三九、庁舎の謎

「ブジュウウウウウウウウウ!」


 ナカネの眼前で、カニ人間の頭が爆ぜた。

 ゴッと風が吹きつけたかと思うと、プテラノドンが姿を消した。

 ナカネは辺りを見回した。いない。

 しかし、ハッとして空を見上げると、U字上昇する影が見てとれた。

 その背中に人が跨っていた。


 ナカネは気付いた。


 あの人物が、無数の弾丸を浴びせかけたのだと。

 カニ人間を絶命せしめたのだと。

 天を馳せるあの影こそ、我々の味方なのだと!


「ガガアアアアアッ!」


 さらに、新たな影が空を過ぎる。

 北の空から次々とプテラノドンが現れる。

 カニ人間やチンピラの身体に鉛弾が降りそそぐ!


「うぎゃああああああああああああああ!」


 混沌の中、ナカネは立ちあがった。頭を振り、肺にいっぱいの酸素を取り込みながら。

 狭間に身体をねじ込み、庁舎へ向けて走った。

 プテラノドンは室内で戦えないが、生身の兵は室内で戦える。外は援軍に任せ、自らは庁舎防衛に加わるべきだと判断したのだ。


「隊長!」


 道すがら、三人の同志と合流した。

 ナカネは彼らを連れ、狭間で待機するメガネイターに目的を表明した。メガネイターは、あっさりとナカネたちを受け入れ、庁舎までの道程を示した。


 痛む身体を何度狭間へねじ込んだだろう。

 鳩尾の痛みに顔をしかめ思わず片目を閉じてしまったとき、ふいに視野がひらけ庁舎の巨大な箱型が目に飛び込んできた。


「お前たち」


 庁舎前には、さらに五人の同志が集まってきていた。皆、考えることは同じらしかった。


「ナカネ隊長。我々も今しがた着いたところです」


 そう言った同志が目線で中を示した。


「ブジュウウウウウウウウウ!」


 すると、背後で生垣が割れた!

 カニ人間の異形が現れ、その脇からチンピラが駆け出してきた!


「ヒエアアアアアアアアアア!」

「まずい!」


 ナカネたちは庁舎内部へ!

 人気のないエントランスホールが、彼らを迎えた。

 正面奥の受付窓口は沈黙し、その両隣の改札じみたセキュリティゲートも口を閉ざしていた。壁際には大量配置された不自然な自販機。等間隔に配置され、いずれもドアが開いて商品ラインナップがこちらを向いていた。


 メガネイターが潜んでいるのは明らかだった。

 ナカネたちは不死鳥のシンボルマークを指し示しながら、受付目がけ駆けぬけた。


「ヒエアアアアアアアアアア!」


 背後からチンピラが雪崩れこんでくる!

 ナカネたちは受付前で二手に分かれると、セキュリティゲートを跳び越え振り向いた!


 それが斉射の合図となった。

 自販機ドアの陰――沈黙していた銃口が、一斉に火を噴いたのだ!


 ダダダダダダダダダ!


「うぎゃああああああああああああああ!」


 銃弾は自販機の裏ばかりでなく、受付からとび出したメガネイターからも吐きだされた!


攻撃ファイアッ!」


 ナカネたちも弾幕を展開!

 奇しくもその配置は鶴翼に似たていをなし、チンピラを効果的に排除していく!


「ブジュアッ!」


 しかしカニ人間は、ホールに現れるやいなや、ドアを蹴って斜め上方に跳び、弾幕から逃れた!


「くたばれ……ッ!」


 ナカネはそれを追って銃口を上向けた!

 カニ人間は壁にハサミを刺し急制動! 目にも留まらぬ横歩きで壁を移動し始める!


「チッ!」


 苛立ちながらもナカネは冷静な対処を怠らない。

 先んじて壁の角に銃口を向けたのだ!


 ダダダダダダダダダ!


 甲羅が抉れ、火花を散らした!


「ジュジュ!」


 それでもなおカニ人間は敏捷に動き続ける!

 壁を蹴って急降下し、致命的な弾丸から逃れた!


 バゴン!


