強面(元)正規軍人と審査結果

――バンッ!――


 詰め所の入り口の扉が開けられ、一人の巨漢が別の職業傭兵を片手で引きずり、ギルド詰め所の床へと放り出す。投げ出された職業傭兵はそれなりに立派な身体をしていたが、その彼が子供か若造に見えるほど、彼を連れてきた男は分厚い筋肉と巨体の持ち主だった。

 見れば投げ出された男の顔は拳で殴られただろう強烈な一撃でボコボコだった。

 

「何があった!」


 クラバットにルタンゴートジャケット姿の男性のギルド職員が数人現れる。その問いかけに巨漢の男は言う。


「不正行為だ。任務案件の参加希望申請書を高額で売りさばこうとしていた」


 そして、巨漢は不正行為をしていたと言う男に詰め寄り襟首を掴んで締め上げる。そこには一切の遠慮も容赦もない。

 

「そうだな!?」

「は、はい――」

「なんでこんな事をやった!」

「か、カネになると思って」


 巨漢は不正行為の主から、到底、動機とは言えないような理由を聞き出すと彼を再び放り投げる。そしてギルド職員の質問に答えた。


「姓名と階級は?」

「ダルカーク・ゲーセット、2級」


 その無骨な言い方にはいかにも頑迷そうな性格がにじみ出ている。


「協力感謝する。後ほど調書をとるので事務室まで来てくれ」

「心得た」


 不正行為の主はギルド職員に連行されていく。資格剥奪の上で罰金刑が妥当だろう。カウンターの女性ギルド事務員が言う。

 

「どうりで総件数が合わないと思ったわ」

「繰り上げで良いんじゃない? 落ちるの見越して枚数多めに出してたし」


 いやなやり取りを聞いた気がするが聞かなかったことにする。ダルムさんがすかさず言う。

 

「見ろ」


 その巨漢は栗色の長い髪を後頭部で束ね、袖なしシャツの上に直接革ジャケットを羽織っていた。腰に刃物を下げていないのは両手に付けた籠手型の打撃武器があるからだ。体中に見える傷跡は凄まじい戦歴の証だった。明らかに戦場の最前線を長年にわたって転戦し続けてきたベテランの兵士の体だった。

 

「あいつが――」


 ダルムさんが言いかけたところを私が尋ねる。


「ダルカークさんですね?」

「そうだ。二つ名は〝雷神カーク〟元正規軍で強襲白兵戦闘部隊の隊長だった男だ。義理堅いが融通がきかないので有名だ」

「あぁ、わかります。すごくわかります」


 私は思わず苦笑いしながら答えた。仕事は任せられそうだが、相手するのは疲れるような気がする。

 他にも何人か教えられたけど、特に覚えているのはこのあたり。でもダルムさんはもう一人付け加えた。

 

「そうだ、アイツには注意しろよ」

「えっ?」

 

 ダルムさんの言うアイツとは、やさぐれた雰囲気の中年男性だった。標準的な職業傭兵装束だったが、着こなしや髪型、あるいは無精髭や目つきから、到底デキる男には見えなかった。

 

「〝ぼやきのドルス〟こと〝ルドルス・ノートン〟だ。ブレンデッドいちの問題傭兵」

「あの人――」


 私は思わず眉間にシワを寄せた。

 

「知ってるのか?」

「はい、前に嫌がらせされたことがあるので」

「アイツ、まだそんな事やってたのか」


 わたしは思わずあの人から投げられた心無い言葉を思い出していた。ダルムさんも思うところがあるのかため息をついていた。

 

「怠け癖の権化でな、とにかくやる気がない。それなりに優れた固有技能を持ってるからなんとかクビにならないが、今じゃブレンデッド中の鼻つまみ者だ」


 ダルムさんの言葉に思い当たるところがあった。彼から投げられた心無い言葉は今でも耳にこびりついている。


「彼、なぜだか女性傭兵に対して厳しいんです。女性がこの職業をやることにいい感情を持ってないみたいで」


 私が彼から受けた嫌がらせは、女性だてらに傭兵という仕事をしている事への嫌味だった。このブレンデッドの街の傭兵の人たちは比較的親切な人が多く、私は幸運にも可愛がられたのかもしれない。無論それにも例外はある。すなわちそれがこの人だった。


「その通りだ。くれぐれもヤツとは一緒の部隊にはならないように祈ることだな」


 ほんとそうだ。それだけは切実に思う。

 だが、神様はとっても意地悪だった。

 

 

 †     †     †

 

  

 そして、迎えた午後1時、詰め所の壁の大型の柱時計が午後1時の時報を打った。


 事務局の奥から事務員さんたちが、合否の書かれた辞令書の入った封書を携えて現れる。当然、封書は指名参加の人といっしょになるので誰が任意か誰が指名かはわからない。

 職業傭兵は名前を名乗らず認識票を出し、認識番号から判別してもらう。それを10名ほどの事務員さんが手分けして対応するわけだ。


――認識票――


 軍隊である以上、個人識別の方法は必要だ。

 我が国の場合、識別番号と名前だけを彫った親指くらいの大きさの黒い金属板になる。それをペンダントにしたりブレスレットにしたりいろいろな方法で所持をする。ちなみに私はペンダント式だ。

 整然とならんで順番を待ち、自分の番で認識票を提示する。

 

「少々お待ちを」


 受付の背後の人が認識番号から封書を選び渡してくれる。無言のままにそれを受け取り戻ってくるとすでに指名で辞令を受けていたダルムさんが待っていた。

 

「どうだった?」

「はい」


 封書を開けて中の辞令書を確かめる。するとそこには、


【 フェンデリオル正規軍・西方司令部   】

【 フェンデリオル傭兵ギルド・      】

【          ブレンデッド支部局 】

【                    】

【 辞令:                】

【  2級傭兵エルスト・ターナーに    】

【           次の任務を与える 】

【                    】

【 任務案件:              】

【  西方国境地域、大規模哨戒行軍任務  】

【                    】

【 配属:                】

【  第3小隊、隊員           】



 希望申請合格の旨が記されていた。

 

「やった!」

 

 私は思わず小さく声を上げた。

 

「よかったな。俺と同じ小隊だ」

「第3小隊ですか?」

「あぁ、幸い隊長役は押し付けられなかった」


 ドルスさんがそう言葉を漏らすのには理由があった。隊長役というのは想像以上に責任がのしかかる。また率先して行動する必要がある以上、体力も要求される。60歳間際と言う年齢では負担が大きすぎた。

 辞令書をすべて配布し終えたのだろう。ギルドの男性職員が声を上げる。


「本件任務に関連の無い職業傭兵は退室願います!」


 任務希望申請に落ちた人たちが無言のまま退室していく。何が任務を得た理由で、何が外された理由なのか、明かされることはない。それぞれが落ちた悔しさを胸にしながらも次の仕事を探すだろう。それもまた現実だった。


 人の動きが落ち着いてギルド詰め所の入り口の扉が閉められる。これからオリエンテーションが終わるまでの間、人の出入りは禁じられる。


「これより任務拝命者によるオリエンテーションを開始します!」


 そしていよいよ私の〝仕事〟が始まった。

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