マオとホタル

「おはようございます」


 シンプルに問いかければ、女将のリアヤネさんがすでに出てきていた。

 

「あら、いらっしゃい」

「はい。いつものお願いします」

「わかったわ。持っていくわね」

「はい」


 そう言葉をやり取りするが、リアヤネさんは視線で何かを教えてくれる。リアヤネさんの視線の先には3人の人物が居た。

 一人はホタル、そして同じテーブルにマオ――

 二人とも東方人特有の紐で結ぶ前合わせの衣を身に着けている。だが装いの仕立てに細かな違いがあるのは出身地などが理由だろう。マオは東方のアデア大陸本土だが、ホタルはそのさらに東の最果てから、フェンデリオルへと流れてきた人たちだ。

 その二人から、少し離れた場所にシミレアさんの姿もある。

 3人はそれぞれに仕事を持っているので朝が早い。だから大抵はこの時間には朝食をとっている。

 私はホタルとマオの二人に声をかけながらテーブル席に腰を下ろした。

 

「おはよう」

「やぁ、ルスト。おはよう」

「おはよう」


 二人の目の前にはすでに朝食が置かれている。東方国のフィッサールでよく食べられている〝米〟という穀物を調理したもので〝かゆ〟と言う料理だ。米を水炊きして柔らかくし山菜や干した魚介類や野菜などが入れてあり栄養もある。この界隈にはなかった料理だが、彼女たちが来てから小羽根亭の女将のリアヤネさんに頼み込んで作ってもらってるとか。ちなみに消化にもいいので深酒して二日酔いの傭兵さんにも好評だったりする。


 私と彼女たちは私がこのブレンデッドに腰を下ろす以前からの知り合いだった。傭兵を初めて仕事を探してあちこちを渡り歩いて居た時に街道筋の路上で知り合い意気投合したのだ。

 ホタルが赤い布紐で黒い髪をアップにまとめている。

 

「早いね?」

 

 同じテーブルの席にはマオも居る。利発的な黒い瞳が抜け目なく私を見つめている。


「また任務かい?」


 二人は商売人と芸人という仕事柄、いろいろな情報に通じている。私の今回の事情もすでに小耳に挟んでいるはずだ。

 

「うん。やっと大きい仕事を掴んだんだ」

「聞いたよ。隊長役を任せてもらえたんだって?」


 マオが私に問いかけてくる。

 

「随分、強引にねじり込んだんだってね?」


 苦笑しつつホタルが言う。私は答えた。

  

「だってこの間の偵察のお仕事で功績上げてるのに、それを無視するんだもん。抗議だってしたくなるよ」

「で、納得させたの?」


 ホタルが問うた言葉に、私は顔を左右に振った。

 

「ううん。私だけの意見じゃないよ」

「じゃ、だれ?」


 そのマオの問いかけに私は答える。


「ドルス。あいつが私が参加して隊長役をやるべきだって主張してくれたの」


 その言葉に二人は驚きつつも妙に納得した風だった。

 

「なるほどそう言う事か。ぼやきの奴もちゃんと見るところは見てんだねぇ」

「だね、性根まで腐っちゃ居なかったね」


 散々な言い方だが、もっともな言葉だった。

 その時、リアヤネさんが私のいつもの朝食を持ってきてくれた。それがテーブルに置かれるのを待つと、リアヤネさんが離れるのをまって私は告げた。

 

「それでね、二人にはちょっと聞きたいことがあるの」


「なんだい?」とマオが答えれば、ホタルもすでに知っていたらしい。

「もしかして辺境領地の事? たしかワルアイユだっけ?」

「そこまで聞いてたんだ」


 私の問いにホタルは答えた。


「うん、昨日の夜、宴席で曲を弾いたんだけど、それが傭兵ギルドとフェンデリオル正規軍のお偉方だったんだ。聞こえないふりして仕事してたら面白いように聞こえた」


 おいおい何やってんのよ。機密情報ダダ漏れだろうよ。

 ホタルは更に言う。

 

「しかしさ、今度の件で西方司令部から派遣されてきた中尉さんってなんかアレだね」

「アレって?」

「威勢は良いけど、どっか抜けてると言うか偽物っぽいと言うか」


 ちょっと、それシャレにならない。ホタルは東方風の緑茶を口にしながら続けた。


「中尉とかの星付きになってから日が経ってないんじゃないかな。下っ端が無理して命令してる感じしたね。酒が入って口が軽くなるとか、もろ下っ端だしさ」

「あぁ、それならわかる」


 腑に落ちると言うか、彼に感じていた違和感はそれだったのだろうか? ホタルが私に問い返してきた。

 

「それで? なにか聞きたいことあったんだろう?」


 そうだ。そのために彼女たちを探したのだ。

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