 さらに着地と同時、自販機ごとメガネイターを貫いた!

 カニ人間はそれを引き剥がし盾にして、直近のメガネイターにタックル!


「うごッ!」


 いきおい自販機ドアが閉まり、メガネイター圧死!

 この数瞬の間に、カニ人間はナカネの死角まで移動してしまった。

 必然、迎撃役はメガネイターが引き継くことになった。

 目に見えて弾幕が乱れだす。


「ヒイイィィィア!」


 最前のメガネイター撲殺!

 弾幕が薄れ、チンピラたちが前に出る!


「退くぞ!」


 ナカネは叫んだ。

 いささか性急な判断に、同志たちは怪訝な眼差しを寄越した。

 ナカネは、その頭を上から押さえつけた!


「伏せろッ!」

「ブジュウウウウウウウウウ!」


 頭上を泡が過ぎった!

 直後、壁を這いながら新たなカニ人間が現れたのだ!


「ここはもう保たんッ!」


 同志は、今度こそナカネの判断を疑わなかった。

 ホールを放棄し、沈黙したエスカレーターを駆けあがる!


「ブジュウウウウウウウウウ!」


 情け容赦ない泡攻撃が噴きつける!

 殿しんがりの同志がたおれ、エスカレーターを転げ落ちる!


「……くそ!」


 ナカネは悪態を吐き、二階へ転がりこんだ。

 同志たちが続々あとから駆けつけた。

 しかし息つく暇もない!


「ブジュウウウウウウウウウ!」


 突如、カニ人間が現れたのだ!

 エスカレーターからでなく、窓を破り外から!


「なッ!」


 ナカネは指揮も忘れ、ただちに銃撃した!


「ブブジュバ……ッ!」


 這いだしてきたカニ人間は、頭部を蜂の巣にされ外へ消えたが、ナカネは警戒を継続した。

 同志たちもそれに倣った。

 破れた窓から風が吹きつけてきた。


 なんだ……?


 その時、ナカネは違和感を覚えた。

 その感覚に、自分自身当惑した。

 この状況、なにを奇妙に思うことがあるのか、と。


 だがナカネは、直感的にこの感覚を蔑ろにしてはいけないと判断した。

 戦時の興奮に、一筋の冷たい理性を刺しこんだ。

 一際つよく風が吹きつけてきた。


「……風」


 引き寄せられるように、ナカネは歩きだした。


「隊長……?」


 訝しむ同志たちを後ろ手に制しながら。

 ガラス片を踏み、窓際から身をのり出した。

 ナカネは遠くから近くを見やった。

 フクイの街並み、水堀、崩れた迷路が拡がっていた。


 そして、直下に目をやった。

 庁舎の平らな壁の下、押し寄せるチンピラどもが窺えた。

 その様が、ナカネの違和感を刺激した。


 何故、庁舎の壁が平らなのか。

 カニ人間が這いあがって来られる造りなのか。

 一度、県知事システムを奪われた前例があるにもかかわらず、どうして、その対策がなされていないのか、と――。


「……まさか!」


 突如、ナカネは一つの結論に思い至った。

 さらに身をのり出し、宙を舞うプテラノドンを見渡した。

 その中に騎乗した人影を見出すと、ナカネは手をふり、声を張りあげた。


「おぉい、あんた! 俺の話を聞いてくれ!」


 その平凡な大学生のような空兵は、すぐナカネの声に気付いた。地上を警戒しつつ、ゆっくりと降下してきた。


「確かめて欲しいことがある!」

「なにをです!」


 空兵は一定の距離を保ちながら答えた。

 だが、ナカネはなおも手招きをつづけ、庁舎に雪崩れこむチンピラたちを見下ろした。


「もっと近くへ! 奴らに聞かれるとまずい!」


 怪訝そうにする空兵に、ナカネは不死鳥のシンボルを掲げてみせた。

 すると空兵は頷き、高度を落としてくれた。

 ほとんど目の前の高さにまで来たところで、ナカネは告げた。


「今すぐ最上階へ行ってくれ。ここに県知事システムがあるかどうか確かめて欲しいんだ」

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