四六、バックブラスト
アサクラは、サトちゃんを加速させ、モリヤマの頭上に回りこんだ。そこはカニ人間の死角だ。カニ人間は、その形状から頭を真上に向けることができない。
「行けェ!」
アサクラは甲羅の眼球に狙いを定めた!
「ブジュウウウウウウウウウ!」
ところが、先に仕かけたのはモリヤマだ!
真上に伸ばしたハサミから高圧の泡が放たれたのである!
「ガガアアアアア!」
サトちゃんは真横に折れ、これを躱した!
とほぼ同時、不安定な姿勢から翻ってみせ、モリヤマの背後をとった!
ドム!
またしても至近距離からの射撃!
狙いは脆弱な甲羅と
「ハッ!」
しかしカニ人間の高速横歩きが弾速を凌駕する! 残像をふり払いターンを決めると、口器から泡が射出された!
「ガガ!」
重力の網をふり切り、サトちゃんは垂直上昇!
にもかかわらず、その尾を泡がかすめる! ちぎれた血と肉片が、地面のうえを跳ねた!
「大丈夫か、サトちゃん!」
「ガガアアアアア!」
アサクラはサトちゃんの身を案じたが、返ってきたのは気丈な鳴き声。アサクラはその首を撫で、モリヤマを見下ろした。
「ブジュ」
モリヤマは笑った。
一方のハサミに泡が充填された。
甲羅の眼球とアサクラの視線がぶつかった。
「やべぇ!」
「ブジュウウウウウウウウウ!」
次の瞬間、泡の刃が蒼穹を切り裂いた!
「ガガァ!」
アサクラの指示を待たず、サトちゃんは動く!
それに合わせ、ハサミが円弧をえがく! 泡の軌道を鞭のごとくしならせる!
「ガッ!」
サトちゃんは虚空を蹴るようにして加速!
うねる泡を躱し、モリヤマから離れていく!
その最中、アサクラはモリヤマのもう一方のハサミに泡立つものを見てとった!
「サトちゃん、待てッ!」
「ガギャアアアアアァ!」
制止の叫びは、しかし一瞬遅かった。
羽搏いたサトちゃんの翼膜が、泡によって千切り飛ばされた。
噴き出した血が、アサクラの頬を叩いた。
「サトちゃん!」
力なく傾いていくサトちゃんの首を、アサクラは抱きしめた。
そして、モリヤマを睨んだ。
交わった視線は、あの不気味な眼球ではなく複眼だった。
「……ちくしょう」
アサクラは力ない悪態を吐きだした。
傾ぐ身体に重力の網が絡みついてきた。
死の重みだった。
たちまち視野が反転し、モリヤマの姿も見えなくなる。
錐揉み回転しながら落ちていくサトちゃんの首にしがみつき、アサクラは固く目を閉じた。
こんなところで、終わんのかよ……。
恐怖より悔しさが勝っていた。
ハツを行かせたあの時、死は覚悟したつもりだった。
それでも、こんなにも早く逝くつもりはなかったのだ。
結局、オレには何ができたのか?
アサクラは顔をしかめた。
「ちくしょうッ!」
「ガガアアアアア!」
アサクラが叫ぶと、サトちゃんも吼えた。
お前も一緒に悔しがってくれるのか?
アサクラは相棒の首を撫でようとした。
しかし、その手は届かなかった。
「ガガッ!」
サトちゃんが突如、空中で激しく身を震わせ、アサクラを上へ放り投げたからだ。
「なッ」
アサクラを縛り付けた重力の網が、その
眼下に地上が定まり、崩れた生垣に落ちていくサトちゃんが見えた。
「サト、ちゃん」
アサクラは手を伸ばした。
やはり届くはずもなかった。
サトちゃんの身体は、生垣防壁に突っこんだ。木っ端が散り、土煙が舞い、間もなくその姿は見えなくなった。
アサクラは空中に留まっていた。
「無事かい!」
頭上から声がかかり、見上げるとプテラノドンのクチバシがあった。アサクラはそのクチバシに支えられているのだった。
「無事かって訊いてんだい!」
またぞろ声がして、背中にハツが跨っているのに気付いた。
「無事、みてぇだ」
アサクラは弱々しく答えた。
自らの声で、サトちゃんの死を理解した。
モリヤマへの憎悪が胸に爆ぜた。
「あの野郎、くたばりやがれ……ッ!」
呪いの言葉があふれ出た。
その声に導かれたかのように、辺りに一つふたつと翼竜が姿を現した。
「やってやろうじゃないか!」
ハツのプテラノドンが羽搏き、増援が追随する!
一行はモリヤマに襲いかかる!
ドム!
ダダダダダダダダダ!
効かないと解っていながらも、弾幕を展開!
モリヤマは微動だにせず、不気味な眼球で空兵たちを睨む。
泡を蓄えたハサミが上向く。
「うらああああああああッ!」
その時、モリヤマの背後から一台のトラックがとび出した!
「またクソトラックかァ!」
悪態とともにモリヤマの輪郭が揺らいだ!
次の瞬間、超重量のトラックが衝突すると、モリヤマの姿は霞のごとく霧散した!
残像だ!
本物のモリヤマはトラックの真横!
甲羅の眼球が笑みの形に歪む!
「……あ?」
ところがその笑みは、すぐに驚愕へと変わった。
コンテナの上でRPGを構えた人物をみて、アサクラも目を見開いた。
「ハシモト」
瞳の奥に、幾つもの記憶が去来した。
ボルガライス店。駅のホーム。カツヤマ橋。パチンコ屋。校舎要塞――。
そして気付かされる。
お前が欠かせない存在だったこと。
オレの勇気の源だったこと。
後悔ばっかの人生の、数少ない誇りのひとつになってたこと。
記憶が今この瞬間と重なり合う。
すべてを託し、アサクラは叫んだ。
「いっけええええええええええええええ!」
バウ!
その瞬間、ハシモトの背中で
弾頭がかき消え、爆発がモリヤマを呑みこんだ。
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