第4話:新たなる任務とルストの憤慨
新米たちの名前、義憤する彼ら
―精霊邂逅歴3260年7月25日―
―フェンデリオル国ブレンデッドの街―
あれからドルスは姿を見せなかった。
果し合いをした翌日から全く姿が見えなくなった。行き先は誰にも告げていない。心配になりギルド長と一緒に彼のねぐらへと向かったが幸いにして家財道具は残されたまま。ただ数日分の旅仕度をした形跡があった。
つまりはどこかへと旅に出たのだ。
とは言え、根掘り葉掘り探る義理もない。私はスルーした。
疑問と不安を感じながら小規模な任務をこなす日々。そんな事が続いたある日の事だった。
朝、6時に起きて身支度して外に出る。それから1時間ほどをかけてトレーニング。
パックさんから教えてもらった〝
朝の食事をするのはいつもの天使の小羽根亭、食べるものもだいたい決まっていた。
塩気の強いライ麦パンと、鶏肉をボイルし野菜と和えたソテー、そこにきのこのたっぷり入った野菜スープ。大抵はこれで済ませる。
いつもの定番メニューで食べ始めた時だった。
「よう、〝旋風〟の」
肩を叩きながら背後からかけてくる声がある。名前で呼ばず二つ名の方で呼んでくるのは、その傭兵が周りに認められたことの証の一つでもある。
「はい?」
返事をしながら振り返れば、そこには見慣れた顔があった。あ、哨戒行軍任務の時の! 名前は確か――
「マイストさん、それとバトマイさん」
「おう」
「お、覚えててくれたのか。嬉しいねぇ」
そう言いながら二人は私が腰掛けていたテーブル席に腰掛けてくる。
冗談めいてニコニコとしていたが、私は彼らの表情の中に真剣な何かを感じていた。
「何かあったんですか?」
「さすがだな」
「やっぱり隊長するだけの貫禄あるな」
そう言ってもらえたことが私には地味に嬉しかった。
「実はだな」
二人は周りに人がいないことを確かめながら言葉を出し始めた。
「旋風の、お前極秘任務のこと聞いてるか?」
「極秘任務? いいえ?」
何のことだろう。初耳だ。
「やっぱりそうか」
二人のうちのバトマイが深刻そうに表情を曇らせる。
「実は小耳に挟んだんだが、先だっての哨戒行軍任務、あの時のメンバーが集められて極秘部隊が編成されるって話だ」
「それが私たち?」
「ああ、ただし」
バトマイは言葉を区切った。
「俺たち二人と、あんたは除外されてる」
マイストも眉間にしわを寄せて言う。
「不可解だがな」
彼らの不満はもっともだった。行軍任務の成果はチーム全体で築き上げたものだ。そこから一部を引き抜くというのは失礼極まりない。そして何よりこのことはさすがに私もカチンと来た。
「私も外されてるってこと?」
そして苛立ちを隠さずに吐き捨てる。
「またかぁ」
いつもこうだ。任務を発注する軍部や依頼人の間では女性傭兵というのは忌避されることが多い。特に上級の部署からの任務依頼の場合は珍しくない。任務での非常時にどれだけ対応できるのか? 特に戦闘能力の面において不安を持っている古株連中の中に意外に多いのだ。
ましてや私みたいに小柄で年端も行かない場合は尚更だった。
バトマイが私を慰めるように言う。
「まあ気を落とすなって」
マイストも言う。
「そこで俺達が掴んだ情報だが」
私は顔を上げて真剣に彼らを見つめ返した。
「明日の午後3時、ギルド本部の詰所の3階奥に表札のない扉が三つある。そのうちの一番右。そこで極秘会議が行われる」
それは値千金な情報だった。私はその言葉の意味を即座に理解した。
「ありがとうございます」
彼らは暗に〝殴り込め〟と言っているのだ。
「皆さんは?」
「俺たちはいい。俺たちが外されたのは実績不足だからな」
「大した武功があるわけじゃないからな」
彼らはまだ経験が浅い。駆け出しと言える範疇だ。彼らは自分達の立場をよくわかってきた。
「それに、〝あの時〟はアンタを危険にさらしてしまった」
そう、私は彼らに罵声で叱責したことがある。無断で戦闘して、無断で敵兵を捕虜にしたときのことだ。その時、敵に襲われかけてドルスに救われたのは周知の通りだ。
「職業傭兵として、自分たちに何が欠けているのか思い知らされたよ」
「だから、俺達のことは気にしなくていい。また最初からやり直すよ」
そう語る彼らの言葉には心地よい潔さがあった。そして意外としたたかだった。
「実を言うと北の街のヘイゼルトラムの方で別な仕事のあてを見つけたんだ」
「そっちに潜り込もうと思ってな」
「そうだったんですか」
私がそう答えれば、ふたりとも真剣な表情で語る。
「でもあんたは違う」
「隊長役としてしっかりまとめ上げ、しかもあのドルスに勝っている」
「それを外すというのは理屈に合わない」
彼は真剣な表情でそう告げていた。私に降りかかった身の上に憤ってくれているのだ。
「ありがとうございます」
私の言葉を受けて満足げな笑みを浮かべる。
「頑張れよ」
「気をつけてな」
二人はそう言葉を残して立ち上がると去っていった。
彼らの好意を無駄にしてはならない。
私はそう感じていた。
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