特別幕:―夢―
野戦治療 ―夢の入口―
私はパックさんの治療を受けることになった。
敵の自爆の際に受けた鉛の細片、それが左の上腕に食い込んでいたからだ。パックさん曰く、
「治療をします。少し荒っぽいですが傷口の内部を洗浄します」
その治療方針に傍らに居たプロアが問うた。
「なぜそこまでする?」
「鉛は基本的に毒です。女性用の白粉にかつては鉛から作られた物が使われていましたが、今では用いる人はいません。鉛中毒になり命を落とすからです。たとえ細片でも傷の中に鉛が残れば体調に影響します」
パックさんは自分の背嚢から医療用具を取り出した。
「それに火薬も基本的には異物であり毒です。傷が化膿すれば跡が残ります。男ならいざしらず、失礼ながら隊長は女性ですので。そう言う事は無いほうがいい」
彼が治療をすると言った理由の根本はそこなのだ。彼の治療は相手の人生や生き方にまで配慮が行き届いているのだ。
「なるほどよく分かった。なにか用意するものはあるか?」
「では火をお願いします。道具を消毒しますので」
「わかった」
「では隊長はこちらへ」
私は小屋の中に案内された。小屋の片隅ではすでにプロアが薪を並べて火をつけている。その傍らに案内されて腰を下ろす。衣類を脱ごうとするとテラメノさんが現れた。
「手伝うわ」
「ありがとうございます」
こう言うのはやはり男性より女性の手を借りるほうが心理的にも安心する。ボレロを脱ぎ、ロングのスカートジャケットを上半身だけ脱ぎおろしボタンシャツも脱ぐ。上半身はブラレットだけになって左腕を露出させる。その間、あまりの痛みに脱ぐのに苦労したが、そこはテラメノさんが手伝ってくれた。
小屋の入り口にプロアさんたちが様子を見ていたが私が衣類を脱いだことに気づくとこう言った。
「治療が終わったら教えてくれ」
そして小屋の中は私とパックさんとテラメノさんだけになる。
傷口を見たテラメノさんが言う。
「マッチロック銃で撃たれたみたいになってるわね」
傷口は単一ではなく傷の中でさらに広がっているように見える。パックさんが言う。
「銃の鉛玉もそうですが、命中した後に傷の中で砕けるんです。それがさらに傷をひどくする。ただ今回は鉛の細片が比較的小さいので傷口は小さくて済むでしょう」
そして、さらに左腕を除いて毛布を私の体にかけるといよいよ治療が始まった。
「隊長の手をしっかり掴んでください」
「はい」
テラメノさんが答えればパックさんは私にも言った。
「隊長、これを咥えてください」
彼が差し出したのは白い布を巻いたものだ。これを口に咥えろという。
「麻酔をしている暇がないのでこのままやります」
言われたとおりに咥えるとテラメノさんが私の腕をしっかりと掴んで処置が始まった。
その後はひたすら忍耐だ。
度数の濃い
大きい細片が1つ、砕けた細片が4つ、さらに燃え残りの火薬カスも取れた。その間、傷口の中をいじられるのだから痛いことこの上ない。だが最後にもっと辛いのが待っていた。
「傷の中を洗浄します。しっかりと抑えていてください」
「はい」
パックさんが取り出したのは水銃、いわゆる水鉄砲のようなものだ。酒精をそれで吸い上げると、傷口にあてがう。
「行きます」
そう告げて水銃の押し棒を入れる。私の傷の中に高濃度の酒精が流し込まれた。
「ぐぅーーーーっ!!」
流石にこれは痛い。でも傷が腐らないようにするためだからこらえるしか無い。テラメノさんも戦場経験があるのだろう。痛みに身を捩る私に対して手加減はしない。私をガッチリと抱いて抑えていた。
「堪えて、あと少しよ」
傷口は念の為に2回洗浄した。終わる頃には私は脂汗を体中から吹き出していた。
洗浄を終えると清潔な絹糸で傷口を縫う。その後に化膿止めの軟膏を塗り、油紙と包帯で丁寧に巻いていく。パックさんの治療はまたたく間に終わった。
テラメノさんの手を借りて衣類を着ると、私は小屋の一番奥へと連れて行かれた。
「終わりです。多少発熱するでしょうから、あとは朝まで休んでいただいたほうがいいでしょう」
「じゃぁ、私が隊長の様子を見てるわ」
「お願いいたします」
そして私にパックさんは粉末薬を出してくれた。
「紅参の粉薬です。化膿を防いで傷の治りを早めます」
それを飲んで身を横たえる。疲れが出たのか私は一気に眠りに落ちていた。
疲労と、痛みと、不安と、そして襲撃者から言われた〝あの言葉〟ゆえに私は眠りの中で〝夢〟を見ることになったのだった。
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