第50話 途中下車(船)

「飽きた……。」


「知りませんよ、そう言われても。」


船に乗ってから3日目。

行けども行けども海ばかり。

海、空、雲。

眺めるものは他に無い。

旅に固執していたが、

毎日そんな風景だけでは、さすがに飽きた。


「ジュリ~、あと何日すればユートリアに着くんだ?」


「お師匠様、まだ船に乗ったばかりですよ?

あと7日も船に乗れば、着くと思いますが、

時化や凪ぎなど天候に恵まれなければ、さらに数日かかるでしょうけど。」


そんな~~~。


「分かった。

俺はここから飛ぶ。」


「言い出すと思っていましたよ。

覚悟はしていましたが、勝手に行かないで下さいよ。」


「ちゃんと報告しただろう。」


「まぁ、それに付いては褒めてあげますが、

どうやって行くおつもりですか?

単純に海の上を数日飛びますか?

まあ、そんな退屈な事をお師匠様はしないと思いますけれど。」


「それもいいと思うんだけど、

また何日も海の上って言うのもな……。」


「だから最初から、上から行きましょうと言ったのに。」


「だから、旅がしたかったんだってば。」


もう飽きたけど。


「では、船員の方に断って来て下さいね。

いきなり私達が船上から消えれば、

海に落ちたと大騒ぎになり、ご迷惑をおかけしますからね。」


「え~、ジュリが言ってきてよ。」


「いやですよ。

何て説明するんですか?

言い出したのはお師匠様でしょう?」


「ならばこのまま行く!」


そう言って、俺は空を見上げた。


「ちょ、ちょっと待って下さい!

黙って行けば、本当に迷惑をかけてしまいますってば。

仕方が有りません、まぁ、こうなるとは思っていましたけど……。」


ジュリは諦めた様子で、途中下船をする旨を伝える為、キャビンに向かった。

そして俺は、船べりから海を覗く。


そう言えば、以前ジュリは水の中を歩いたって言っていたな。

海の底を歩くのもいいな。

色々な種類の魚や、貝が、いっぱいいるだろうし、

湖や川より、きっときれいだよな。

そうだ、海底を歩いて行こう。

にやにや笑いながら、そんな計画を立てていると、

ジュリがすたすたと帰って来た。

そしてその後を、船長らしき人が慌てて追いかけてくる。


「ここで下船するなんて、馬鹿な事を言わないで下さい。」


「ホント、馬鹿ですよね。

でもそのバカなお師匠様が、

言う事を聞くとは思いませんから仕方が有りません。」


誰がバカだよ。


「救命ボートは、乗客を守る為の物です。

いくらお金を積まれても、お譲りしませんよ。」


「あぁ、それは必要ありませんから、大丈夫です。」


「ならばどうやって…。

まさかここから泳いでいくと言うのですか。

引き返した所で、船とは違います。

一体何日かかるか分からないのですよ。」


「泳ぎませんよ。

私達は上………。」


「ジュリ、歩いて行こう。」


俺は勢いよく拳を振り上げた。

俺の言葉を聞いたジュリは、優雅なしぐさで額を押さえる。


「また馬鹿な事を……。」


「お前、前に水の底を歩いたって言ってたじゃないか。

一人でずるいって思っていたんだ。

だからさ、海の底を歩いて行こうよ。」


「いいですかお師匠様。

歩いて行くとなると、何日も何日も何日も歩くのですよ。

たった3日船に乗っただけで飽きてしまったお師匠様が、

絶えれるのですか。

それに海の中はとても深いんです。

圧力が桁違いなんですよ。

そんな中を歩くなんて、いたずらに疲れるだけです。」


「海の中なら、海上にいるより面白いさ。

色々な種類の魚に、色とりどりのサンゴ、ロマンだなぁ。」


俺は海の中の様子を想像し、夢見た。


「夢を壊して申し訳ありませんが、海の深~い底には、光が届きません。

真っ暗なんです。

歩いたって何にも見えやしません。」


そんな訳無いじゃん。

何でこんなきれいな水が、光を通さないのさ。

何で海底が真っ暗なんだよ。

詐欺だ……。


「真っ暗で回りも良く見えない。

気圧がかかって、体が重い。

そんな中を何日も歩く。

さて、どうしますか?

それでも海の中を歩きますか?」


「意地悪だ…。」


「本当の事です。」


仕方がない、今回はジュリに勝ちを譲ろう。


「と言う訳で、

船長さん、俺達途中下車します。

後はよろしく。」


そう言うと、

俺はジュリの手を掴み、

上空高く舞い上がった。

船の上では、小さくなった船長さんが、

口をぱっくりと開けて、呆けているのが見える。


「お、お師匠様、タイム、少し待って下さい。

状況を立て直さなければ、私の手が痛いだけです!」


ジュリは飛ぶのではなく、

俺に引っ張られ、ただぶら下がっている状態だった。

ごめん。


それから俺達は、以前やったように、

ユートリアの見える所まで上昇すると、

角度を少し修正し、降下を始める。

途中細かく修正すれば、すぐにユートリアの首都に着くだろう。


「お師匠様、それは止めて下さいね。」


「えー、何で。

目的地にすぐ着けるんだからいいじゃないか。」


「目立ちたいのなら結構ですが、そうなりたく無いのでしょう?

地図によると、首都の東、ルアタ村と北ルアタの間に、森が有る筈です。

そこに降りて下さい。」


「そう言われても、俺には分からないよ。」


俺はジュリに文句を付ける。

初めて来た土地の地名を言われたって、分かる訳無いじゃないか。

するとジュリが大きくため息をついた。


「分かりました。

一応首都を目指して下さい。

ある程度まで行ったなら、私がそこを探しますから。」


「あぁ、そうしてくれ。」


俺の希望をことごとく潰したんだからな。

それぐらいやってもらおうじゃないか。

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