じゃ――じゃあ、俺の妻は?」

「悪いがそのまま見殺しにされるだろう。黒幕にゃ約束守って助けてもなんの得にもならねえからな」


 愕然としてオブリスは崩れ落ちた。そして慟哭の声が響いていた。

 私はそんな彼の肩をそっと触れると優しく問いかける。

 

「奥様を愛してらしたんですね」


 地面に突っ伏して泣きながら彼は頷いていた。


「俺はどうなってもいい! このまま殺されても構わない! でも――妻だけは、どうしても助けたかったんだ!」


 その言葉に彼がどれだけ奥様を愛していたのかが伝わってくる。そして、人の不幸に付け込む黒幕の邪悪さに怒りが湧いてくる。

 

「俺もアイツも貧乏暮らしの出だ。アイツは体も弱く苦労には事欠かなかった。だからせめて俺だけはアイツを幸せにしてやりたかった」


 その言葉が嘘だとは到底思えない。私は神妙な顔を浮かべながら彼に問いかけた。

 

「オブリスさん、私はあなたとあなたの奥様を助ける用意があります」


 私は一度場の人間たちを見回した。その言葉に驚いているが否定するものは誰も居ない。

 驚き戸惑うオブリスに私はあらためて告げた。

 

「私達と行動をともにし、然るべき場所ですべてを証言するのであれば、あなたと司法取引を行いたいと思います。病身の奥様も責任を持って入院・治療をさせていただきます」

「ど、どういう事で――」


 オブリスさんが驚いている。ドルスも呆然として言い放つ。

 

「何を言ってんだお前?」


 驚きの声を誰も否定しないのは皆も驚いている証拠だ。

 私は皆に対して静かに微笑むと、着衣の下に首から肌身放さず掛けていた薄緑色に輝く陶器製の白いペンダントを取り出す。

 皆が不思議そうに見守る中で首からペンダントを外すとハンカチを取り出してペンダントヘッドを包む。そしてそれを地面に置き私は靴底で軽く踏みつけた。

 

――カシャッ――


 割れて砕ける音がすると周りはにわかにざわめいた。

 落ち着きはらいながらハンカチにくるまれた陶器のペンダントヘッドを拾い上げる。

 そして、砕けた陶器の殻を選り分けて取り除けばその中からある物が現れた。

 

「これ、判りますか?」


 そうつぶやきながらペンダントヘッドの〝中身〟を皆へと見せるように右手でペンダントを吊るして掲げる。

 そこに明示されたのは金と銀とミスリル銀でできた特別なペンダントだ。

 真ん中にミスリル銀の一本の戦杖があり、金の女神と、銀の男神が、左右から支えている構図だった。それは紋章だった。


「そ、それは――?」


 ラメノさんが驚きの声を漏らし、ダルムさんが静かにつぶやいた。


「人民のために戦杖を掲げる男女神の紋章像」


 彼らだけではない、パックさんを除く部隊の全員がそのペンダント像の意味を知っていた。この国の住人ならば知っていて当然だったからだ。それはある高家の紋章である。

 私は包み隠さず、毅然と胸を張りながら誇りを持って名乗った。

 

「私の本当の名前は『エライア・フォン・モーデンハイム』、モーデンハイム家現当主の息女にして長女です」


 驚愕してドルスが言う

 

「モーデンハイムって言ったら、十三上級侯族じゃねえか! あの2年前に失踪していた!」


 十三上級侯族――この国の身分階級の最上位クラスに位置する者たち。


「なんてこった、俺は本人にひやかしかけてたってのか……」


 唖然とするドルスさんはあの哨戒行軍任務の場での私とのやり取りを思い出しているらしい。

 ゴアズさんも驚きを隠さずに語る。

 

「しかも序列2位ですよ」


 するとパックさんが疑問の声をあげる。その問いにバロンさんが答える。

 

「失礼、十三上級侯族とは?」

「この国には侯族と言う上位身分階級があります。その中でも特に最上位に属するのが上級侯族、そしてその中でも特に家名と歴史のある十三の御家を指して呼ぶのが〝十三上級侯族〟です」


 その答えにパックさんは静かにうなづいていた。

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